消えていく君のカケラと、進まない僕の時間

碧月あめり

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グレイシュブルー

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 電車を二本乗り継いで、約一時間半。目的地の駅で降りて五分ほど歩くと、海岸が見えてくる。

 大晴が映画の撮影地として選んだのは、日帰りで行って帰って来られる距離にある海。

 遊泳禁止だが、景色がいいことで有名なスポットで、海岸沿いの道路におしゃれなカフェも点在しているから、浜辺を歩いたり、波打ち際で遊んでいる観光客が思ったよりもたくさんいる。

「もっと朝早いほうが、人が少なかったかなあ。映り込んじゃう人は、編集アプリで消しちゃえばいっか」

 到着するなり、海に向けてスマホのカメラを構えた大晴が、それを左から右にゆっくりと動かす。

 大晴のスマホに映る海の景色を眺めながら、そんなことができるんだとわたしはちょっと感心した。

「じゃあ、最初はセリフなしで蒼月と陽咲がふたりで歩いてるシーン撮ろう。浜辺と、あとついでに向こうの道路沿いも歩いてもらおうかな。道沿いのカフェもおしゃれだし」
「ここに歩いて来るまでに、おしゃれなお店がいくつかあったよね。せっかく来たし、どこかでランチ食べたい」

 撮影の指示を出して来る大晴にわたしが提案すると、「賛成」とあやめがニヤリと手を挙げた。

「いいよ。じゃあ、女子ふたりでどこ行きたいか決めといて」
「やったあ」

 わたしとあやめは顔を見合わせると、バドミントンの試合で得点を決めたときみたいに片手でハイタッチした。

 天気が良くて、すでに日差しが暑いけれど、ランチのご褒美があるなら頑張れる。

 ウキウキしながら、あやめとふたりでさっそく近くのカフェを調べていると、大晴がわたしを指さしてきた。

「陽咲はその前に服。深澤さんに貸してもらうんじゃなかったっけ? さすがに、ラストシーンでその格好はない」

 大晴が、Tシャツにデニムの短パン姿のわたしをダメ出ししてくる。

 今日のわたしの格好は海で遊ぶには最適だけど、映画のヒロインがもつ「儚さ」はゼロだ。

「わかってるよ。トイレで着替えてくる……」

 はっきりとダメ出ししてくる大晴に、少しだけムッとする。昔から知っているだけあって、大晴はわたしに間違いを指摘するときは容赦ない。

 仮にもわたしのことが好きなら、「その格好はない」ってはっきり否定せずに「その格好も可愛いけど、着替えて」とマイルドな言葉を選んでくれたらいいのに。まあ、そういうところも含めて大晴は大晴だから仕方がない。

 わたしはあやめが持ってきてくれた白のワンピースを受け取ると、海岸のトイレに向かった。

 借り物のワンピースを汚さないように上からかぶって着替えると、トイレの個室を出る。手洗い場の鏡の前で髪をほどいて整えながら、撮影前にメイクをなおさなきゃいけないなあと思った。

 何度か撮影をしていて気付いたのだが、やっぱりしっかりとメイクをしているほうがカメラ映りがいい。


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