ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 15th episode

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 錆びもつかないような、薄暗い灰色の地下通路。

 足音だけが確かなもので、一直線に、ただ、その先には不自然なまでに真っ白な光輝いた空間が見える。
 タバコを足元に落として消した。彼は部類の嫌煙家だ。宗教上だか職業上だか、とにかくそういった類いのものはダメらしい。

 重厚な扉を開けると、流れるような銀髪に白衣の男が、黒縁眼鏡の男をベットに組み敷いているのが最初に目に飛び込んだ。  それから、ドアの横に立っていた、目がラリった側付のデブと金髪の三下ヤクザのような男。

 銀髪の手には薬品だかなんだか、取り敢えず注射器が握られていた。

 来訪者の姿を横目で確認すると、白衣の銀髪は「なに」と、興味もなさそうに言い、注射器を来訪者の真横の壁にぶん投げて立ち上がった。来訪者は、それでも紳士的に手を挙げて笑った。

 口元の黒子が妖艶な男だった。

「相変わらずクソだねぇ、ミノハラ教授」
「お前に言われたくないよ」
「そうだねぇ。お薬足りてないんじゃない?」
「うるさいなぁ、なに、用件は」
「その前に高梁たかなしくん、君大丈夫?危うく薬打ち込まれそうだったけど」
「…用件はなんだ」

 黒縁眼鏡、高梁は、男に挑戦的な目付きを返して起き上がり、外れたシャツのボタンと緩んだネクタイを締め直した。

「お前が言ってた特本部について。顔を出してきたから報告をと思ってね」
「そうか。
 元気そうだったか」
「あぁ…。
 彼はすっかりなついてしまったようでね。もう君のところへは戻らなそうだよ。どうする?殺そうか?」
「あぁ、伊緒か」

 それについては興味もなさそうに返し、ミノハラは背を向けベッドからデスクに戻る。

「俺が何故お前を選んだか、わかってないようだな」
「えぇ?なによ」
「伊緒は最早どうだっていい。あんなのどうせ」
「“ダッチワイフ”か。酷いもんだねぇ。彼の人生を狂わせておいてねぇ。君らも気を付けなよ。こいつ、スナイパーより人でなしだから」
「勿体ぶってないで早くしてくれないか」
「…まぁまぁ。
 まずは薬についてだが。
 君は良い線いっていた。しかし、二流だな。効果は正直微妙だ。破壊力が足りない。ただ確かに、精神面ではなかなか良い線を突いた。
 現に、あの小蝿はその場で自殺した。興味があるなら警察病院へ行くと良い。まだ遺体はあるだろう。
 ただ彼には常習性がなかった。そこのデータは君たちの管轄内だ」
「そうか」
「しかし…。
 それはもうバレている。彼は、君が執着する壽美田流星は、そんじょそこらの狂犬とは訳が違う」

 男がそう言えば。
 そのワードにミノハラは、途端に目をギラつかせた。
 相変わらずサイコパスな男だ。

「だろうな」
「お前はこうなるのをわかっていたのかい?」
「そうだな」
「なぁミノハラ、聞いてもいいかい」
「なんだい」

 男は壁に凭れ掛かり、腕を緩く組んだ。

「どうして君はそんなに壽美田流星に固執する」
「…あいつは…」
「殺しにくる、だからか」

 それには答えないでいた。

「…そうかもな」
「ちなみにどうやってわかった」
「まず、ヘルメスが少々厄介だったんでな。殺した。ヘルメスが特本部の重要ポストに速見の調査を依頼したんでな。
 まぁ、あいつとしては速見はいずれにせよ消したかったんだろうが、俺と流星が知り合いだと言うことを知らなかったようだな」
「やはり女と言う生き物は使えないな」
「それはお前のセクシャルな偏見だ。
 まぁ長官の速見は切ろうと思っていたし丁度よかったけどな。それが結果、俺のところに飛んでいた小蝿を潰す結果となった」
「合理的だが、どうも気の短さを感じるな。そんなことのためにヒントを投げようだなんて。私怨を感じずにはいられないな」
「お前よりは確かに気は短いかもな。
 私怨?そうかなぁ。早々に断った方が良いだろあれは」
「感傷ではなく、か?」

 嘲笑うようにミノハラは男を見る。
 非常に不愉快だ。

「感傷ねぇ、それって、なに?」
「まぁ俺にもわからんがね」

 埒が明かない、詮がない。

「まぁあと誤算だったのはそうだなぁ、彼の…保護者とか言ったかな、薬やら爆薬やらが書き込まれたメモ帳が家にあったんだと」
「なんだと」

 ミノハラは、ラリった目付きで宙を仰いだ。

「保護者ぁ?」
「あぁ」
壽美田すみだ一成いっせいか」
「いや、それは父親だろ。
 だが彼は、自分の父親は高田だと言う」
「高田…」
「高田創太だよ」
「あのラットがどうした」
「その高田の元…」

 はっと気付いた。
 もしや壽美田流星と言う人物は。

「ははっ…まさかな」

 そんなことがありえるわけがない。

「どうしたケルベロス」
「やめろその呼び方は」
「じゃぁ月夜里ヤマシタか?風情があるな」
「殺すぞシャブ中が」

 男が銃を抜くより、高梁がトリガーを引く方が早かった。

分が悪い。

「いいねぇ、その目。そそられるよ。
 まぁゆっくりしてけよ祥真しょうま

 ミノハラは、今度はゆったりした口調でそう言った。

「…クソが、」

 だがミノハラがそういう口調のときは、口調とは裏腹に優しさを求めているときだ。特に彼を、祥真と名前で呼ぶときはそうだ。現に、それでも視線は研究室の奥を見ている。
 まんまと乗せられた。面倒だがこれもビジネス、仕方がないと、ヤマシタは拳銃だけを抜き、コートを高梁に投げて寄越して目で合図した。それから高梁の合図で、残り二人も合わせて三人で研究室を出て行った。
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