35 / 57
思わぬ贈り物
2
しおりを挟む
「中へどうぞ、由椰様」
廊下で呆然と立ち尽くしていると、風音がそっと由椰の背を押す。
「これは……?」
「今朝早くに烏月様から頼まれて用意した、祭り用の浴衣です。由椰様に似合うものをとあちこち探しまわっていましたら、あっという間に夕刻になってしまいました」
風音が浴衣をおろしながら、楽しそうにふふっと笑う。
そういえば、今日は朝から風音の姿が見えなかった。
風音は由椰のそばに一日中ついていてくれることがほとんどだが、ときどき実家での勤めがあって、夕刻まで烏月の屋敷に来られないこともある。そのため風音の不在をあまり深く気に留めていなかった由椰だが、その裏で彼女が自分のために動き回っていたとは思わなかった。
「さあ、急いで着替えましょう」
風音がそっと由椰の手を引く。それから、浴衣への着替えを手伝ってくれた。
紺色の華やかな浴衣を由椰に着せたあと、風音が烏月の瞳の色によく似た金色の帯を締める。今まで身に着けたことのないような華やかな配色に、由椰は背中で帯を結んでくれている風音のことを不安げに振り返った。
「あ、の……。着物も帯もとても綺麗ですが、少し華やかすぎませんか?」
風音はてきぱきと着付けていくが、由椰は艶やかな浴衣が自分にはあまり似合っていないような気がして落ち着かない。
「そんなことありませんよ。由椰様によくお似合いです。帯の色は、由椰様の右の瞳の色に合わせたのですよ」
浴衣の袖を少し引っ張ったり、揺らしたりしてそわそわする由椰に、風音がにっこりと微笑む。それから由椰のことを木製の小さな椅子に座らせると、由椰が邪魔にならないように適当に結っていた髪を綺麗に結いなおしてくれた。
「髪飾りはどうしましょうか。いくつか用意したので、由椰様の気に入るものがあれば……」
風音がそう言って、そばに置いた木箱を開ける。その中には、浴衣に似合いそうな簪がいくつか入れてあった。それをしばらくじっとみつめたあと、由椰はふと思い立ったように立ち上がる。
「どれもとても素敵なのですが……、私が持っているものはどうでしょうか……」
せっかくいろいろと用意してくれたのに申し訳ないとも思いつつ、由椰は屋敷に来たときからずっと部屋の隅に置いたままにしてある木箱を風音の前に差し出した。その蓋を開けると、鼈甲の簪が出てくる。
「これは由椰様の? とても美しいですね。それになかなか高価なものでは……」
「この簪は神無司山に生贄に出されるときに、村長から預かったものなんです」
木箱の簪を見て感嘆の息を吐く風音に、由椰は眉根をさげてそう答えた。
「預かった――、という言い方をするのは、これが元は母が受け取るものだったからです」
「由椰様のお母さまが?」
「はい。母は麓の村の長の娘でした。奉公に出た先で、素性の知れぬ男と間にできた私を身籠らなければ、どこかの町人の元にでも嫁がせようと考えていたのでしょう。これは、村長が母が嫁ぐときのために用意していたものだったそうです。私が麓の村を出るときに、村長が餞別にとくださいました。必要のなくなったものだから、私と一緒に厄介払いをしようと考えたのだと思います。ここで目覚めたあと、木箱にしまったままずっと蓋も開けずにいたのですが……。今夜、祭りに連れて行っていただけるならこれを付けていけないかと……」
「では、こちらをお付けしましょうか」
風音は由椰から木箱を受け取ると、美しく輝く鼈甲の簪を大切にそっと取り出した。
「せっかくいろいろと用意してくださったのに、すみません……」
「いいのですよ。由椰様はあまりわがままを言われないので、こうしてご希望を教えてくださるのはとても嬉しいです。この簪を付ければ、お母さまとも一緒に祭りに出かけるような気持になれますね」
風音がそう言って、由椰の髪に簪を刺してくれる。
廊下で呆然と立ち尽くしていると、風音がそっと由椰の背を押す。
「これは……?」
