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不可思議な空耳
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しおりを挟む「お味はいかがですか?」
(烏月様に気に入っていただけたでしょうか……)
ドキドキしながら尋ねると、烏月が由椰を見てゆっくりとうなずく。
「美味いな。ずっと昔に食った、神無山の供物のぼたもちがいちばんうまかったと記憶していたが、これはその味によく似ている。甘さがちょうどよく、いくらでも食えそうだ」
烏月がそう言って、ふたつめのぼたもちに手を伸ばす。
どうやら、由椰の作ったぼたもちは烏月に気に入ってもらえたらしい。わざわざ人里まで出向いて、材料を仕入れてきた甲斐がある。
「ところで泰吉、山の様子はどうだった?」
ふたつ、みっつとぼたもちを味わってから、烏月が少し神妙な顔付きで泰吉に訊ねる。
「二神山と神無山をひととおり回ってきましたが、オレの担当範囲に関しては、前回と比べて目立った変化はなさそうです。ただ……、風夜の担当範囲のほうは——」
「山の北側が野狐に荒らされているな」
「そうなのです。うっかり野狐の住処に足を踏み入れてしまい、『ここはオレの縄張りだ』と牙を剝かれました。このまま放置を続けると、野狐の行動範囲が広くなり、山に枯れ野が増えるかもしれません」
「あの野狐はやっかいだな。凶暴なうえに、まともに話が通じない。数ヶ月前に山に入ってきたあと、すぐに出て行くかと思ったが……。このまま居座るつもりなのかもしれない」
烏月たちの話を聞いて、由椰は、ふと大鳥居の外で襲いかかってきた、三尾の銀髪のあやかしを思い出した。
由椰を助けてくれたとき、烏月が銀髪の男のことを「野狐」と呼んでいた気がする。
あのあやかしが、烏月の山に何かよくない影響を与えているのだろうか。
由椰が不安顔で小上がりに腰をおろすと、烏月が振り向いた。
「心配しなくてもいい。こちらから何もしなければ、向こうも何もしてこないだろう」
烏月が金色の目をわずかに細める。思いがけず、やさしいまなざしを向けられて、由椰は自分の心が読まれてしまったのかとどぎまぎとした。
大鳥居の外から連れ戻されて以来、ごくたまにだが、烏月は由椰のことを優しい目で見てくるようになった。
初めて出会ったときは、その表情から、いっさいの感情の読み取ることのできなかった烏月。
他を寄せ付けない、孤高の神様然とした烏月は美しいが、由椰は自分を優しく見つめてくれるときの、少し人間味のある烏月のことも好ましく思う。
「もし放浪あやかしどもが何か悪さをしてくるようなことがあっても、由椰様のことは烏月様がお守りするのでご安心くださいね」
烏月と見つめ合う由椰が、ほんのりと頬を染めていると、泰吉が烏月の肩越しに身を乗り出してニヤリとした。
泰吉に言われて、由椰はふいに大鳥居の外で烏月が銀髪のあやかしから救ってくれたときのこと思い出す。あの瞬間は、ただただおそろしいばかりだったが、よく考えてみれば、誰かに守ってもらったのはあれが初めてだった。
由椰を銀髪のあやかしから攫いだしてくれた烏月の手のあたたかさや、抱きかかえられて空を飛んだこと、落とされまいと夢中で烏月の首に抱きついてしまったことを思い出すと、今頃になって恥ずかしさが込み上げてくる。
「だ、大丈夫です。もう、あのような失態は起こさないように気をつけますので……」
熱くなる頬に手をあてると、由椰は烏月や泰吉に背を向けて立ち上がった。
「私は祠を掃除して、供物を捧げてまいります。烏月様と泰吉さんは、どうぞゆっくりぼたもちを召し上がっていてください」
調理台に置かれた重箱の中から、供物用のぼたもちをいくつか皿にとると、由椰はそそくさと炊事場を出る。
「由椰様、私もお手伝いします」
由椰が廊下を歩いて行こうとすると、すぐに風音が追いかけてきた。後ろを歩く風音に赤い顔を見られないように、由椰は少し速足で屋敷の入口へと向かう。
屋敷の外に出ると、今日も穏やかに晴れた空が由椰を出迎えてくれた。青く澄んだ空を見ると、ようやく由椰の心も落ち着いてくる。
風音とともに祠を拭き、ぼたもちを捧げると、由椰は烏月への感謝を込めて手を合わせた。
(今日も、私をここへ置いてくださりありがとうございます……)
目を閉じて祈る由椰の耳に、ドン、ドン……と、和太鼓の音が遠く聞こえる。この屋敷の敷地内には、音ですら、外部のものは入ってこない。それなのに聞こえてくる空耳を、由椰は不思議に思う。
(もしかして、私は人の世への未練を思い出しつつあるのでしょうか……)
鼓膜の中で響く和太鼓の音。それを感じつつ、由椰は烏月の優しいまなざしを思い出して、きゅっとせつない気持ちになった。
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