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第四章:明かされる真実
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月明かりに照らされた森の中、麻里と陣内は小さな空き家を見つけて身を潜めていた。猟師が使っていたと思われる小屋は粗末ながらも、今は二人の隠れ家となっている。
「ここなら少しの間は安全だろう」陣内は窓の外を警戒しながら言った。
麻里は古びた椅子に座り、震える手で顔を覆っていた。この数時間で彼女の世界は完全に覆されてしまった。
「母は...本当に研究者だったの?」麻里は静かに尋ねた。
陣内は彼女の前に膝をつき、その手を優しく取った。「そうだ。佳織は魔物研究の第一人者だった。表向きは大学の生物学教授だったが、シアン商会の秘密研究を主導していた」
「私には何も話してくれなかった...」麻里の声には悲しみが混じっていた。
「あなたを守るためだ」陣内は真剣な表情で言った。「彼女は研究の危険性を知っていた。特に...片桐の野望を知ってからは」
「片桐の野望?」
陣内は立ち上がり、小屋の中を歩き始めた。彼の体は時折、部分的にスライム状に変化し、月の光を通して幻想的に輝いた。
「片桐一馬の目的は力だ。人間と魔物の融合による究極の力。彼は最初、純粋な研究意欲から始めた。人間の魔力と魔物の特性を融合させれば、双方の弱点を克服できると考えたんだ」
「そして母は?」
「佳織は共生の可能性を研究していた。魔物と人間が互いを破壊することなく、力を分かち合う方法を」陣内の目が遠くを見るように曇った。「私は彼女の研究に賛同し、助手として働いていた」
「あなたは...人間だったのね」麻里は彼の姿を見つめた。
陣内はうなずいた。「29歳の時、佳織との研究中に...事故が起きた」
「片桐が言っていた爆発?」
「そうだ。だがそれは事故ではなかった」陣内の声が冷たくなる。「片桐が仕組んだものだ。彼は佳織の研究が成功し、自分の野望が阻止されることを恐れていた」
「でも、片桐は母を愛していたと...」
陣内は冷笑した。「愛?それは所有欲だ。彼は佳織の才能と力を欲していた。そして彼女が彼に協力しないと知ると...」
「母を殺したの?」
陣内は黙って頷いた。「爆発の直前、彼は研究室を出た。すべては計算済みだった。だが...」
「だが?」
「彼は私がスライムと融合するとは予想していなかった。融合の瞬間、佳織は魔力を使って私を守ろうとした。その結果、佳織は命を失い、私はこの姿になった」
陣内の体が感情の高まりと共に不安定になり、スライムと人間の形態を行き来し始めた。
「落ち着いて」麻里は立ち上がり、彼に近づいた。「あなたの体が...」
「すまない」陣内は深呼吸し、形態を安定させようとした。「この10年間、私は片桐を監視し続けた。彼は佳織の研究を盗み、さらに危険な実験を続けていた」
「その実験に...私が必要なの?」
陣内は麻里の目を真っ直ぐに見つめた。「あなたは佳織の娘。彼女の魔力の系譜を継ぐ者だ。片桐の融合装置には強力な人間の魔力が必要で...」
「そしてインキュバス...あなたが」
「そうだ。私たちの契約は彼の計画には最悪の展開だった」陣内は微笑んだ。「だからこそ、彼はあなたに嘘をついた。契約を解消させ、私たちを引き離そうとした」
麻里は混乱していた。「でも、あなたはどうして私と契約を結んだの?最初から計画していたの?」
陣内は頭を振った。「偶然だった。私はシアン商会に潜入し、片桐の計画を阻止しようとしていた。あの保管室で捕らえられたのも偶然ではない。だが...」
