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破壊衝動
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「これ、これ」と言いながら手で首をくいっくいっとやる江崎に「うわぁマジか…」と声が出た。
「意外とミーハーですよね江崎さん」
「うっわ~それいまのノリで言ったら地雷だろーが」
「え?なんで?」
「リンキンファンは言われてきてるからなぁ。あと、中途半端だ、とかな」
「え、そーなんだ…日本っぽくてウケそうなのに」
「リンキンは好かれてねーんだよ、例えば平良みたいな通ぶってそうなヤツには。反日だし」
「え~そうなんだぁ。まぁ確かにどこにも寄ってない感はあるけど、貫いてる気がするけどなー。統合性あって耳障りじゃないし…その分聞き流しちゃうのかなぁ」
「さぁね、俺は洋楽全部聞き流すからわからんけど。ラップは下手だと思う」
「それはわからなくないかも」
暫く聴いてつい、ふんふんふんと音を拾っていく。キー合いそう、でもきっと自分の声だと子供っぽくなりそうだな、とぼんやり思いながら。
それを眺めながら低めに歌うのが側で聞こえる。お前も歌えよとでも言いたげな視線だが「どういう意味なんでしょうかね?」と江崎に振ってみた。
「さぁ。まぁ俺の中では“最後の虚構”が一番しっくり来た和訳かも」
「最後の虚構か…ええと…ファクション?」
「いいや、マスカレード」
「マスカレード…」
よく聞く気がするがぱっと意味が出てこないなと考えていると、そんな自分に江崎は笑って手を伸ばし、頬を撫でてきた。
「いいなぁお前は」
それがどういう意図かはわからず、「そうですか?」としか聞けないけれど。あまりそう思ったこともなかった。
特にそれから何を言うわけでもない江崎の真意は本当にわからない。いつもそう、あと一歩のところまでは踏み込ませない雰囲気が、江崎にはある。
…ヤクザ屋さんなわけだし、そう、この人は案外、単調な人ではないのだ。
「俺は君を守らなきゃね、この人ヤクザだもん」
そう言った誠一を思い出す。これは一つの呪縛になったのかもしれない。
買い物に行き、江崎はそれから上機嫌で自宅のキッチンに立った。
毎回思う、流石はヤクザ屋さんだ、かなり良いマンションに住んでいる。都会が一望出来そうな程の。
「お前くらいしか食わせるヤツもいねぇから、感覚が鈍りそうだ」
とは言いつつ、当たり前にタマが「…会長、私が」なんて言い出すに決まっていた。
「あ?いーんだよ作れれば。お前な、俺は総代の飯番だったんだかんな」
なんて、何回聞いたか、そのわりに「そんなに言うなら海老の皮剥いてみろ」と夫婦漫才のようなそれが面白い。
「意外とうめぇじゃねぇかタマ!」だのなんだの、マンションに来れば「この人はそうか、自分とは別の場所に生きているんだ」と思わされるのに、当の本人はまるでそれを感じさせないようにしてるのか、そういった態度なのだから、ここがどこだか時々わからなくなってしまう。
「…江崎さん、俺もなんか手伝いますか?」
「大したもんじゃねぇからいいよ、てかお前は座っとけ」
だったら自分はそこに行きたいからこんなことを言うのか、心の場所だって曖昧になる。
どうして、彼はいつも自分に背丈を合わせようとしてくれるのだろうか。
「…それじゃ、この人は誰にも守られてないじゃないですか」
何故、あの日自分が誠一にそう言ったのかはわからなかった。
それを聞いた瞬間、胡散臭かった誠一の笑顔はぱっと消えたのだ。
「ちょ、来い来い」
キッチンから呼ぶ江崎の笑顔と、あの日の笑顔が少し重なった。バーカ、ナメんな小僧、と言ったそれに。
「はぁい、」
本格的な中華鍋を持った江崎は「ほれ行くぞ、」と、盛り付けてあったチャーハンの上に、厚手の…オムレツのような卵を乗せた。
「はい、これで、」
卵をちょんちょんとお玉で撫でた。
真ん中で割れ、ふわっと全体に被さる卵に、「おぉお、」と、タマとハモってしまった。
「…流石です会長」
「まぁな」
得意気に、空いたフライパンに何かの液体を入れちゃっちゃっとかき混ぜる。
卵の上にそれを掛け、「はい今日の夕飯は天津飯です」と嬉しそうに江崎は言った。
「すごーい、中華屋さんみたい」
「残念ながらヤクザ屋さんなんだな。さぁ食うぞ」
こんなことがいつでも新鮮だ。そうぼんやり頭のどこかで言った自分がいる。
さながら、この衝動がなんだったのかと後付けで折り合いを付けたくなるのは行き先を“虚無”に戻したくないからかもしれない。
誰でも良いから繋いでいて欲しい。
そのわりに自分はたまに、頭を抱えてそれを投げ捨てたくなることがある。
誰かは自分にこう言った、「淡白そうに見えて傲慢だよね」と。多分、昔付き合った女か何かだ。
