消えたい神様と三百年の眠りから覚めた生贄

碧月あめり

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人里にて

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「適当なことを吹き込むなよ、狸め」

 泰吉を牽制する風夜の声も、冷たくて乱暴だ。

「泰吉さんがおっしゃっていることは、勘違いでは……」
「そんなことないですよ。その証拠に、今日の風夜は随分機嫌がいいです」

 泰吉がニヤニヤしながら言うが、由椰には無表情の風夜が不機嫌そうにしか見えない。

 だが、風夜は特に文句を言うこともなく、食事処まで着いてきた。

 泰吉が由椰と風夜を連れて行ったのは、座敷の個室がある和食の店だった。

「せっかくなので、一番いいランチ定食にしましょう」

 メニューの字が読めない由椰が困っていると、泰吉がそう言って注文をしてくれる。

 しばらくすると、天ぷらや刺身、お吸い物などが載った豪華な食事が出てきて、由椰は目を瞬かせる。

「まるでお城の将軍様のお食事ですね。こんな豪華なものを、私が食べても良いのですか?」
「もちろんです。たくさん召し上がってください」

 泰吉に言われて、由椰は豪華な料理をひとつずつ噛みしめるようにして味わった。

 お腹いっぱい昼食を食べると、泰吉は由椰をこの前烏月の屋敷で食べた「ケーキ」の食べられるところへと案内してくれた。

 店の中のガラスケースに飾られたケーキはどれもとても綺麗で、見ているだけで心が踊る。泰吉の勧めてくれた紅茶と共に味わうケーキは格別に美味しくて、由椰を幸せな気持ちにさせてくれた。

 人里に用事があると言っていた風夜は、無表情であまり喋らなかったが、結局一度も由椰たちのそばを離れることはなかった。

 泰吉が言うように、風夜は由椰のお供をするためだけに人里に降りてきたらしい。

「泰吉さん、風夜さん、今日はほんとうにありがとうございます」

 ケーキを食べてから店を出ると、由椰は一日付き添ってくれたふたりに丁寧に頭を下げた。

 人里での買い物や食事はとても楽しく、由椰の人生で、これ以上に楽しかった日はないと思う。

「由椰様に楽しんでいただけてよかったです。また、一緒に来れたらいいですね」
「はい。人里へ降りる許可を与えてくださった烏月様にも感謝しなければいけません。いつか、烏月様ともご一緒できたら嬉しいのですが……」

 由椰が烏月のことを思いながらつぶやくと、

「それは……、どうでしょうね……」

 と、泰吉が言葉を濁して苦笑いした。

「では、そろそろ帰りましょうか。日が暮れるまでに二神山に戻らなくては、さすがにオレも風夜も烏月様に叱られます」
「そうですね。烏月様も、お二人の帰りをお待ちですよね」

 由椰が真顔で頷くと、泰吉がククッと笑う。

「いえ。烏月様はオレたちではなく、由椰様のお帰りをお待ちだと思いますよ」
「ぼたもちを作るお約束をしていますもんね」
「ぼたもちもですが……、それよりも、由椰様の無事の帰りをお待ちでしょう」
「私……、ですか?」

 きょとんと首を傾げる由椰を見て、泰吉がまたククッと笑う。

「そうですよ。烏月様はオレが伊世様と間違えて由椰様を屋敷にお連れしたときから、あなたのことをとても大切にされているので」

(大切に……?)

 泰吉の言葉は、由椰にはいまいちピンとこなかった。

 たしかに、最近の烏月は由椰の作る料理を食べてくれるようになったし、由椰が祠の掃除をしたり、供物を捧げることを拒絶しない。けれどそれは、互いに自分を大切にするという約束を結んでいるからだ。

 烏月は、三百年も洞窟の中で眠りながら生きながらえた由椰に同情こそしているだろうが、それ以上の感情は持ち合わせていないだろう。

 烏月が由椰を屋敷に置いてくれるのは、由椰が人の世に戻ることのできなくなった可哀想な生贄だからだ。

 考えてみれば少し淋しいような気もするが、ただの人間の娘である自分が、美しい土地神様の時別かもしれないと考えること自体がおこがましい。

「泰吉さんは、思い違えていることが多いです」

 二神山へと続く道を歩きながら、由椰は小さく苦笑いした。

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