彼は麻里に近づき、その頬に手を当てた。「あなたと出会った瞬間、私は感じた。佳織の力を、そして...」
彼の手がスライム状に変化し、麻里の肌に吸い付くように広がる。「あなたへの引き寄せられる思い」
麻里は身を震わせた。再び広がる快感。だが今回は恐れはなかった。
「陣内...」彼女は囁いた。「契約の本当の意味は?」
「魂の共鳴だ」陣内は答えた。「インキュバスと人間の間で交わされる最も深い絆。それは支配と服従ではなく、相互の力の共有」
彼のスライム状の手が麻里の首筋から鎖骨へと移動する。透明な青い物質が彼女の素肌に触れるたび、電流のような感覚が走った。
「片桐は嘘をついた」陣内は囁いた。「私はあなたの魔力を奪うのではなく、共有している。私の力もあなたのもの」
「だから私は...あの研究施設で...」
「そうだ。あの時発揮した力は、契約によって増幅された魔力だ」
陣内の両手が完全にスライム化し、麻里の体を優しく包み込み始めた。
「もう一度...エネルギーを分け合おう」彼の声は低く、官能的だった。「今夜は...すべてを」
麻里は躊躇なく彼に身を委ねた。スライム状の腕が彼女を抱き上げ、小屋の奥の簡素なベッドへと運ぶ。
「今夜は...」麻里は彼の青い瞳を見つめた。「全てを知りたい。あなたのこと、母のこと、そして...この感覚のこと」
陣内の体が徐々にスライム化し始め、輝く青い半透明の存在となっていった。それは麻里の体を覆い、服の上からでも直接肌に触れるような感覚を生み出す。
「全てを教えよう...言葉ではなく...感覚で」
スライム状の体が麻里の衣服の下に浸透し、彼女の全身を包み込む。あらゆる場所を同時に愛撫されるような感覚に、麻里は声を漏らした。
「あぁ...これが...契約の...」
「そう...これが魂の共鳴」陣内の声が彼女の全身から聞こえるようだった。
月明かりが二人の交わりを照らし、青白い光が小屋全体を包み込んだ。それは二つの魂が一つに溶け合う瞬間の輝きだった。
---
朝日が小屋の窓から差し込み、麻里の瞼を照らした。彼女が目を開けると、陣内が彼女の横で眠っていた。人間の姿で。
麻里は彼の顔を見つめた。昨夜の記憶が鮮明に蘇る。あの感覚...人間の体では決して味わえない官能。スライムの柔らかさと流動性が生み出す快感は、彼女の想像を遥かに超えていた。
「目が覚めたか」陣内が目を開けずに言った。
「ええ...」麻里は微笑んだ。「あなたは寝てないの?」
「インキュバススライムは人間のように眠る必要はない」陣内は目を開け、彼女を見つめた。「だが、人間の形態では休息が必要だ」
彼は起き上がり、窓の外を見た。「今日からどうする?」
麻里も身を起こした。「シアン商会には戻れないわ。涼子は片桐の味方...」
「そして高瀬は?」陣内は尋ねた。「彼がなぜ助けに来たのか、私には理解できない」
麻里は考え込んだ。「高瀬さんは...私に好意を持っていた。でも彼がどうやって片桐の施設を見つけたのか...」
「彼は監視していたのかもしれない」陣内は慎重に言った。「彼があなたに関心を持っていたことは分かっていた」
「でも彼は私たちを助けてくれた」麻里は反論した。「信頼できるかもしれない」
陣内は不満げな表情を浮かべたが、うなずいた。「分かった。だが注意は必要だ」
その時、小屋の外から物音がした。二人は緊張して身構えた。
「誰かが来る...」陣内はささやき、人間の姿からスライム状に変化し始めた。
ドアがゆっくりと開き、光が差し込む。そして姿を現したのは...
