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思わぬ贈り物
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夕暮れ時。祠の掃除を済ませた由椰が炊事場に向かうと、烏月が待っていた。
小上がりに足を組んで軽く腰かけ、座敷にあった飾り物の独楽を退屈そうに指で弄んでいた烏月が、由椰の気配に気付いておもむろに顔をあげる。
「烏月様……? 今日はまだ、食事の準備はできていませんよ」
一日に何度か細かに食事をとる由椰と違って、基本的には食事を必要としない烏月たちは夕餉しかとらない。それに合わせて食事の準備をしている由椰は、いつもより早い時間に炊事場にいる烏月に驚いた。
「急いで何かご用意しますね」
なにか、すぐに出せるものがあるだろうか。
由椰は慌てて、「冷蔵庫」と呼ばれる箱の扉に手をかける。由椰には、いまだにどんな妖力が使われているのかわからないのだが、食材をなんでも保存しておける不思議な箱なのだ。
そのなかに、この前、泰吉たちと人里に降りたときに持ち帰った果物の「ゼリー」があった。
「烏月様、食事ができるまでゼリーを召し上がりますか?」
由椰が、桃や葡萄や蜜柑など果実入りのゼリーをいくつか取り出そうとすると、「いや、今はいい」と、烏月が小さく首を振る。
「直接部屋に行くのは不粋かと思い、ここで待っていた。今日の食事は必要ない」
烏月の言葉に、由椰はドキリとした。烏月に由椰の料理を拒否されたような気がしたのだ。
「必要ない、とは……?」
「風音、いるか?」
不安な面持ちで訊ねる由椰に応える代わりに、烏月が上へと視線を向ける。
「ただいま戻ったところです」
窓を閉め切っているはずの炊事場に、すーっと風が吹き込んできて、風音が姿を現す。
「頼んでいたものは用意できたか?」
「はい」
「ならば、由椰を部屋に」
「かしこまりました」
烏月と風音が何の話をしているのかはわからないが、今夜は料理をさせてもらえないまま部屋に戻されるのだということだけはわかる。
(私はなにか烏月様の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでしょうか……)
困惑していると、烏月が由椰に視線を向けた。
「すぐに部屋に戻り、風音に準備を手伝ってもらうといい」
「何の準備ですか?」
「祭りに出かける準備だ。整い次第、すぐに出かける」
烏月の言葉に、由椰の心臓がドクンと跳ねる。
「祭りに連れて行ってくださるのですか? 烏月様が?」
「泰吉から、お前が祭りに行きたがっていると聞いたが、違ったか?」
「ち、違いません……!」
泰吉から二神山の麓で祭りが行われると聞いた由椰は、ただ、記憶に残る思い出を話しただけだ。
「祭りに行きたい」とはっきりと言ったわけでもないはずなのに……。泰吉が上手に気を回してくれたのだろう。
それにしても、烏月が由椰を祭りに誘い、自らも人里に降りることを決めるなんて……。どういう心境の変化だろう。
「ですが烏月様、なぜ急に……?」
「特に理由などない。早く準備しないと、おれの気が変わるぞ」
「それは困ります……」
「由椰様、一度お部屋に戻りましょう。着替えを手伝います」
「着替え……?」
そんなことを言われても、由椰は今着ている普段用のもの以外に手持ちがない。この前人里に降りたときに着た千草色の訪問着は、風音がどこかから借りてきてくれたものだ。
「このままではだめなのですか?」
「だめではないですが、由椰様にもっとピッタリなものがあるのです」
風音に促されて炊事場を出た由椰は、部屋まで戻って襖の戸を開けた瞬間に、驚いて目を丸くした。
普段は殺風景な自室の真ん中に置かれた衣桁に、紺地に赤や紫の牡丹が描かれた華やかな浴衣がかけられているのだ。
小上がりに足を組んで軽く腰かけ、座敷にあった飾り物の独楽を退屈そうに指で弄んでいた烏月が、由椰の気配に気付いておもむろに顔をあげる。
「烏月様……? 今日はまだ、食事の準備はできていませんよ」
一日に何度か細かに食事をとる由椰と違って、基本的には食事を必要としない烏月たちは夕餉しかとらない。それに合わせて食事の準備をしている由椰は、いつもより早い時間に炊事場にいる烏月に驚いた。
「急いで何かご用意しますね」
なにか、すぐに出せるものがあるだろうか。
由椰は慌てて、「冷蔵庫」と呼ばれる箱の扉に手をかける。由椰には、いまだにどんな妖力が使われているのかわからないのだが、食材をなんでも保存しておける不思議な箱なのだ。
そのなかに、この前、泰吉たちと人里に降りたときに持ち帰った果物の「ゼリー」があった。
「烏月様、食事ができるまでゼリーを召し上がりますか?」
由椰が、桃や葡萄や蜜柑など果実入りのゼリーをいくつか取り出そうとすると、「いや、今はいい」と、烏月が小さく首を振る。
「直接部屋に行くのは不粋かと思い、ここで待っていた。今日の食事は必要ない」
烏月の言葉に、由椰はドキリとした。烏月に由椰の料理を拒否されたような気がしたのだ。
「必要ない、とは……?」
「風音、いるか?」
不安な面持ちで訊ねる由椰に応える代わりに、烏月が上へと視線を向ける。
「ただいま戻ったところです」
窓を閉め切っているはずの炊事場に、すーっと風が吹き込んできて、風音が姿を現す。
「頼んでいたものは用意できたか?」
「はい」
「ならば、由椰を部屋に」
「かしこまりました」
烏月と風音が何の話をしているのかはわからないが、今夜は料理をさせてもらえないまま部屋に戻されるのだということだけはわかる。
(私はなにか烏月様の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでしょうか……)
困惑していると、烏月が由椰に視線を向けた。
「すぐに部屋に戻り、風音に準備を手伝ってもらうといい」
「何の準備ですか?」
「祭りに出かける準備だ。整い次第、すぐに出かける」
烏月の言葉に、由椰の心臓がドクンと跳ねる。
「祭りに連れて行ってくださるのですか? 烏月様が?」
「泰吉から、お前が祭りに行きたがっていると聞いたが、違ったか?」
「ち、違いません……!」
泰吉から二神山の麓で祭りが行われると聞いた由椰は、ただ、記憶に残る思い出を話しただけだ。
「祭りに行きたい」とはっきりと言ったわけでもないはずなのに……。泰吉が上手に気を回してくれたのだろう。
それにしても、烏月が由椰を祭りに誘い、自らも人里に降りることを決めるなんて……。どういう心境の変化だろう。
「ですが烏月様、なぜ急に……?」
「特に理由などない。早く準備しないと、おれの気が変わるぞ」
「それは困ります……」
「由椰様、一度お部屋に戻りましょう。着替えを手伝います」
「着替え……?」
そんなことを言われても、由椰は今着ている普段用のもの以外に手持ちがない。この前人里に降りたときに着た千草色の訪問着は、風音がどこかから借りてきてくれたものだ。
「このままではだめなのですか?」
「だめではないですが、由椰様にもっとピッタリなものがあるのです」
風音に促されて炊事場を出た由椰は、部屋まで戻って襖の戸を開けた瞬間に、驚いて目を丸くした。
普段は殺風景な自室の真ん中に置かれた衣桁に、紺地に赤や紫の牡丹が描かれた華やかな浴衣がかけられているのだ。
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