「今朝早くに烏月様から頼まれて用意した、祭り用の浴衣です。由椰様に似合うものをとあちこち探しまわっていましたら、あっという間に夕刻になってしまいました」
風音が浴衣をおろしながら、楽しそうにふふっと笑う。
そういえば、今日は朝から風音の姿が見えなかった。
風音は由椰のそばに一日中ついていてくれることがほとんどだが、ときどき実家での勤めがあって、夕刻まで烏月の屋敷に来られないこともある。そのため風音の不在をあまり深く気に留めていなかった由椰だが、その裏で彼女が自分のために動き回っていたとは思わなかった。
「さあ、急いで着替えましょう」
風音がそっと由椰の手を引く。それから、浴衣への着替えを手伝ってくれた。
紺色の華やかな浴衣を由椰に着せたあと、風音が烏月の瞳の色によく似た金色の帯を締める。今まで身に着けたことのないような華やかな配色に、由椰は背中で帯を結んでくれている風音のことを不安げに振り返った。
「あ、の……。着物も帯もとても綺麗ですが、少し華やかすぎませんか?」
風音はてきぱきと着付けていくが、由椰は艶やかな浴衣が自分にはあまり似合っていないような気がして落ち着かない。
「そんなことありませんよ。由椰様によくお似合いです。帯の色は、由椰様の右の瞳の色に合わせたのですよ」
浴衣の袖を少し引っ張ったり、揺らしたりしてそわそわする由椰に、風音がにっこりと微笑む。それから由椰のことを木製の小さな椅子に座らせると、由椰が邪魔にならないように適当に結っていた髪を綺麗に結いなおしてくれた。
「髪飾りはどうしましょうか。いくつか用意したので、由椰様の気に入るものがあれば……」
風音がそう言って、そばに置いた木箱を開ける。その中には、浴衣に似合いそうな簪がいくつか入れてあった。それをしばらくじっとみつめたあと、由椰はふと思い立ったように立ち上がる。
「どれもとても素敵なのですが……、私が持っているものはどうでしょうか……」
せっかくいろいろと用意してくれたのに申し訳ないとも思いつつ、由椰は屋敷に来たときからずっと部屋の隅に置いたままにしてある木箱を風音の前に差し出した。その蓋を開けると、鼈甲の簪が出てくる。
「これは由椰様の? とても美しいですね。それになかなか高価なものでは……」
「この簪は神無司山に生贄に出されるときに、村長から預かったものなんです」
木箱の簪を見て感嘆の息を吐く風音に、由椰は眉根をさげてそう答えた。
「預かった――、という言い方をするのは、これが元は母が受け取るものだったからです」
「由椰様のお母さまが?」
「はい。母は麓の村の長の娘でした。奉公に出た先で、素性の知れぬ男と間にできた私を身籠らなければ、どこかの町人の元にでも嫁がせようと考えていたのでしょう。これは、村長が母が嫁ぐときのために用意していたものだったそうです。私が麓の村を出るときに、村長が餞別にとくださいました。必要のなくなったものだから、私と一緒に厄介払いをしようと考えたのだと思います。ここで目覚めたあと、木箱にしまったままずっと蓋も開けずにいたのですが……。今夜、祭りに連れて行っていただけるならこれを付けていけないかと……」
「では、こちらをお付けしましょうか」
風音は由椰から木箱を受け取ると、美しく輝く鼈甲の簪を大切にそっと取り出した。
「せっかくいろいろと用意してくださったのに、すみません……」
「いいのですよ。由椰様はあまりわがままを言われないので、こうしてご希望を教えてくださるのはとても嬉しいです。この簪を付ければ、お母さまとも一緒に祭りに出かけるような気持になれますね」
風音がそう言って、由椰の髪に簪を刺してくれる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
龍神様のかりそめ花嫁 離縁の雨と真の婚姻
碧月あめり
キャラ文芸
旧題:離縁の雨が降りやめば
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる