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祭りの夜
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「千春、とりあえずちゃんと取り決めをしないか?」
「取り決め?」
「そうだ。ある程度、私たちにだってプライバシーは必要だろう?だから、明確なルール決めをしておこうと思うんだ」
夏休みも残り四日となったこの日、私は千春を家に招いて話し合おうと言った。
とは言っても、ほとんど毎日うちに来るか千春の家に行ったりして会ってはいたのだが、このままだとちょっと困ることになると思って、私は千春を呼び出す。
ちなみに千春の家では、とうとう継母に遭遇してしまって、先日の件を深く謝罪された。
こちらも不躾な真似をした、と謝ってひとまずは和解したのだが。
何故今回こんなことになっているのかというと、千春の行動があの日を境に異常性を増したから。
何処に行くにも着いてくる。
まぁ、ここまではいい。
だが、トイレにも着いてくるのはちょっと勘弁してほしかった。
それから、バイトがある日はバイト先で本を立ち読みして待っていたりする。
店長が見かねて、事務所に通してあげたりしていたこともある。
さすがにこればかりはやめてくれと懇願したが、千春は前科のある私を見守らないといけない、と頑として聞かなかった。
見守るんじゃなくて、見張るって言うんだぞそれ……。
「プライバシーって、どの辺までのこと?私、別にトイレまで乃愛さんに見られてても大丈夫だよ」
「私は嫌だよ……」
躊躇なくこんなことを言い出す千春だが、特に悪意がある様には見えない。
ただただ私のことが心配なんだと訴えてくる。
「千春、私が先日したことでそう思わせてるなら、謝る。私はどうしたらいいんだ?」
「別に、普通にしててくれたらいいよ。だって、乃愛さん悪いことはしてないんでしょ?」
「そりゃ、そうなんだけど……このままじゃ学校始まってからとかも弊害が出ると思うんだよ」
「弊害って?何も問題ないでしょ?」
少し、千春はおかしくなってしまったのだろうか。
特に異常者っぽい目をしていたり、笑い方をしたりと言った様子はない様に見えるのだが……。
「ありまくりだろ……仮に学年上がってクラス離れたりしたらどうするんだ?」
「そんな先のこと、その時にならないとわからないよ」
「じゃあ、率直に聞く。私にどうしてほしい?千春の満足いく内容を聞かせてくれ。できる限りで沿う様にするから」
千春の要望を聞いて、私は愕然とする。
だが、私もかつて近いことをしたことがあった。
そうなると、さすがに強いことは言えない。
簡単に言えば、千春の要求は監視の目の様な能力が私もほしい、だった。
だがそんなに簡単にはいそうですか、という訳にも行かない。
「だって、これ神の力だし……千春は普通の人間なんだから、使えるわけがないだろ……」
「じゃあ、使える様にして。できるんだってことはお母さんに確認してるから」
あの母……本当に余計なことばっかり……。
仮に千春にそんなものが備わったら、自分のプライバシーだって侵害されるかもしれないってのに。
緊張感とか恥じらいってものがなさすぎるだろ、本当……。
「じゃあ、それができる様になったとして、私を二十四時間監視したいってことでいいのか?」
「そうだね……私、いつでも乃愛さんを見ていたいから」
「なら写真いくらでも撮らせてやるから、それで勘弁してくれよ……」
「そんなのダメ。それに、乃愛さんだって前に何度か私に使ったじゃない」
「まぁ、それ言われると何も言い返せないけどさ」
私が千春に使った回数は、二回……だったよな。
「じゃあ千春。二回分だけ、力を与えるから。私が使った回数だ。時間にしたら四十八時間、これが妥協点だ。できないなら、私は応じられない。母にも協力したら二度と口利かないって言っとくから」
「…………」
最後の賭けとも言える提案。
たかだか四十八時間。
まぁ、いつ使うとか指定してこないし、それを私が指定するのも少し違う気がするから何も言わないけど。
「わかった、それでいいよ」
「言っとくけどな、私の私生活なんか見ても何も面白くないぞ?それどころか幻滅するまであるかもしれない。それでもいいんだな?」
「面白いかどうかは私が決めるもん」
こうして私は千春に力を与えた。
母に手伝ってもらって、能力の暴走を避けるだけの処置はしてもらった。
「ところで、いつ使うんだ?」
「帰ったらすぐ使うから安心して。見られて困る様なことなんて、ないでしょ?」
「できればトイレの時だけは勘弁してほしいんだけど。怪しいっていうなら、携帯とか持ち込まない様にするからさ」
「わかった。でも携帯持ち込んだら覗くからね」
「あ、ああ……」
今さらだけど、自分がしたことのツケの大きさに後悔の感情が芽生える。
こんなことなら、サプライズとか考えないで二人で相談して決めたら良かったな。
何でも自分の力だけで解決できると思って行動してきたのが、こんなところで足を引っ張ってる。
何はともあれ、これで私は自由だ。
鬱陶しいという気持ちよりも、そんなことに時間使うくらいならほかのことに使ったらいいのに、くらいに思っていたのだが、千春には趣味がほとんどないのだという。
私から放置されてしまうと、もうやることが宿題とか勉強くらいしかない。
音楽もほとんど嗜むことがないらしく、ベルリオーズの幻想交響曲についても知識はない様だった。
内容としてはちょっとショッキングかなとも思うので、私も池上も自分からは伝えない様にしようと決めた。
仮に自分で調べたりして真相に行きついてしまえば、それはもう仕方ない。
調べるな、とかそんな風に千春の自由を侵害したくはない。
今も千春が見ているのかな、なんて思うと少し落ち着かない。
だが、できる限りいつも通りにしていないと……。
「乃愛ちゃん、大変だね」
「言っとくけど半分はあんたのせいだからね。それに、あんただって私の近くにいたら一緒に見られてるってことをお忘れなく」
「まぁ、私は別にみられてもいいんだけどね。それに、私の生態とか見てもあの子は多分何とも思わないだろうし」
「お気楽なもんだな……。たった四十八時間とは言っても、私は落ち着かない」
母の作った夕飯を食べながら、愚痴をこぼす。
「それは自業自得だからねぇ……とは言ってもこのままじゃまた同じことになる可能性あるかな。だから、一個だけヒントをあげようかな」
「ヒント?」
「うん。千春ちゃんはね、ああ言ってるけど実は乃愛ちゃんを四六時中監視したいっていうのが目的なわけじゃないんだよね」
「は?何だそれ……わかりにくい」
「まぁ、ヒントとしてはちょっと足りないかもしれないけど……千春ちゃんは、乃愛ちゃんにもっと必要とされてるって実感がほしい、ってところかな」
「必要って……必要とはしてるだろ……」
「ヒントはここまでかな。あんまり言っちゃうと乃愛ちゃんの成長のためにならないし」
先に食べ終えた母が、食器を片付けている。
この際だから押し付けるために、私も全部かっこんで流しに食器を持って行った。
「乃愛ちゃん、そんな慌てなくても洗い物くらいやってあげるから……さすがにちょっとお下品だよ?」
口の中をもごもごさせながら、何度かうなづいて私は部屋にこもった。
どうせ見られているのであれば、と思って私は構わず本を読みだす。
すると、一分もしないうちに携帯が振動した。
『その本、何てやつ?』
早いなおい……。
仕方なくタイトルを打って返信して、私は再度本を開く。
『今度私に貸してくれる?』
了解、と返信して再度本を開く。
今度は静かになった。
これで官能小説でも貸してやったら千春はどんな顔をするんだろう。
いや、後が怖いからそんな真似はするわけないんだけど。
しかし、千春はやっぱり私が構ってやらないと暇なんだな、というのがよくわかる。
何か千春に趣味を、と思うが合う合わないはあるし、私の趣味を押し付けるのはちょっとな……。
けど、恋人同士で共通の話題ってやっぱりあってもいいのかもしれない。
ならオルゴールの曲名から入るか?
てか誰だよ、あの曲オルゴールにしようとか考えたやつ……。
オルゴールなのに恐怖しか湧かなかったぞ、私は……。
翌日になって、池上からお誘いを受ける。
千春も来るとのことだったので、昨日読み終えた本を持っていくことにした。
読書に慣れてない人間が読むにはちょっとハードル高めじゃないかと思ったが、いい洗礼になるんじゃないかと思う。
馴染めなければその時は違うの貸せばいいし、読書はもう嫌だと言うのであれば、それはそれで。
「これが昨日読んでた本?」
「そうだよ」
「難しそうな本だね……」
まぁ、そうだろうな。
さすがに初心者が読む様な本じゃない。
にも拘わらず、千春はその本を鞄にしまった。
「あ、読むの?」
「うん、乃愛さんがどんなもの読んでるかって気になるし」
「そ、そう……まぁ、無理そうだったら他の読みやすいの貸してやるから」
「何で乃愛さんの読んでる本、佐々木さんが気にするの?」
触れられたくない話題きた。
何でこう鋭いんだろうな、こいつ。
池上に知られるとめんどくさいから、ちょっと放置しとこう。
「昨日そういう話題になったんだよ。な、千春?」
「うん、なったね。でも……」
おっと、こいつ喋るつもりか……?
「内緒。私と乃愛さんだけの」
「何よそれ……」
「……まぁ、そういうことだ。知っても面白いことないぞ?」
「仲間外れにされてる気分なのは気のせいかしら」
「いや、気のせいじゃないから気にすんな」
「余計気になるじゃないのそれ!!」
食い下がろうとする池上をしり目に、私は残っていた課題を取り出す。
もうあと少しで終わる、というところではあるが、千春にまとわりつかれて終わっていなかったのだ。
「ここ、違ってるよ乃愛さん……ていうか、乃愛さんならズルしてでも終わらせてるかと思った」
「…………」
どんな認識だよ……てかそれ考えたけど、母が許してくれなかったんだよ。
変なところで母親面しよって、あの母……。
そういえば、納涼祭とかいうのが明後日やるんだっけ。
ファミレスの窓にも貼ってあるな、ポスター。
千春を誘ってみようか。
いや、でもなぁ……。
「あ、そうだ佐々木さん、今度……」
「おい池上、ちょっと待ってくれ。今は私が千春と喋る予定なんだよ」
「な、なによその予定……喋るなら早くしてよ」
「どうしたの、乃愛さん」
「今度のほれ、その祭り。一緒に行かない?」
ポスターを指さして言うと、池上も同じことを言おうとしていたらしい。
軽く唇を噛んだ池上ににらまれた。
「池上さんも、同じ?」
「え、ええ……割り込まれるとは思わなかったけど」
「悪いな池上。この祭りは二人用なんだ」
「どんな祭りよそれ!私も行きたいんだけど!」
「おいおい、公共の場で騒ぐなよ……」
「連れてってくれないなら、幻想交響曲の意味教えちゃうから」
お、お前それは卑怯にもほどがあるぞ!
千春に、ついその曲似合ってる、なんて言っちゃった後なんだから!!
意味知られたら、どんな報復が待ってるか……。
「幻想交響曲?って何?」
「あ?ああ、えっとあれだ、有名なクラシックの……」
「そ、そうね、結構評価の高い作品なんだけど……」
「ふぅん……」
千春は携帯を取り出した。
まさかとは思うが……。
「佐々木さん、それより祭りよ祭り。明後日らしいわ。どう?」
池上ナイスアシスト!
千春の注意を、祭りに向けることに成功した。
「うん、いいねお祭り。行きたいかも」
「決まりね!浴衣、持ってるの?もし持ってないなら私、一着貸してあげるから」
ナイス、と思ったが元はと言えばこいつが、曲名口にしなかったら良かっただけなんだよなぁ。
やはり許さん。
あとで曲名検索されて動画でも見られたら、お前にも同じ目に遭ってもらうからな……。
そして二日後。
祭りにみんなで行くということで、私も母から浴衣を用意してもらった。
少し明るい色合いだが、私に似合うだろうか。
「とっても似合ってると思うよ。今日はもう、千春ちゃんの力も切れてるから、見てのお楽しみだね」
着付けをした母が褒めてくれる。
ていうかこの人は私が何を着たって褒めてくれるから、新鮮味がない。
待ち合わせ場所に行くと、まだ千春しか来ていない様だった。
「あれ、池上まだなの?」
「何かね、用事入っちゃったから今日来られないんだって」
「は?何だあいつ、私には一言も言ってなかったぞ……」
「まぁ、仕方ないよね」
「んだなぁ……じゃ、二人でいこっか」
私が手を差し伸べると、千春は笑ってその手を取った。
お祭りと言っても、夏の始まりとかにやるのと違って多少質素に感じるのは私だけだろうか。
食べ物の屋台なんかも少な目に感じる。
「私ね、思ったんだ」
「ん?」
「乃愛さんのこと、寝ているとき以外ずっと見てたんだけど」
「え、そこまでしてたの、お前……」
「やっぱりそこまで見れちゃうと、つまんなくなっちゃう」
「そ、そうだろうな……」
「だってね、待ち合わせまでに服がどうだとか、髪型がどうだとか、そういうのもわかっちゃうから」
「ああ、確かにな」
「さっき乃愛さんの浴衣姿見て、その思いが更に強くなった気がする」
「そうか、まぁ私はこういう言い方で申し訳ないけど、千春を四六時中見てるわけじゃない。だからこそ、会ったときに新鮮味があったりってことにもつながるんじゃないかと思ってるよ」
「そうだね。それに、ちゃんとお互いの生活があって、趣味があって、って言うのを尊重してこそなのかなって思う」
やっとそこに気づいたか、という思いがないわけでもないが、正直これは嬉しい成長だ。
千春は少し明るさを取り戻してきた様で、私の分までたこ焼きを買ってきてくれる。
「これ、食べるでしょ?私結構好きなんだ」
「ああ、旨いよな、たこ焼き」
二人でハフハフしながらたこ焼きを食べて、かき氷を食べる。
夏の終わりが近い感じもするが、こういうのも悪くない。
「だからね、乃愛さん」
「ん?」
「高校出たら……一緒に暮らそうか」
「……何だって?」
「嫌?四六時中一緒にいたくない?」
お、重いな。
こんなに身軽な見た目してるのに……。
「嫌だっていうなら強制はしないけど、私はそうしたい。乃愛さんは、どう思ってる?」
「突然すぎて想像できないってのが大きいけど……千春がそれを望むんであれば私も別に反対はしないかな」
「毎日男の子になってくれる?」
「お前それ、毎日エロいことしようぜ、って言い換えても違和感ないからな?」
「そんなこと、公の場で口にするのはどうかと思うなぁ」
別に毎日でもいいけどさ。
千春がそうしたいって言うなら、私はそんなささやかな願いまで断ろうなんて思わないし。
問題は池上だけど……。
あいつも絶対、楽しそう、とか言いながら転がり込んでくるに決まってる。
「乃愛さん、したいの?」
「あ?まぁ、したくないとは言わないけど」
「でも、今日はお互い浴衣だから、またにしようね。夏休みの間に、もう一回くらい……ね?」
やっぱり私はこの子と知り合って良かったのかもしれない。
遠回りはしたけど、ちゃんと正しいことに気づけた様だし。
ちょっと怖かったけど、ちゃんと心を開いてくれたみたいで良かった。
「あ、それはそうと乃愛さん。幻想交響曲、調べたよ。あとで話があるからね?」
私の中で、血の気が引いていく音がしっかりはっきりと聞こえた気がした。