「麻里さん!無事だったんですね」
高瀬誠が立っていた。彼の顔には安堵の表情が浮かんでいる。
「高瀬さん...」麻里は驚きながらも立ち上がった。「どうやって私たちを見つけたの?」
高瀬は小屋に入り、ドアを閉めた。「追跡装置です。昨日、片桐の施設で麻里さんの服に付けました。万が一のためにと...」
陣内が人間の形態に戻りながら、高瀬の前に立ちはだかった。「なぜ私たちを助けた?」
高瀬は少し後ずさりしたが、すぐに姿勢を正した。「麻里さんが危険だと思ったからです。それに...私は片桐博士の真の目的を知っていました」
「説明してもらおうか」陣内の声には警戒心が満ちていた。
高瀬はため息をついた。「実は私も佳織先生の研究に関わっていました。学生として...10年前、彼女の最後の実験の直前まで」
麻里は目を見開いた。「母の...学生だった?」
「はい」高瀬は頷いた。「当時、私は大学院生で、佳織先生のアシスタントをしていました。片桐博士は表向き佳織先生と共同研究をしていましたが、裏では別の実験を進めていました」
「それで、あなたは何を知っているの?」麻里は尋ねた。
「あの事故の真相です」高瀬は真剣な表情で言った。「片桐博士が仕組んだものだということを。佳織先生が彼の真の目的を知り、研究を止めようとしたからです」
陣内は腕を組んだ。「それだけか?なぜ今まで黙っていた?」
高瀬は視線を落とした。「恐れていたんです。片桐博士の力を...そして彼の復讐を」
「それでシアン商会に入ったの?」麻里は尋ねた。
「はい。片桐博士を監視するために」高瀬は答えた。「そして...佳織先生の娘である麻里さんを守るために」
麻里は混乱していた。母の研究、陣内との契約、そして今、高瀬が現れた。すべてが複雑に絡み合っている。
「片桐の次の動きは?」陣内が尋ねた。
高瀬は小さなタブレットを取り出した。「彼は既に動いています。シアン商会全体を使って、あなたたちを探している。特に...」
彼はタブレットを二人に見せた。画面には研究施設の設計図と「魂の共鳴増幅装置」という名前の装置の詳細が表示されていた。
「これは...」
「片桐博士の本当の目的です」高瀬は説明した。「インキュバススライムと人間の契約によって生まれる魂の共鳴を増幅し、その力を抽出する装置。彼はそれを使って...」
「世界中の魔物を支配しようとしている」陣内が言葉を引き継いだ。「魂の共鳴のエネルギーは、全ての魔物に影響を与える基本波動を持つ」
麻里は恐怖を感じた。「私たちの契約を利用して?」
「そう」高瀬はうなずいた。「あなたたち二人の契約は特別です。陣内さんは普通のインキュバススライムではない。人間だった彼と魔物の融合体であり、麻里さんは佳織先生の強力な魔力を受け継いでいる」
「完璧な組み合わせということか」陣内は苦々しく言った。
「片桐博士はあなたたちを捕らえるために、あらゆる手段を講じています」高瀬は警告した。「彼は研究施設での失敗から学び、今度は公の場であなたたちを罠にかけようとしています」
「公の場?」麻里は不思議に思った。
「明日、シアン商会で大きな展示会が開催されます」高瀬は説明した。「『人間と魔物の共生』をテーマにしたイベントです。片桐博士はそこで麻里さんが現れることを期待している」
「なぜ私が現れると?」
「これです」高瀬はタブレットの画面を切り替えた。そこには麻里の写真と「危険魔物保有者・指名手配」の文字が。
「私たちは犯罪者にされてしまったのね...」麻里はため息をついた。
陣内は窓の外を見ながら考え込んでいた。「片桐を止める必要がある」
「どうやって?」麻里は尋ねた。「私たちは逃げるしかないのでは?」
陣内は彼女を見つめた。「いいや。逃げるだけでは彼は諦めない。私たちの契約の力で、彼の計画を阻止する必要がある」
高瀬は深刻な表情で頷いた。「私も同感です。そのために...」
彼はバッグから小さな箱を取り出した。「これを持ってきました」
箱を開けると、中には古い研究ノートと小さな装置があった。
「これは...」
「佳織先生の最後の研究ノートです」高瀬は説明した。「彼女は片桐博士の計画を知り、対抗する方法を研究していました。そしてこの装置は...魂の共鳴を制御するためのものです」
麻里はノートを手に取った。母の筆跡。感情が込み上げてくる。
「母は...知っていたのね。片桐の計画を」
「はい」高瀬はうなずいた。「彼女はあなたを守るために、この研究を隠していました。そして陣内さんは彼女の最後の希望だったのです」
陣内は装置を見つめていた。「これで片桐の計画を阻止できるのか?」
「理論上は」高瀬は答えた。「だが、使い方を理解するためには、ノートを研究する必要があります」
麻里はノートを開き、ページをめくり始めた。複雑な数式と図表が並んでいる。
「これを理解するのに時間がかかるわ...」
「時間がないんだ」陣内は言った。「片桐はすでに動いている」
高瀬は真剣な表情で二人を見た。「私の提案ですが...明日の展示会に敢えて参加してはどうでしょう」
「罠に飛び込めというのか?」陣内は疑わしげに尋ねた。
「逆に罠を仕掛けるんです」高瀬は説明した。「片桐博士は公の場で麻里さんを犯罪者として捕らえようとしています。しかし、大勢の前で彼の嘘を暴けば...」
「彼の信用を失墜させることができる...」麻里は理解した。
「それだけじゃない」高瀬は続けた。「シアン商会の幹部たちは片桐博士の真の目的を知らない。彼らに真実を示せば、片桐博士を止めるために協力してくれるかもしれません」
陣内は考え込んだ。「危険な賭けだ」
「でも、他に選択肢はあるの?」麻里は尋ねた。「逃げ続けても、いつか捕まる。それなら...」
彼女は母のノートを胸に抱きしめた。「母の遺志を継いで、片桐を止めたい」
陣内は彼女を見つめ、やがてうなずいた。「わかった。だが準備が必要だ」
彼は高瀬に向き直った。「あなたを信じよう。だが裏切れば...」
彼の腕がスライム状に変化し、危険な形状を帯びた。
高瀬は動揺しながらも、頷いた。「裏切りません。佳織先生のために...そして麻里さんのために」
三人は展示会での計画を練り始めた。母のノートを解読し、装置の使い方を理解する必要がある。そして何より、麻里と陣内の契約の力を最大限に引き出す方法を。
「あと一つ」陣内は言った。「成功したとして、その後どうする?私はこの姿のままだ」
麻里は彼の手を取った。それは人間の形だったが、触れた瞬間にスライム状に変化し、彼女の指に絡みついた。
「その時は...二人で考えましょう」彼女は微笑んだ。「契約は永遠なのだから」
陣内の青い瞳が深い感情を湛えて輝いた。「永遠か...」
高瀬は二人を見つめ、複雑な表情を浮かべた。やがて彼は小さな声で言った。「佳織先生が見たかった景色だ...」
窓から差し込む光が三人を照らす中、彼らは明日の戦いに向けて準備を始めた。それは単なる復讐ではなく、母の遺志を継ぎ、魔物と人間の真の共生を示すための戦いでもあった。
麻里は母のノートを開きながら思った。
「母さん...あなたが望んだ未来のために、私は戦うわ」
「ここなら少しの間は安全だろう」陣内は窓の外を警戒しながら言った。
麻里は古びた椅子に座り、震える手で顔を覆っていた。この数時間で彼女の世界は完全に覆されてしまった。
「母は...本当に研究者だったの?」麻里は静かに尋ねた。
陣内は彼女の前に膝をつき、その手を優しく取った。「そうだ。佳織は魔物研究の第一人者だった。表向きは大学の生物学教授だったが、シアン商会の秘密研究を主導していた」
「私には何も話してくれなかった...」麻里の声には悲しみが混じっていた。
「あなたを守るためだ」陣内は真剣な表情で言った。「彼女は研究の危険性を知っていた。特に...片桐の野望を知ってからは」
「片桐の野望?」
陣内は立ち上がり、小屋の中を歩き始めた。彼の体は時折、部分的にスライム状に変化し、月の光を通して幻想的に輝いた。
「片桐一馬の目的は力だ。人間と魔物の融合による究極の力。彼は最初、純粋な研究意欲から始めた。人間の魔力と魔物の特性を融合させれば、双方の弱点を克服できると考えたんだ」
「そして母は?」
「佳織は共生の可能性を研究していた。魔物と人間が互いを破壊することなく、力を分かち合う方法を」陣内の目が遠くを見るように曇った。「私は彼女の研究に賛同し、助手として働いていた」
「あなたは...人間だったのね」麻里は彼の姿を見つめた。
陣内はうなずいた。「29歳の時、佳織との研究中に...事故が起きた」
「片桐が言っていた爆発?」
「そうだ。だがそれは事故ではなかった」陣内の声が冷たくなる。「片桐が仕組んだものだ。彼は佳織の研究が成功し、自分の野望が阻止されることを恐れていた」
「でも、片桐は母を愛していたと...」
陣内は冷笑した。「愛?それは所有欲だ。彼は佳織の才能と力を欲していた。そして彼女が彼に協力しないと知ると...」
「母を殺したの?」
陣内は黙って頷いた。「爆発の直前、彼は研究室を出た。すべては計算済みだった。だが...」
「だが?」
「彼は私がスライムと融合するとは予想していなかった。融合の瞬間、佳織は魔力を使って私を守ろうとした。その結果、佳織は命を失い、私はこの姿になった」
陣内の体が感情の高まりと共に不安定になり、スライムと人間の形態を行き来し始めた。
「落ち着いて」麻里は立ち上がり、彼に近づいた。「あなたの体が...」
「すまない」陣内は深呼吸し、形態を安定させようとした。「この10年間、私は片桐を監視し続けた。彼は佳織の研究を盗み、さらに危険な実験を続けていた」
「その実験に...私が必要なの?」
陣内は麻里の目を真っ直ぐに見つめた。「あなたは佳織の娘。彼女の魔力の系譜を継ぐ者だ。片桐の融合装置には強力な人間の魔力が必要で...」
「そしてインキュバス...あなたが」
「そうだ。私たちの契約は彼の計画には最悪の展開だった」陣内は微笑んだ。「だからこそ、彼はあなたに嘘をついた。契約を解消させ、私たちを引き離そうとした」
麻里は混乱していた。「でも、あなたはどうして私と契約を結んだの?最初から計画していたの?」
陣内は頭を振った。「偶然だった。私はシアン商会に潜入し、片桐の計画を阻止しようとしていた。あの保管室で捕らえられたのも偶然ではない。だが...」
彼は麻里に近づき、その頬に手を当てた。「あなたと出会った瞬間、私は感じた。佳織の力を、そして...」
彼の手がスライム状に変化し、麻里の肌に吸い付くように広がる。「あなたへの引き寄せられる思い」
麻里は身を震わせた。再び広がる快感。だが今回は恐れはなかった。
「陣内...」彼女は囁いた。「契約の本当の意味は?」
「魂の共鳴だ」陣内は答えた。「インキュバスと人間の間で交わされる最も深い絆。それは支配と服従ではなく、相互の力の共有」
彼のスライム状の手が麻里の首筋から鎖骨へと移動する。透明な青い物質が彼女の素肌に触れるたび、電流のような感覚が走った。
「片桐は嘘をついた」陣内は囁いた。「私はあなたの魔力を奪うのではなく、共有している。私の力もあなたのもの」
「だから私は...あの研究施設で...」
「そうだ。あの時発揮した力は、契約によって増幅された魔力だ」
陣内の両手が完全にスライム化し、麻里の体を優しく包み込み始めた。
「もう一度...エネルギーを分け合おう」彼の声は低く、官能的だった。「今夜は...すべてを」
麻里は躊躇なく彼に身を委ねた。スライム状の腕が彼女を抱き上げ、小屋の奥の簡素なベッドへと運ぶ。
「今夜は...」麻里は彼の青い瞳を見つめた。「全てを知りたい。あなたのこと、母のこと、そして...この感覚のこと」
陣内の体が徐々にスライム化し始め、輝く青い半透明の存在となっていった。それは麻里の体を覆い、服の上からでも直接肌に触れるような感覚を生み出す。
「全てを教えよう...言葉ではなく...感覚で」
スライム状の体が麻里の衣服の下に浸透し、彼女の全身を包み込む。あらゆる場所を同時に愛撫されるような感覚に、麻里は声を漏らした。
「あぁ...これが...契約の...」
「そう...これが魂の共鳴」陣内の声が彼女の全身から聞こえるようだった。
月明かりが二人の交わりを照らし、青白い光が小屋全体を包み込んだ。それは二つの魂が一つに溶け合う瞬間の輝きだった。
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朝日が小屋の窓から差し込み、麻里の瞼を照らした。彼女が目を開けると、陣内が彼女の横で眠っていた。人間の姿で。
麻里は彼の顔を見つめた。昨夜の記憶が鮮明に蘇る。あの感覚...人間の体では決して味わえない官能。スライムの柔らかさと流動性が生み出す快感は、彼女の想像を遥かに超えていた。
「目が覚めたか」陣内が目を開けずに言った。
「ええ...」麻里は微笑んだ。「あなたは寝てないの?」
「インキュバススライムは人間のように眠る必要はない」陣内は目を開け、彼女を見つめた。「だが、人間の形態では休息が必要だ」
彼は起き上がり、窓の外を見た。「今日からどうする?」
麻里も身を起こした。「シアン商会には戻れないわ。涼子は片桐の味方...」
「そして高瀬は?」陣内は尋ねた。「彼がなぜ助けに来たのか、私には理解できない」
麻里は考え込んだ。「高瀬さんは...私に好意を持っていた。でも彼がどうやって片桐の施設を見つけたのか...」
「彼は監視していたのかもしれない」陣内は慎重に言った。「彼があなたに関心を持っていたことは分かっていた」
「でも彼は私たちを助けてくれた」麻里は反論した。「信頼できるかもしれない」
陣内は不満げな表情を浮かべたが、うなずいた。「分かった。だが注意は必要だ」
その時、小屋の外から物音がした。二人は緊張して身構えた。
「誰かが来る...」陣内はささやき、人間の姿からスライム状に変化し始めた。
ドアがゆっくりと開き、光が差し込む。そして姿を現したのは...
