朝に愁いじ夢見るを

二色燕𠀋

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「まぁ、あっちにはないからなぁ。お前の境遇だと知る機会もないわな、初めて張り形見たとき驚かんかった?」

 確かにそう思うで一度頷き外で喋らないで下さいと口の前で払い行きませんで首を振る。

「そんなら、帰りますか」

 手を取られ、二人で店まで帰る。

 店の入り口に子供を連れた背中があり、少し嫌な気分になったがふっと笑った横顔を見、側に葉月がいて気が付いた。

 いろはさんだ。

 奈木が「げっ、」と嫌そうに言うのといろはさんがこちらを向くのが同時だった。

「あ!み空やね!?うわぁ…」

 子供をポンと葉月に預けたいろはさんは側まで来て「なんや大きゅうなって」だの「痩せたんちゃう!?育つとこんなんか!?」と身体をポンポン触りつつ、「うっわー奈木やんこの癖っ毛」と奈木にしっしとしていたり、忙しい。

 確か奈木と同じくらいの歳だ。やはり太夫とは違いとても精悍になったし雰囲気が柔らかくなったような気がした。

「歳食うても陰毛かいな」
「うっわー品がないわぁそんな酷ないねん、えーやろ?禿げへんで?なんで居るんやお前、出禁やんか」
「あぁ?楼主死んだし3人目で女の子産まれてなぁ、嫁に断り入れて見せびらかしにきたんや!」

 元楼主が死んだあと、一がわざわざ出禁を解いたのだと聞いた。

「爺が死んだんとかもう忘れとったけど」
「すぐ来ようかと思たけどやっぱりなぁ。しかも上2人が男やから「売り飛ばす気か!」なんて嫁に言われてもうてなぁ…」

 奈木はけっ、と去って行く。が、多分気になっていたと思う。大抵の駆け落ちはあまり良い結果を生まないから。

 ぱっとあての手を取ったいろはさんは「ホンマお久しゅう」と優しく言うが、少し気まずそうではあった。

「あぁ桜か。綺麗やね…」

 いろはさんは奈木の背中をちらっと見たけれど、どうしていいか、でもまずはと、あてはいろはさんをさっと抱き締め…よう無事でいてくれたと気持ちが込み上げてくる。
  キリもないしすぐに離れることにした。
 
 いろはさんもあての顔を見て笑い、「やっぱ、痩せたなぁ」と言った。

「今は何やっとるん?」

 …太夫は引退したけど客取りはやる、など、恐らくいろはさんには意味がわからないだろうなと思ったが、何かを察したのか「全く奈木はなぁ、」と、あての桜を見て言った。

「満開のは、あかんよなぁ?」

 あ、これかぁ。
 まぁ、なんとなく「散りかけや」みたいな嫌味と捉えるのかなぁと理屈はわかったが、軽く首を振れば「そうかいな」と、やはり物腰が優しくなった気がする。

 入り口を振り返るいろはさんにつられてあてもそっちを見れば、泣いた子供を抱く葉月と、一が漸く来たようで頭を下げた。

 いろはさんも一に深々と頭を下げる姿に、あぁ、よかったなと、あてはいろはさんの手を取り一緒に入り口に戻った。

 いろはさんの子供はよく泣く子で、「み空の方がええんちゃう?」と子供は葉月からあてに横流しをされた。
 三味線より柔らかいし重いなぁと思えば、子供はふっとあての顔を見、髪を引っ張り泣き止んだ。

「み空兄さん流石ですねぇ」

 …結構怖いし痛いんだけどな、これ。
 最後はいろはさんの元へ戻り、「み空もよう泣いてたからなぁ、似てるんかな」と穏やかに言う。

 葉月も一も何も言わないが、いろはさんが一番あてをわかってくれていたかもしれない。

 宴会の時は、情けないあてに本当に腹が立ったのかもしれないが、いろはさんが若い未亡人と駆け落ちした最後の夜、「あんたは苦労したな」と声を掛けてくれたことを思い出す。

 裏口で役者にちょっかいを出され声が出なかった時も、「何しとるんやお前」と役者を追い返し、調理場裏に連れて行ってくれたこともあった。

 坊主が宴会を開いたかと思えば寝屋には「厠へ行ってきます」等と抜けた若い小姓がいて、結果二人の相手をしたことだって。

「金がない役者も、金がある武将も、金も出さず襲ってくるような坊主も、兎に角悪い奴なんて沢山居るんよみ空。しっかりしぃや。でも、誰も助けてくれへんで」

 今思えば、あれほど言ってくれる人もいなかったように思う。
 せやから、楽しくやらにゃと思えたんですよ、兄さん。

「…み空兄さんはいつも笑ってますよ、いろは兄さん」
「…そうやったね。
 一、遅ぅなったけどおおきにな。み空、あんたもええ人いるとええんやけどね」

 …事情を知っているからこそ、それに留めたのだろう。
 なんとなく、「もうええんやで」という心の声を聞いた気がするが、まぁ兄さん、あてはあてでやっとるよと子供を抱えるいろはさんの腕をぽんとする。

 くいっと返してきては「また…来るな、」と切なそうなような…吹っ切れたような、でも穏やかに言ういろはさんに、皆で軽く頭を下げて見送った。

 いろはさんが見えなくなると「はぁ~っ、」と葉月が上を向き目を光らせ「ごめん泣いちゃいそう…!」と言うのにはいはい、と、緩く抱き締めれば「う~っ!」と泣き始めた。

「けどぉ、よかったぁって」

 そうやね。頭をぽんぽんする。

「…手紙を出しても長く音沙汰がなかったから、心の準備が出来てなかったな…。
 葉月、兄さんは調理場にも行ってた?」
「おづれ゛じまし」

 まぁまぁと一に掌で制すれば「まぁ、そっか…」と俯く。

 葉月がやっと顔を上げ「は~っ!ごめんな兄さん着物が、」と言うのに取り敢えず頷く。

「いろは兄さんとも仲直りしてくれて…」

 あ、険悪だと思ってたのかな。

 手を振ると「えっ!してないの!?」と勘違いさせてしまったので首を振る。
 すかさず一が「いや、兄貴はいろは兄さんと仲悪くなかったよ」と補足した。

「あっ、いやどっちかなぁと…まぁ、なら安心した!
 兎に角これは大変だ、色直ししてきますね!」
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