覚えてろよ、池上……。
「取り決め?」
「そうだ。ある程度、私たちにだってプライバシーは必要だろう?だから、明確なルール決めをしておこうと思うんだ」
夏休みも残り四日となったこの日、私は千春を家に招いて話し合おうと言った。
とは言っても、ほとんど毎日うちに来るか千春の家に行ったりして会ってはいたのだが、このままだとちょっと困ることになると思って、私は千春を呼び出す。
ちなみに千春の家では、とうとう継母に遭遇してしまって、先日の件を深く謝罪された。
こちらも不躾な真似をした、と謝ってひとまずは和解したのだが。
何故今回こんなことになっているのかというと、千春の行動があの日を境に異常性を増したから。
何処に行くにも着いてくる。
まぁ、ここまではいい。
だが、トイレにも着いてくるのはちょっと勘弁してほしかった。
それから、バイトがある日はバイト先で本を立ち読みして待っていたりする。
店長が見かねて、事務所に通してあげたりしていたこともある。
さすがにこればかりはやめてくれと懇願したが、千春は前科のある私を見守らないといけない、と頑として聞かなかった。
見守るんじゃなくて、見張るって言うんだぞそれ……。
「プライバシーって、どの辺までのこと?私、別にトイレまで乃愛さんに見られてても大丈夫だよ」
「私は嫌だよ……」
躊躇なくこんなことを言い出す千春だが、特に悪意がある様には見えない。
ただただ私のことが心配なんだと訴えてくる。
「千春、私が先日したことでそう思わせてるなら、謝る。私はどうしたらいいんだ?」
「別に、普通にしててくれたらいいよ。だって、乃愛さん悪いことはしてないんでしょ?」
「そりゃ、そうなんだけど……このままじゃ学校始まってからとかも弊害が出ると思うんだよ」
「弊害って?何も問題ないでしょ?」
少し、千春はおかしくなってしまったのだろうか。
特に異常者っぽい目をしていたり、笑い方をしたりと言った様子はない様に見えるのだが……。
「ありまくりだろ……仮に学年上がってクラス離れたりしたらどうするんだ?」
「そんな先のこと、その時にならないとわからないよ」
「じゃあ、率直に聞く。私にどうしてほしい?千春の満足いく内容を聞かせてくれ。できる限りで沿う様にするから」
千春の要望を聞いて、私は愕然とする。
だが、私もかつて近いことをしたことがあった。
そうなると、さすがに強いことは言えない。
簡単に言えば、千春の要求は監視の目の様な能力が私もほしい、だった。
だがそんなに簡単にはいそうですか、という訳にも行かない。
「だって、これ神の力だし……千春は普通の人間なんだから、使えるわけがないだろ……」
「じゃあ、使える様にして。できるんだってことはお母さんに確認してるから」
あの母……本当に余計なことばっかり……。
仮に千春にそんなものが備わったら、自分のプライバシーだって侵害されるかもしれないってのに。
緊張感とか恥じらいってものがなさすぎるだろ、本当……。
「じゃあ、それができる様になったとして、私を二十四時間監視したいってことでいいのか?」
「そうだね……私、いつでも乃愛さんを見ていたいから」
「なら写真いくらでも撮らせてやるから、それで勘弁してくれよ……」
「そんなのダメ。それに、乃愛さんだって前に何度か私に使ったじゃない」
「まぁ、それ言われると何も言い返せないけどさ」
私が千春に使った回数は、二回……だったよな。
「じゃあ千春。二回分だけ、力を与えるから。私が使った回数だ。時間にしたら四十八時間、これが妥協点だ。できないなら、私は応じられない。母にも協力したら二度と口利かないって言っとくから」
「…………」
最後の賭けとも言える提案。
たかだか四十八時間。
まぁ、いつ使うとか指定してこないし、それを私が指定するのも少し違う気がするから何も言わないけど。
「わかった、それでいいよ」
「言っとくけどな、私の私生活なんか見ても何も面白くないぞ?それどころか幻滅するまであるかもしれない。それでもいいんだな?」
「面白いかどうかは私が決めるもん」
こうして私は千春に力を与えた。
母に手伝ってもらって、能力の暴走を避けるだけの処置はしてもらった。
「ところで、いつ使うんだ?」
「帰ったらすぐ使うから安心して。見られて困る様なことなんて、ないでしょ?」
「できればトイレの時だけは勘弁してほしいんだけど。怪しいっていうなら、携帯とか持ち込まない様にするからさ」
「わかった。でも携帯持ち込んだら覗くからね」
「あ、ああ……」
今さらだけど、自分がしたことのツケの大きさに後悔の感情が芽生える。
こんなことなら、サプライズとか考えないで二人で相談して決めたら良かったな。
何でも自分の力だけで解決できると思って行動してきたのが、こんなところで足を引っ張ってる。
何はともあれ、これで私は自由だ。
鬱陶しいという気持ちよりも、そんなことに時間使うくらいならほかのことに使ったらいいのに、くらいに思っていたのだが、千春には趣味がほとんどないのだという。
私から放置されてしまうと、もうやることが宿題とか勉強くらいしかない。
音楽もほとんど嗜むことがないらしく、ベルリオーズの幻想交響曲についても知識はない様だった。
内容としてはちょっとショッキングかなとも思うので、私も池上も自分からは伝えない様にしようと決めた。
仮に自分で調べたりして真相に行きついてしまえば、それはもう仕方ない。
調べるな、とかそんな風に千春の自由を侵害したくはない。
今も千春が見ているのかな、なんて思うと少し落ち着かない。
だが、できる限りいつも通りにしていないと……。
「乃愛ちゃん、大変だね」
「言っとくけど半分はあんたのせいだからね。それに、あんただって私の近くにいたら一緒に見られてるってことをお忘れなく」
「まぁ、私は別にみられてもいいんだけどね。それに、私の生態とか見てもあの子は多分何とも思わないだろうし」
「お気楽なもんだな……。たった四十八時間とは言っても、私は落ち着かない」
母の作った夕飯を食べながら、愚痴をこぼす。
「それは自業自得だからねぇ……とは言ってもこのままじゃまた同じことになる可能性あるかな。だから、一個だけヒントをあげようかな」
「ヒント?」
「うん。千春ちゃんはね、ああ言ってるけど実は乃愛ちゃんを四六時中監視したいっていうのが目的なわけじゃないんだよね」
「は?何だそれ……わかりにくい」
「まぁ、ヒントとしてはちょっと足りないかもしれないけど……千春ちゃんは、乃愛ちゃんにもっと必要とされてるって実感がほしい、ってところかな」
「必要って……必要とはしてるだろ……」
「ヒントはここまでかな。あんまり言っちゃうと乃愛ちゃんの成長のためにならないし」
先に食べ終えた母が、食器を片付けている。
この際だから押し付けるために、私も全部かっこんで流しに食器を持って行った。
「乃愛ちゃん、そんな慌てなくても洗い物くらいやってあげるから……さすがにちょっとお下品だよ?」
口の中をもごもごさせながら、何度かうなづいて私は部屋にこもった。
どうせ見られているのであれば、と思って私は構わず本を読みだす。
すると、一分もしないうちに携帯が振動した。
『その本、何てやつ?』
早いなおい……。
仕方なくタイトルを打って返信して、私は再度本を開く。
『今度私に貸してくれる?』
了解、と返信して再度本を開く。
今度は静かになった。
これで官能小説でも貸してやったら千春はどんな顔をするんだろう。
いや、後が怖いからそんな真似はするわけないんだけど。
しかし、千春はやっぱり私が構ってやらないと暇なんだな、というのがよくわかる。
何か千春に趣味を、と思うが合う合わないはあるし、私の趣味を押し付けるのはちょっとな……。
けど、恋人同士で共通の話題ってやっぱりあってもいいのかもしれない。
ならオルゴールの曲名から入るか?
