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思わぬ贈り物
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「中へどうぞ、由椰様」
廊下で呆然と立ち尽くしていると、風音がそっと由椰の背を押す。
「これは……?」
「今朝早くに烏月様から頼まれて用意した、祭り用の浴衣です。由椰様に似合うものをとあちこち探しまわっていましたら、あっという間に夕刻になってしまいました」
風音が浴衣をおろしながら、楽しそうにふふっと笑う。
そういえば、今日は朝から風音の姿が見えなかった。
風音は由椰のそばに一日中ついていてくれることがほとんどだが、ときどき実家での勤めがあって、夕刻まで烏月の屋敷に来られないこともある。そのため風音の不在をあまり深く気に留めていなかった由椰だが、その裏で彼女が自分のために動き回っていたとは思わなかった。
「さあ、急いで着替えましょう」
風音がそっと由椰の手を引く。それから、浴衣への着替えを手伝ってくれた。
紺色の華やかな浴衣を由椰に着せたあと、風音が烏月の瞳の色によく似た金色の帯を締める。今まで身に着けたことのないような華やかな配色に、由椰は背中で帯を結んでくれている風音のことを不安げに振り返った。
「あ、の……。着物も帯もとても綺麗ですが、少し華やかすぎませんか?」
風音はてきぱきと着付けていくが、由椰は艶やかな浴衣が自分にはあまり似合っていないような気がして落ち着かない。
「そんなことありませんよ。由椰様によくお似合いです。帯の色は、由椰様の右の瞳の色に合わせたのですよ」
浴衣の袖を少し引っ張ったり、揺らしたりしてそわそわする由椰に、風音がにっこりと微笑む。それから由椰のことを木製の小さな椅子に座らせると、由椰が邪魔にならないように適当に結っていた髪を綺麗に結いなおしてくれた。
「髪飾りはどうしましょうか。いくつか用意したので、由椰様の気に入るものがあれば……」
風音がそう言って、そばに置いた木箱を開ける。その中には、浴衣に似合いそうな簪がいくつか入れてあった。それをしばらくじっとみつめたあと、由椰はふと思い立ったように立ち上がる。
「どれもとても素敵なのですが……、私が持っているものはどうでしょうか……」
せっかくいろいろと用意してくれたのに申し訳ないとも思いつつ、由椰は屋敷に来たときからずっと部屋の隅に置いたままにしてある木箱を風音の前に差し出した。その蓋を開けると、鼈甲の簪が出てくる。
「これは由椰様の? とても美しいですね。それになかなか高価なものでは……」
「この簪は神無司山に生贄に出されるときに、村長から預かったものなんです」
木箱の簪を見て感嘆の息を吐く風音に、由椰は眉根をさげてそう答えた。
「預かった――、という言い方をするのは、これが元は母が受け取るものだったからです」
「由椰様のお母さまが?」
「はい。母は麓の村の長の娘でした。奉公に出た先で、素性の知れぬ男と間にできた私を身籠らなければ、どこかの町人の元にでも嫁がせようと考えていたのでしょう。これは、村長が母が嫁ぐときのために用意していたものだったそうです。私が麓の村を出るときに、村長が餞別にとくださいました。必要のなくなったものだから、私と一緒に厄介払いをしようと考えたのだと思います。ここで目覚めたあと、木箱にしまったままずっと蓋も開けずにいたのですが……。今夜、祭りに連れて行っていただけるならこれを付けていけないかと……」
「では、こちらをお付けしましょうか」
風音は由椰から木箱を受け取ると、美しく輝く鼈甲の簪を大切にそっと取り出した。
「せっかくいろいろと用意してくださったのに、すみません……」
「いいのですよ。由椰様はあまりわがままを言われないので、こうしてご希望を教えてくださるのはとても嬉しいです。この簪を付ければ、お母さまとも一緒に祭りに出かけるような気持になれますね」
風音がそう言って、由椰の髪に簪を刺してくれる。
廊下で呆然と立ち尽くしていると、風音がそっと由椰の背を押す。
「これは……?」
「今朝早くに烏月様から頼まれて用意した、祭り用の浴衣です。由椰様に似合うものをとあちこち探しまわっていましたら、あっという間に夕刻になってしまいました」
風音が浴衣をおろしながら、楽しそうにふふっと笑う。
そういえば、今日は朝から風音の姿が見えなかった。
風音は由椰のそばに一日中ついていてくれることがほとんどだが、ときどき実家での勤めがあって、夕刻まで烏月の屋敷に来られないこともある。そのため風音の不在をあまり深く気に留めていなかった由椰だが、その裏で彼女が自分のために動き回っていたとは思わなかった。
「さあ、急いで着替えましょう」
風音がそっと由椰の手を引く。それから、浴衣への着替えを手伝ってくれた。
紺色の華やかな浴衣を由椰に着せたあと、風音が烏月の瞳の色によく似た金色の帯を締める。今まで身に着けたことのないような華やかな配色に、由椰は背中で帯を結んでくれている風音のことを不安げに振り返った。
「あ、の……。着物も帯もとても綺麗ですが、少し華やかすぎませんか?」
風音はてきぱきと着付けていくが、由椰は艶やかな浴衣が自分にはあまり似合っていないような気がして落ち着かない。
「そんなことありませんよ。由椰様によくお似合いです。帯の色は、由椰様の右の瞳の色に合わせたのですよ」
浴衣の袖を少し引っ張ったり、揺らしたりしてそわそわする由椰に、風音がにっこりと微笑む。それから由椰のことを木製の小さな椅子に座らせると、由椰が邪魔にならないように適当に結っていた髪を綺麗に結いなおしてくれた。
「髪飾りはどうしましょうか。いくつか用意したので、由椰様の気に入るものがあれば……」
風音がそう言って、そばに置いた木箱を開ける。その中には、浴衣に似合いそうな簪がいくつか入れてあった。それをしばらくじっとみつめたあと、由椰はふと思い立ったように立ち上がる。
「どれもとても素敵なのですが……、私が持っているものはどうでしょうか……」
せっかくいろいろと用意してくれたのに申し訳ないとも思いつつ、由椰は屋敷に来たときからずっと部屋の隅に置いたままにしてある木箱を風音の前に差し出した。その蓋を開けると、鼈甲の簪が出てくる。
「これは由椰様の? とても美しいですね。それになかなか高価なものでは……」
「この簪は神無司山に生贄に出されるときに、村長から預かったものなんです」
木箱の簪を見て感嘆の息を吐く風音に、由椰は眉根をさげてそう答えた。
「預かった――、という言い方をするのは、これが元は母が受け取るものだったからです」
「由椰様のお母さまが?」
「はい。母は麓の村の長の娘でした。奉公に出た先で、素性の知れぬ男と間にできた私を身籠らなければ、どこかの町人の元にでも嫁がせようと考えていたのでしょう。これは、村長が母が嫁ぐときのために用意していたものだったそうです。私が麓の村を出るときに、村長が餞別にとくださいました。必要のなくなったものだから、私と一緒に厄介払いをしようと考えたのだと思います。ここで目覚めたあと、木箱にしまったままずっと蓋も開けずにいたのですが……。今夜、祭りに連れて行っていただけるならこれを付けていけないかと……」
「では、こちらをお付けしましょうか」
風音は由椰から木箱を受け取ると、美しく輝く鼈甲の簪を大切にそっと取り出した。
「せっかくいろいろと用意してくださったのに、すみません……」
「いいのですよ。由椰様はあまりわがままを言われないので、こうしてご希望を教えてくださるのはとても嬉しいです。この簪を付ければ、お母さまとも一緒に祭りに出かけるような気持になれますね」
風音がそう言って、由椰の髪に簪を刺してくれる。
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