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白い空間
しおりを挟むチカチカと視界が明滅する。
シュシュリは、ふらつきを覚える足に力を入れ、辺りを見渡した。
なにもない。
真っ白な空間が広がっていた。
「な、なんだここは……アヤリ! アヤリ、どこだ、返事をしてくれ! ヨエは……?」
地底湖も、アヤリの姿もどこにも見えない。
声を張り上げても、まるで真綿に吸い込まれるように響くことがない。
シュシュリは焦燥にかられた。
白い、何もない空間をあちらへこちらへと動き回り、アヤリの名を呼ぶ。
「アヤリ……アヤリ……、どうして。どこに。……なんで。私は」
一番守りたい、守るべきものを守れない。
シュシュリはそのことに心が軋む思いがした。もしもこのままアヤリを失ってしまうようなことがあれば。
その想像だけで、膝から力が抜けるような恐怖を覚える。
「ギュァァァアア!」
しかし、その不安や焦燥は、突如響き渡る悍ましい声に断ち切られた。
何かが、猛然とシュシュリに向かって突っ込んで来る。
白い空間に、黒く凝った、大きな人型の獣。
「魔獣……!?」
鋭い爪が風を切り、シュシュリに振り下ろされる。
――ギィン!
シュシュリの抜き放った剣と、鋭い爪とがぶつかり合い、耳障りな金属の擦れ合う音が響いた。
(力が……強い!)
シュシュリは後ろに飛びすさり距離を取る。
鍔迫り合いではそのうち力で競り負けそうだった。
しかし、毛むくじゃらの人型も、シュシュリを追って一足飛びに距離を詰めてくる。
今度はその爪が下から斜めに、間合いを詰めながら切り上げられた。
「くそ……重い、うえに……早い!」
シュシュリは更に横に飛びのいて爪を交わしながら、そのまま走って距離を取る。
剣をおさめ弓と矢を取り、走りながら番えて弾き放った。
ヒュッと鋭く飛ぶ矢に、今度は魔獣の方が大きく身を伏せるように横っ飛びで回避行動をとる。
シュシュリは距離を取ったまま更に矢を番え、魔獣に向けて放った。
「ガァァァァァァ!」
魔獣はシュシュリと距離を縮めようと、身を低くして飛び込んでくる。その顔を矢が掠めた。
「くそ、怯みもしないなんて」
次の矢を番えるのは諦めた。
距離を詰められる方が早いと直感した。
シュシュリは弓と矢を捨て再び剣を抜く。
――ギィン!
突き出される爪を抜きざまの剣でいなした。
ギャリギャリと火花が散る。
人型の魔獣は、流れるような体捌きで爪を横薙ぎにしてなおもシュシュリに肉薄した。
ちょうど腹を横切る爪の軌道を、ガツンと鞘で叩きながら身を引く。
(おかしい……なにか……)
シュシュリは、奇妙な、既視感のようなものを覚えていた。
魔獣の爪に、その体捌きに。
ざわざわとシュシュリの心が騒ぐ。
その戸惑いを隙と見たか、魔獣が鋭く爪を振るった。
シュシュリは目を見開き、確信する。
「ヨエ……!」
――ギィン!
爪に剣を当てて再び鍔迫り合いに持ち込みながら、シュシュリは叫んだ。
「その剣筋、足捌き、恐れのなさ! ヨエだろう!? おまえは、私の……相棒だろ!」
パァン! と、なにかが弾けるような音が響く。
「……っ、し、シュシュリ? シュシュリなのか。じ、じゃあ……さっきの、やつは……」
シュシュリの目の前には、翡翠色の瞳を驚愕に見開く浅黒い肌の青年ヨエがいた。
ふたりの剣が、ギチギチと競り合ったまま。
「おまえも、私が魔獣に見えていたみたいだな……ヨエ。爪だと思ったのは剣だったのか」
お互いに剣を引き、おさめながら。
ホッと息を吐く。
危うく同士討ちで殺し合うところだった。
「シュシュリ……! ヨエ……!」
どこからか、アヤリの悲鳴にも似た声が轟き、真っ白だった空間がぐらりと揺れたかと思うと……。
***
仄かな光に照らし出された地底湖の、すぐそばにシュシュリとヨエは立っていた。
「シュシュリ! シュシュリ、ケガはない!?」
湖上で、アヤリが叫ぶ。
薄い乳白色の卵のような膜の中に包まれ、アヤリはそれを内側から叩きながら声を張り上げていた。
「あ、アヤリ! どうなってる、それは!?」
「シュシュリ、湖だ。なにか……いる」
シュシュリが湖に一歩進みかけたところに、ヨエが制するような声を出した。
それに呼応したかのように。
ザ、ザザザザァ……。
湖に波紋が沸き起こる。
それはやがて渦を巻き、そして。
ザパァァァアン!
激しく波を生み出しながら、大きな、大きな、大きな柱のようなものが大空洞の高い天井へと伸びていった。
キラキラと、それは水滴に濡れて宝石のように輝いていた。
白大理石のように滑らかで硬質そうなその柱は。
『不遜なる人間どもよ……幾久しく、ようやく巫女を捧げにきたと思えば……不浄な男が我が神聖なる祠に足を踏み入れるとはな……』
遥かな高みから降り注ぐ声。
聞くものの耳を、鼓膜を、じかに撫でて揺さぶるような声だった。
シュシュリもヨエも、思わず剣に手をやる。
見上げれば、大空洞の天井辺りまで伸びた柱の最上部に、顔があった。
「ま、まさか……あれ、は……龍……」
枝のように節別れした長い角、銀色に輝く鬣に、湖水のように澄み渡る青い瞳。
柱のように長く伸びた龍の身体。
それは正しく、龍の姿であった。
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