28 / 57
人里にて
3
しおりを挟む「適当なことを吹き込むなよ、狸め」
泰吉を牽制する風夜の声も、冷たくて乱暴だ。
「泰吉さんがおっしゃっていることは、勘違いでは……」
「そんなことないですよ。その証拠に、今日の風夜は随分機嫌がいいです」
泰吉がニヤニヤしながら言うが、由椰には無表情の風夜が不機嫌そうにしか見えない。
だが、風夜は特に文句を言うこともなく、食事処まで着いてきた。
泰吉が由椰と風夜を連れて行ったのは、座敷の個室がある和食の店だった。
「せっかくなので、一番いいランチ定食にしましょう」
メニューの字が読めない由椰が困っていると、泰吉がそう言って注文をしてくれる。
しばらくすると、天ぷらや刺身、お吸い物などが載った豪華な食事が出てきて、由椰は目を瞬かせる。
「まるでお城の将軍様のお食事ですね。こんな豪華なものを、私が食べても良いのですか?」
「もちろんです。たくさん召し上がってください」
泰吉に言われて、由椰は豪華な料理をひとつずつ噛みしめるようにして味わった。
お腹いっぱい昼食を食べると、泰吉は由椰をこの前烏月の屋敷で食べた「ケーキ」の食べられるところへと案内してくれた。
店の中のガラスケースに飾られたケーキはどれもとても綺麗で、見ているだけで心が踊る。泰吉の勧めてくれた紅茶と共に味わうケーキは格別に美味しくて、由椰を幸せな気持ちにさせてくれた。
人里に用事があると言っていた風夜は、無表情であまり喋らなかったが、結局一度も由椰たちのそばを離れることはなかった。
泰吉が言うように、風夜は由椰のお供をするためだけに人里に降りてきたらしい。
「泰吉さん、風夜さん、今日はほんとうにありがとうございます」
ケーキを食べてから店を出ると、由椰は一日付き添ってくれたふたりに丁寧に頭を下げた。
人里での買い物や食事はとても楽しく、由椰の人生で、これ以上に楽しかった日はないと思う。
「由椰様に楽しんでいただけてよかったです。また、一緒に来れたらいいですね」
「はい。人里へ降りる許可を与えてくださった烏月様にも感謝しなければいけません。いつか、烏月様ともご一緒できたら嬉しいのですが……」
由椰が烏月のことを思いながらつぶやくと、
「それは……、どうでしょうね……」
と、泰吉が言葉を濁して苦笑いした。
「では、そろそろ帰りましょうか。日が暮れるまでに二神山に戻らなくては、さすがにオレも風夜も烏月様に叱られます」
「そうですね。烏月様も、お二人の帰りをお待ちですよね」
由椰が真顔で頷くと、泰吉がククッと笑う。
「いえ。烏月様はオレたちではなく、由椰様のお帰りをお待ちだと思いますよ」
「ぼたもちを作るお約束をしていますもんね」
「ぼたもちもですが……、それよりも、由椰様の無事の帰りをお待ちでしょう」
「私……、ですか?」
きょとんと首を傾げる由椰を見て、泰吉がまたククッと笑う。
「そうですよ。烏月様はオレが伊世様と間違えて由椰様を屋敷にお連れしたときから、あなたのことをとても大切にされているので」
(大切に……?)
泰吉の言葉は、由椰にはいまいちピンとこなかった。
たしかに、最近の烏月は由椰の作る料理を食べてくれるようになったし、由椰が祠の掃除をしたり、供物を捧げることを拒絶しない。けれどそれは、互いに自分を大切にするという約束を結んでいるからだ。
烏月は、三百年も洞窟の中で眠りながら生きながらえた由椰に同情こそしているだろうが、それ以上の感情は持ち合わせていないだろう。
烏月が由椰を屋敷に置いてくれるのは、由椰が人の世に戻ることのできなくなった可哀想な生贄だからだ。
考えてみれば少し淋しいような気もするが、ただの人間の娘である自分が、美しい土地神様の時別かもしれないと考えること自体がおこがましい。
「泰吉さんは、思い違えていることが多いです」
二神山へと続く道を歩きながら、由椰は小さく苦笑いした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
龍神様のかりそめ花嫁 離縁の雨と真の婚姻
碧月あめり
キャラ文芸
旧題:離縁の雨が降りやめば
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる