閑静に零れる情動

二色燕𠀋

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 午後の斜陽は、どこかセンチメンタル。
 と、ぼんやり窓の外を眺めるのはここ最近の癖。
 そして、またやっちゃってる…と溜め息が出そうになっても、今はクラスメートもいる教室だったな…と、黒板のノスタルジックに意識が戻った。

 1853年、黒船来航、マシュー・ペリー、江戸湾浦賀、1854年、日米和親条約……。
 中学校で習った日本史の再来だ。1855年にまた来るやつ。

 りつは黒板の字の色付けと自分の義務教育知識をノートに書き加えた。

 比較的、多分文系。しかしお経は、持った意味を理解し、組み立てられないと子守唄になってしまうらしい…と、理由を無理矢理頭に流し込んで対処をする。

 その意味のなさにも味を占められれば、ここから15分を耐え凌ぐことが出来るだろうが、どうも数日、そうもいかなくなっていた。

 般若心経の響く教室にまた無意識下で、彼を探して窓を眺めてしまう。

 数日のはずなのに、センチメンタル、ノスタルジックが融合するほどの過去に成り下がっているのが寂しい。
 先日、先輩と多分、別れたのだ。

 融合、相反した。
 彼の引き吊った表情が、まるで眼前に斜陽と広がる。コントラスト。

 彼は、結構かなり相当な引き具合だったのだけど、直前くらいには唇が触れ合いそうなほどに近かったはずだった。

 …溜め息も消えそうになる。だって、帰り道は少し俯いて「たまには家に来いよ」だなんて、言ったじゃないか……。

 お陰で思い出しても鼻血すら出ない…よもやトラウマに近くなりそうな思い出。

 1860年井伊直弼が桜田門外の変により暗殺される…うぅん、俺はあの室内でいっそ殺されたかった。
 本当に大好きだったんだけどな。彼の、人好きそうな笑みまで走馬灯のように浮かぶ。

 自分も、先輩の表情を見て真っ青になったと思う、羞恥に血の気が引いていって、先に倒れたのはまずあそこだったもの。

 どこかわかっていたからこそ「あっ、そっか…」とより傷付いたことに、やっぱり好きだったのにと胸が痛くなる。

 こんなに誰かと、全くもって通じ合えないことがあるなんて、初めての経験に…電撃のような…これはきっとショックだ、そんなものを体験して戸惑っている。

 せめて夢の中の存在であったなら、よかったのになぁ。

 なんて、情けないよなと自己嫌悪ばかりが先行してしまうけれど…相手の気持ちをあの瞬間に考えられていたのかな、と、そればかりがぐるぐるしていた。

 大体なんなの。
 自分は「話せたら良いなぁ」「先輩優しいなぁ」「とってもテキパキわかりやすいなぁ」「手を繋げたら良いなぁ」くらいだったんじゃないの……?全く…何でこうなってしまったのだろうか。欲張りだ。

 早さに全く着いていけもしなかった、けど…。

 自分の欲深さにも気付き驚いたところで、終わりのチャイムが鳴ってしまった。

 あ、結局ノート、あまり取らなかったな…と三度目の正直な溜め息を吐くと「駒越こまごえくん」と、聞き馴染みがある女子の声がした。

「…中林なかばやしさん?」

 彼女はいかにも鞄を持ち、帰ろうかという様子だった。

 少し、笑顔。長い髪を少しだけ結っていて。きっとクラスで上位くらいに存在感がある彼女が、最近になって自分に用事があるらしい。

「駒越くん、今日はバイトある?」
「…え、」

 今まさに聞いて思い出したくはないことだけど、これとそれが直結するのも傷心中だからだ。

「ないけど…」
「だよね、じゃあちょっと帰らない?相談があって」

 相談……。
 うん、直結するのにも原因がある……ような。

「……なにかな」
「ちょっとね…」

 言いにくそう。

 こちらも気乗りはしないが「わかった、いいよ」と鞄を手にする。
 「ありがと」と微笑む彼女に、なんとなく後ろめたくなり、ついつい床のタイルを数えそうになった。

 彼女との始まりは他愛のないことだった。あれを会話と呼ぶのかは不明である。

 帰りの時間、先輩はいつも自分を呼びに来ていた。そうなる直前が多分、彼女と会話をした…下手をすれば初めてだったのかもしれない。

 先輩が「律!」と慌てて現れ、「悪ぃ、今日シフト、ちょっとだけ変わってくんない!?」と言ってきたのだ。

「はい、大丈夫ですよ」
「ごめんな、マジ今親来ててさ」
「え、」
「進路進路。忘れてて入れちゃったよ!」
「なるほどですね」
「店長には俺から電話するから。後からちゃんと」
「わかりました。先輩、17時からでしたっけ、今日」
「うん、悪ぃ……22時までには間違いなく、行けるから…」

 そりゃそうだ。
 慌てて走り去った先輩に、ああ、初めて頼られちゃったと少し嬉しくなった矢先、

「駒くん、バイトしてるの?」

 と、そのすぐ側で3人[#ruby=屯_たむろ#]していた女子の中林さんがそう何気なく聞いてきたのだ。

「え?うん」
「そうだったんだ~」
「三年って大変だね」
「あの先輩ちょっとよくなかった?」

 女子たちはそれでまた自分を置いて盛り上がる。

 学校は確かに、当たり前だがバイトを考慮するわけではない。
 先輩はどうやら、進路が親とも先生とも合わないらしく、たまにバイトを遅刻する時期があったのだ。

「何のバイト?」
「飲食店…」

 そこで会話を終え、律自身も店長に電話を掛けてその場は終わり…。
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