アンビバレンスとパラフィリア。天国と地獄の違いを知らない。それは、ただただビルの10階から、下を覗き込んでいる傍観者の視点だからだ。
「意外とミーハーですよね江崎さん」
「うっわ~それいまのノリで言ったら地雷だろーが」
「え?なんで?」
「リンキンファンは言われてきてるからなぁ。あと、中途半端だ、とかな」
「え、そーなんだ…日本っぽくてウケそうなのに」
「リンキンは好かれてねーんだよ、例えば平良みたいな通ぶってそうなヤツには。反日だし」
「え~そうなんだぁ。まぁ確かにどこにも寄ってない感はあるけど、貫いてる気がするけどなー。統合性あって耳障りじゃないし…その分聞き流しちゃうのかなぁ」
「さぁね、俺は洋楽全部聞き流すからわからんけど。ラップは下手だと思う」
「それはわからなくないかも」
暫く聴いてつい、ふんふんふんと音を拾っていく。キー合いそう、でもきっと自分の声だと子供っぽくなりそうだな、とぼんやり思いながら。
それを眺めながら低めに歌うのが側で聞こえる。お前も歌えよとでも言いたげな視線だが「どういう意味なんでしょうかね?」と江崎に振ってみた。
「さぁ。まぁ俺の中では“最後の虚構”が一番しっくり来た和訳かも」
「最後の虚構か…ええと…ファクション?」
「いいや、マスカレード」
「マスカレード…」
よく聞く気がするがぱっと意味が出てこないなと考えていると、そんな自分に江崎は笑って手を伸ばし、頬を撫でてきた。
「いいなぁお前は」
それがどういう意図かはわからず、「そうですか?」としか聞けないけれど。あまりそう思ったこともなかった。
特にそれから何を言うわけでもない江崎の真意は本当にわからない。いつもそう、あと一歩のところまでは踏み込ませない雰囲気が、江崎にはある。
…ヤクザ屋さんなわけだし、そう、この人は案外、単調な人ではないのだ。
「俺は君を守らなきゃね、この人ヤクザだもん」
そう言った誠一を思い出す。これは一つの呪縛になったのかもしれない。
買い物に行き、江崎はそれから上機嫌で自宅のキッチンに立った。
毎回思う、流石はヤクザ屋さんだ、かなり良いマンションに住んでいる。都会が一望出来そうな程の。
「お前くらいしか食わせるヤツもいねぇから、感覚が鈍りそうだ」
とは言いつつ、当たり前にタマが「…会長、私が」なんて言い出すに決まっていた。
「あ?いーんだよ作れれば。お前な、俺は総代の飯番だったんだかんな」
なんて、何回聞いたか、そのわりに「そんなに言うなら海老の皮剥いてみろ」と夫婦漫才のようなそれが面白い。
「意外とうめぇじゃねぇかタマ!」だのなんだの、マンションに来れば「この人はそうか、自分とは別の場所に生きているんだ」と思わされるのに、当の本人はまるでそれを感じさせないようにしてるのか、そういった態度なのだから、ここがどこだか時々わからなくなってしまう。
「…江崎さん、俺もなんか手伝いますか?」
「大したもんじゃねぇからいいよ、てかお前は座っとけ」
だったら自分はそこに行きたいからこんなことを言うのか、心の場所だって曖昧になる。
どうして、彼はいつも自分に背丈を合わせようとしてくれるのだろうか。
「…それじゃ、この人は誰にも守られてないじゃないですか」
何故、あの日自分が誠一にそう言ったのかはわからなかった。
それを聞いた瞬間、胡散臭かった誠一の笑顔はぱっと消えたのだ。
「ちょ、来い来い」
キッチンから呼ぶ江崎の笑顔と、あの日の笑顔が少し重なった。バーカ、ナメんな小僧、と言ったそれに。
「はぁい、」
本格的な中華鍋を持った江崎は「ほれ行くぞ、」と、盛り付けてあったチャーハンの上に、厚手の…オムレツのような卵を乗せた。
「はい、これで、」
卵をちょんちょんとお玉で撫でた。
真ん中で割れ、ふわっと全体に被さる卵に、「おぉお、」と、タマとハモってしまった。
「…流石です会長」
「まぁな」
得意気に、空いたフライパンに何かの液体を入れちゃっちゃっとかき混ぜる。
卵の上にそれを掛け、「はい今日の夕飯は天津飯です」と嬉しそうに江崎は言った。
「すごーい、中華屋さんみたい」
「残念ながらヤクザ屋さんなんだな。さぁ食うぞ」
こんなことがいつでも新鮮だ。そうぼんやり頭のどこかで言った自分がいる。
さながら、この衝動がなんだったのかと後付けで折り合いを付けたくなるのは行き先を“虚無”に戻したくないからかもしれない。
誰でも良いから繋いでいて欲しい。
そのわりに自分はたまに、頭を抱えてそれを投げ捨てたくなることがある。
誰かは自分にこう言った、「淡白そうに見えて傲慢だよね」と。多分、昔付き合った女か何かだ。
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