てか誰だよ、あの曲オルゴールにしようとか考えたやつ……。
オルゴールなのに恐怖しか湧かなかったぞ、私は……。
翌日になって、池上からお誘いを受ける。
千春も来るとのことだったので、昨日読み終えた本を持っていくことにした。
読書に慣れてない人間が読むにはちょっとハードル高めじゃないかと思ったが、いい洗礼になるんじゃないかと思う。
馴染めなければその時は違うの貸せばいいし、読書はもう嫌だと言うのであれば、それはそれで。
「これが昨日読んでた本?」
「そうだよ」
「難しそうな本だね……」
まぁ、そうだろうな。
さすがに初心者が読む様な本じゃない。
にも拘わらず、千春はその本を鞄にしまった。
「あ、読むの?」
「うん、乃愛さんがどんなもの読んでるかって気になるし」
「そ、そう……まぁ、無理そうだったら他の読みやすいの貸してやるから」
「何で乃愛さんの読んでる本、佐々木さんが気にするの?」
触れられたくない話題きた。
何でこう鋭いんだろうな、こいつ。
池上に知られるとめんどくさいから、ちょっと放置しとこう。
「昨日そういう話題になったんだよ。な、千春?」
「うん、なったね。でも……」
おっと、こいつ喋るつもりか……?
「内緒。私と乃愛さんだけの」
「何よそれ……」
「……まぁ、そういうことだ。知っても面白いことないぞ?」
「仲間外れにされてる気分なのは気のせいかしら」
「いや、気のせいじゃないから気にすんな」
「余計気になるじゃないのそれ!!」
食い下がろうとする池上をしり目に、私は残っていた課題を取り出す。
もうあと少しで終わる、というところではあるが、千春にまとわりつかれて終わっていなかったのだ。
「ここ、違ってるよ乃愛さん……ていうか、乃愛さんならズルしてでも終わらせてるかと思った」
「…………」
どんな認識だよ……てかそれ考えたけど、母が許してくれなかったんだよ。
変なところで母親面しよって、あの母……。
そういえば、納涼祭とかいうのが明後日やるんだっけ。
ファミレスの窓にも貼ってあるな、ポスター。
千春を誘ってみようか。
いや、でもなぁ……。
「あ、そうだ佐々木さん、今度……」
「おい池上、ちょっと待ってくれ。今は私が千春と喋る予定なんだよ」
「な、なによその予定……喋るなら早くしてよ」
「どうしたの、乃愛さん」
「今度のほれ、その祭り。一緒に行かない?」
ポスターを指さして言うと、池上も同じことを言おうとしていたらしい。
軽く唇を噛んだ池上ににらまれた。
「池上さんも、同じ?」
「え、ええ……割り込まれるとは思わなかったけど」
「悪いな池上。この祭りは二人用なんだ」
「どんな祭りよそれ!私も行きたいんだけど!」
「おいおい、公共の場で騒ぐなよ……」
「連れてってくれないなら、幻想交響曲の意味教えちゃうから」
お、お前それは卑怯にもほどがあるぞ!
千春に、ついその曲似合ってる、なんて言っちゃった後なんだから!!
意味知られたら、どんな報復が待ってるか……。
「幻想交響曲?って何?」
「あ?ああ、えっとあれだ、有名なクラシックの……」
「そ、そうね、結構評価の高い作品なんだけど……」
「ふぅん……」
千春は携帯を取り出した。
まさかとは思うが……。
「佐々木さん、それより祭りよ祭り。明後日らしいわ。どう?」
池上ナイスアシスト!