「麻里さん!無事だったんですね」
高瀬誠が立っていた。彼の顔には安堵の表情が浮かんでいる。
「高瀬さん...」麻里は驚きながらも立ち上がった。「どうやって私たちを見つけたの?」
高瀬は小屋に入り、ドアを閉めた。「追跡装置です。昨日、片桐の施設で麻里さんの服に付けました。万が一のためにと...」
陣内が人間の形態に戻りながら、高瀬の前に立ちはだかった。「なぜ私たちを助けた?」
高瀬は少し後ずさりしたが、すぐに姿勢を正した。「麻里さんが危険だと思ったからです。それに...私は片桐博士の真の目的を知っていました」
「説明してもらおうか」陣内の声には警戒心が満ちていた。
高瀬はため息をついた。「実は私も佳織先生の研究に関わっていました。学生として...10年前、彼女の最後の実験の直前まで」
麻里は目を見開いた。「母の...学生だった?」
「はい」高瀬は頷いた。「当時、私は大学院生で、佳織先生のアシスタントをしていました。片桐博士は表向き佳織先生と共同研究をしていましたが、裏では別の実験を進めていました」
「それで、あなたは何を知っているの?」麻里は尋ねた。
「あの事故の真相です」高瀬は真剣な表情で言った。「片桐博士が仕組んだものだということを。佳織先生が彼の真の目的を知り、研究を止めようとしたからです」
陣内は腕を組んだ。「それだけか?なぜ今まで黙っていた?」
高瀬は視線を落とした。「恐れていたんです。片桐博士の力を...そして彼の復讐を」
「それでシアン商会に入ったの?」麻里は尋ねた。
「はい。片桐博士を監視するために」高瀬は答えた。「そして...佳織先生の娘である麻里さんを守るために」
麻里は混乱していた。母の研究、陣内との契約、そして今、高瀬が現れた。すべてが複雑に絡み合っている。
「片桐の次の動きは?」陣内が尋ねた。
高瀬は小さなタブレットを取り出した。「彼は既に動いています。シアン商会全体を使って、あなたたちを探している。特に...」
彼はタブレットを二人に見せた。画面には研究施設の設計図と「魂の共鳴増幅装置」という名前の装置の詳細が表示されていた。
「これは...」
「片桐博士の本当の目的です」高瀬は説明した。「インキュバススライムと人間の契約によって生まれる魂の共鳴を増幅し、その力を抽出する装置。彼はそれを使って...」
「世界中の魔物を支配しようとしている」陣内が言葉を引き継いだ。「魂の共鳴のエネルギーは、全ての魔物に影響を与える基本波動を持つ」
麻里は恐怖を感じた。「私たちの契約を利用して?」
「そう」高瀬はうなずいた。「あなたたち二人の契約は特別です。陣内さんは普通のインキュバススライムではない。人間だった彼と魔物の融合体であり、麻里さんは佳織先生の強力な魔力を受け継いでいる」
「完璧な組み合わせということか」陣内は苦々しく言った。
「片桐博士はあなたたちを捕らえるために、あらゆる手段を講じています」高瀬は警告した。「彼は研究施設での失敗から学び、今度は公の場であなたたちを罠にかけようとしています」
「公の場?」麻里は不思議に思った。
「明日、シアン商会で大きな展示会が開催されます」高瀬は説明した。「『人間と魔物の共生』をテーマにしたイベントです。片桐博士はそこで麻里さんが現れることを期待している」
「なぜ私が現れると?」
「これです」高瀬はタブレットの画面を切り替えた。そこには麻里の写真と「危険魔物保有者・指名手配」の文字が。
「私たちは犯罪者にされてしまったのね...」麻里はため息をついた。
陣内は窓の外を見ながら考え込んでいた。「片桐を止める必要がある」
「どうやって?」麻里は尋ねた。「私たちは逃げるしかないのでは?」
陣内は彼女を見つめた。「いいや。逃げるだけでは彼は諦めない。私たちの契約の力で、彼の計画を阻止する必要がある」
高瀬は深刻な表情で頷いた。「私も同感です。そのために...」
彼はバッグから小さな箱を取り出した。「これを持ってきました」
箱を開けると、中には古い研究ノートと小さな装置があった。
「これは...」
「佳織先生の最後の研究ノートです」高瀬は説明した。「彼女は片桐博士の計画を知り、対抗する方法を研究していました。そしてこの装置は...魂の共鳴を制御するためのものです」
麻里はノートを手に取った。母の筆跡。感情が込み上げてくる。
「母は...知っていたのね。片桐の計画を」
「はい」高瀬はうなずいた。「彼女はあなたを守るために、この研究を隠していました。そして陣内さんは彼女の最後の希望だったのです」
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「理論上は」高瀬は答えた。「だが、使い方を理解するためには、ノートを研究する必要があります」
麻里はノートを開き、ページをめくり始めた。複雑な数式と図表が並んでいる。
「これを理解するのに時間がかかるわ...」
「時間がないんだ」陣内は言った。「片桐はすでに動いている」
高瀬は真剣な表情で二人を見た。「私の提案ですが...明日の展示会に敢えて参加してはどうでしょう」
「罠に飛び込めというのか?」陣内は疑わしげに尋ねた。
「逆に罠を仕掛けるんです」高瀬は説明した。「片桐博士は公の場で麻里さんを犯罪者として捕らえようとしています。しかし、大勢の前で彼の嘘を暴けば...」
「彼の信用を失墜させることができる...」麻里は理解した。
「それだけじゃない」高瀬は続けた。「シアン商会の幹部たちは片桐博士の真の目的を知らない。彼らに真実を示せば、片桐博士を止めるために協力してくれるかもしれません」
陣内は考え込んだ。「危険な賭けだ」
「でも、他に選択肢はあるの?」麻里は尋ねた。「逃げ続けても、いつか捕まる。それなら...」
彼女は母のノートを胸に抱きしめた。「母の遺志を継いで、片桐を止めたい」
陣内は彼女を見つめ、やがてうなずいた。「わかった。だが準備が必要だ」
彼は高瀬に向き直った。「あなたを信じよう。だが裏切れば...」
彼の腕がスライム状に変化し、危険な形状を帯びた。
高瀬は動揺しながらも、頷いた。「裏切りません。佳織先生のために...そして麻里さんのために」
三人は展示会での計画を練り始めた。母のノートを解読し、装置の使い方を理解する必要がある。そして何より、麻里と陣内の契約の力を最大限に引き出す方法を。
「あと一つ」陣内は言った。「成功したとして、その後どうする?私はこの姿のままだ」
麻里は彼の手を取った。それは人間の形だったが、触れた瞬間にスライム状に変化し、彼女の指に絡みついた。
「その時は...二人で考えましょう」彼女は微笑んだ。「契約は永遠なのだから」
陣内の青い瞳が深い感情を湛えて輝いた。「永遠か...」
高瀬は二人を見つめ、複雑な表情を浮かべた。やがて彼は小さな声で言った。「佳織先生が見たかった景色だ...」
窓から差し込む光が三人を照らす中、彼らは明日の戦いに向けて準備を始めた。それは単なる復讐ではなく、母の遺志を継ぎ、魔物と人間の真の共生を示すための戦いでもあった。
麻里は母のノートを開きながら思った。
「母さん...あなたが望んだ未来のために、私は戦うわ」
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