ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 13rd episode

1

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愛欄と僕は、幼馴染みだった。

 僕らは小さい頃から毎日一緒にいて、姉弟のように育った。
 というか、中学校まで僕は彼女を「お姉ちゃん」と呼んでいた。多分、僕の母親が、僕の3つ上である愛欄のことを「愛欄お姉ちゃん」と紹介したせいなのだろう。

 僕が愛欄のことをお姉ちゃんと呼ばなくなったのは恐らく、愛欄の面倒を見ていた祖父母が他界してしまった時からだろう。

 愛欄は、すべてを急に背負うかたちになり、僕はそんな愛欄を気遣ったつもりだった。
 だけど愛欄は、「貴方には多分、わからないものよ」と、乾いたように笑って僕に、

「残してきたもの、残すものはあまりにも残酷なのよ」

と、それだけ言ったのだった。

 愛欄には両親がいなかったわけではない。
 だが愛欄の母は、ほとんどが海外に出払っていて、父親は官僚。父親は日本にはいたが忙しい人だったのか、僕がその父親の姿を見たのはたった一度だけ。
 愛欄の母親が海外で不慮の事故で死んでしまった時、葬儀の際に「娘なんていたのか」と言う認識で、そう言い捨てた姿だけだった。

 僕も多分、そういった意味では世間的にはあまりまともな家に育っていはいなかった。
 父親は至って普通の社会人で、母は医療関係者。愛欄の母と僕の母は似たような職種だった。
 そして、秘めやかなる関係であった。

 僕は、人工受精で出来た子供だった。
 僕が生まれた病院はベトナムの、宗教施設が持つ病院で、愛欄の母親が僕を取り上げたそうだ。

 僕の父親と愛欄の父親もまた、秘めやかなる関係であった。互いが互いに了承をして子供を生んだ結果が僕と愛欄なのだ。

 しかしわからないのは、僕は母から生まれ、父親と呼ばれる存在がいたが、つまりは、卵子と精子は恐らくその二人なのだが、二人には恋人がいた。
 ではなぜ、僕は生まれてきたのか。愛欄は、生まれてきたのか。

 僕たちは姉弟であって姉弟じゃない。僕のお父さんはママであって、父はお母さんである。
 愛欄もまた、お母さんは父でありパパはお父さんである。そんな歪な関係を了承せざる終えないなか僕らは生まれ、育った。

 僕は密かながらずっと、そんな姉の、愛欄の背中を追いかけながら生活をしていた。
 いつでも愛欄は僕に答えてくれる。いつでも側にいてくれる。親なんてわからない、そもそも僕は、誰なのか。

 母は言う、「あなたはあなただ」と。ママは言う、「あなたはちゃんと望まれてきた」と。
 きっとそうなのだろう。しかし愛欄の言う、「残してきたもの、残すものはあまりにも残酷なのよ」と言う、愛欄の一言は胸に刺さる。

 確かに愛欄のパパというかお父さんは愛欄を可愛がっていたが海外にいた。そして、殉職した。
 その姿を焼き付けて彼女は警察官を目指した。しかし、お母さん、父は、愛欄の存在はどうでもいいという態度ながら警察学校に愛欄を誘った。
 愛欄はそれを蹴って自力で学校に入った。それっきり父とは関わりがないらしい。

 僕は甘んじてその誘いを、空いた枠に滑り込んで今こうして警察官になったわけだ。

 始めは部署もバラバラ、流石というか愛欄は愛欄の道を切り開き、厚労省の麻薬取締部へ、僕はいきなりながら捜査一課へ配属された。
 今はこうして、警視庁の建物内で共に働いているのだが。

「おはよう」
「おはよう。恭太、」

 僕が出勤すると愛欄は、すでに僕の隣のデスクでパソコンを操作していた。珍しく今日は、顔をあげてくれて、目が合った。

 最近、どうも愛蘭の目が充血している。
 この部に配属されてから、僕も愛欄も、仕事が増えた。確かに抱えている事件は途方もなく大きい。

 しかし、僕と愛欄の差を、まざまざと見せられている気がして、少し自信を失くす。僕はこれほど打ち込んでいないからだ。

 何より僕は愛蘭ほどこの部署に、期待をされていないような気がしてならない。

「恭太?」
「あぁ、どうしたの?」

 そんな僕の思いは、読み取られたくなくて、僕は出来るだけ笑顔で愛欄に返事を返す。愛欄はきっと、そんな僕を不信に思うのだろう。そう思ったが。

 愛欄はひとつ、溜め息を吐いて終わってしまった。
それは、一体なんの溜め息なのか。

「…話があるんだけど」

なんだろう。

「…なに?」


 愛欄は黙って立ち上がる。
 ふと僕を見下ろすその、黒い瞳の充血が、僕のママに似ていると思えてならなかった。

「愛欄…」
「…射撃場に、行きましょう」

 静かにそう、滑舌よく言われて。
 透き通るような落ち着いた声が何故か安心するのに、僕は不安だった。なんだか、彼女は僕を見透かしている。そして僕に何を、語ろうと言うのか。

 部署を出ようとした際に、副部長が出勤してきた。ふと見れば9時半。副部長にしては遅い出勤で。

「政宗さん…」

 愛欄の抑揚ない声色にも、少しの驚きが伺えた。彼はここしばらく、部署には来ていなかった。

「よう。久しぶりだな。しばらく留守にして悪かったな」

 あの事件の後だし、こう言ってはなんだが、僕は正直、副部長は辞めたのかと少し思っていた。

「…昨日は寝れたか、愛欄」
「…まぁ、はい」
「お前は新人時代から、詰めるととことんだからな。女子はいかん。
 悪い、引き留めたな。いまから二人で用事か?」

 そういえば副部長も、元は麻薬取締部か。

「…はい」
「そうか」

 副部長は漸く僕を見て、柔らかく微笑んだ。
 記憶より彼は、少し頬がこけたように感じる。

「まぁあと30分、ゆっくりでもないが、それなりに」

 そう言うと副部長は自分のデスクにつき、パソコンの電源を入れていた。
 それに愛欄は頭を下げ、促されて僕らは二人、射撃場に向かった。
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