千春の注意を、祭りに向けることに成功した。
「うん、いいねお祭り。行きたいかも」
「決まりね!浴衣、持ってるの?もし持ってないなら私、一着貸してあげるから」
ナイス、と思ったが元はと言えばこいつが、曲名口にしなかったら良かっただけなんだよなぁ。
やはり許さん。
あとで曲名検索されて動画でも見られたら、お前にも同じ目に遭ってもらうからな……。
そして二日後。
祭りにみんなで行くということで、私も母から浴衣を用意してもらった。
少し明るい色合いだが、私に似合うだろうか。
「とっても似合ってると思うよ。今日はもう、千春ちゃんの力も切れてるから、見てのお楽しみだね」
着付けをした母が褒めてくれる。
ていうかこの人は私が何を着たって褒めてくれるから、新鮮味がない。
待ち合わせ場所に行くと、まだ千春しか来ていない様だった。
「あれ、池上まだなの?」
「何かね、用事入っちゃったから今日来られないんだって」
「は?何だあいつ、私には一言も言ってなかったぞ……」
「まぁ、仕方ないよね」
「んだなぁ……じゃ、二人でいこっか」
私が手を差し伸べると、千春は笑ってその手を取った。
お祭りと言っても、夏の始まりとかにやるのと違って多少質素に感じるのは私だけだろうか。
食べ物の屋台なんかも少な目に感じる。
「私ね、思ったんだ」
「ん?」
「乃愛さんのこと、寝ているとき以外ずっと見てたんだけど」
「え、そこまでしてたの、お前……」
「やっぱりそこまで見れちゃうと、つまんなくなっちゃう」
「そ、そうだろうな……」
「だってね、待ち合わせまでに服がどうだとか、髪型がどうだとか、そういうのもわかっちゃうから」
「ああ、確かにな」
「さっき乃愛さんの浴衣姿見て、その思いが更に強くなった気がする」
「そうか、まぁ私はこういう言い方で申し訳ないけど、千春を四六時中見てるわけじゃない。だからこそ、会ったときに新鮮味があったりってことにもつながるんじゃないかと思ってるよ」
「そうだね。それに、ちゃんとお互いの生活があって、趣味があって、って言うのを尊重してこそなのかなって思う」
やっとそこに気づいたか、という思いがないわけでもないが、正直これは嬉しい成長だ。
千春は少し明るさを取り戻してきた様で、私の分までたこ焼きを買ってきてくれる。
「これ、食べるでしょ?私結構好きなんだ」
「ああ、旨いよな、たこ焼き」
二人でハフハフしながらたこ焼きを食べて、かき氷を食べる。
夏の終わりが近い感じもするが、こういうのも悪くない。
「だからね、乃愛さん」
「ん?」
「高校出たら……一緒に暮らそうか」
「……何だって?」
「嫌?四六時中一緒にいたくない?」
お、重いな。
こんなに身軽な見た目してるのに……。
「嫌だっていうなら強制はしないけど、私はそうしたい。乃愛さんは、どう思ってる?」
「突然すぎて想像できないってのが大きいけど……千春がそれを望むんであれば私も別に反対はしないかな」
「毎日男の子になってくれる?」
「お前それ、毎日エロいことしようぜ、って言い換えても違和感ないからな?」
「そんなこと、公の場で口にするのはどうかと思うなぁ」
別に毎日でもいいけどさ。
千春がそうしたいって言うなら、私はそんなささやかな願いまで断ろうなんて思わないし。
問題は池上だけど……。
あいつも絶対、楽しそう、とか言いながら転がり込んでくるに決まってる。
「乃愛さん、したいの?」
「あ?まぁ、したくないとは言わないけど」
「でも、今日はお互い浴衣だから、またにしようね。夏休みの間に、もう一回くらい……ね?」
やっぱり私はこの子と知り合って良かったのかもしれない。
遠回りはしたけど、ちゃんと正しいことに気づけた様だし。
ちょっと怖かったけど、ちゃんと心を開いてくれたみたいで良かった。
「あ、それはそうと乃愛さん。幻想交響曲、調べたよ。あとで話があるからね?」
私の中で、血の気が引いていく音がしっかりはっきりと聞こえた気がした。
覚えてろよ、池上……。
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