36 / 57
思わぬ贈り物
3
しおりを挟む優しい心遣いを嬉しく思っていると、
「由椰様、まだお化粧が終わってないですよ」
風音が由椰の正面に座る。
「え、まだですか?」
「もちろんです。今日は烏月様とおふたりでのデートなのですから」
「ふ、ふたりで……?」
たった今初めて聞かされた事実に動揺する由椰に、風音が白粉おしろいをはたいて、頬紅を塗り、紅を付ける。化粧が終わると、風音が、今度はそばに置いていた平たい木箱を由椰の前に出してきた。
「最後になりますが、こちらは烏月様から由椰様に」
「なんでしょうか」
「どうぞ開けてみてください」
風音が悪戯っぽくクスリと笑う。由椰が木箱の蓋を開けると、寄木細工の手鏡が入っていた。
「これは……」
「着物も簪もとてもお似合いですので、ご自身のお姿を鏡で確かめてみるといいですよ」
「でも……」
烏月が由椰のために用意してくれた手鏡はとても美しい。けれど、由椰にはそれを手に取り上げてみるのが怖かった。
麓の村で暮らしていた頃から、由椰は一度も自身の姿を鏡に映したことがない。
母と暮らしていた家には鏡がなかったし、母が亡くなって村長の家に引き取られたあとも鏡を覗く機会はなかった。村長の家で働く者の中には、化粧用に手鏡を持っている者もいたが、仮にそれを手にする機会が与えられることがあったとしても、由椰にそれを覗く勇気が持てたかどうかはわからない。
他人から不気味がられ、避けられてきた左右色違いの由椰の瞳が、実際にはどんなふうに見えるのか。自身の目で確かめるのが怖いからだ。
由椰がためらっていると、風音が木箱に蓋をした。
「それでは、先にお披露目してからにしましょうか」
木箱を小脇に抱えた風音が、由椰の手を引いて立ち上がらせる。
「お披露目……?」
戸惑う由椰を風音が部屋の外へと連れ出し、屋敷の外まで引っ張っていく。
「あ、あの……、風音さん……!」
「やけに騒々しいな」
入口の戸の外へと無理やり押し出された由椰の耳に、低い声が届く。ハッとして顔を上げると、烏月が由椰を見下ろしてきた。
先ほどまでいつもと同じ紫苑色の着物を着ていたはずの烏月が、濡羽色の髪によく似た黒の浴衣に身を包んでいる。いつものきちんとした着物姿も良いが、少し緩めに着こなした黒の浴衣もよく似合っている。
神様らしい気品を残しつつ、人里に降りても浮かない、けれどそれでいて艶っぽい烏月の姿に見惚れていると、烏月が口端をあげて僅かに目を細めた。
「よく似合っているな」
烏月に優しい目で見つめられて、由椰の心臓がドクンと跳ねる。
「い、いえ……。私は……。よくお似合いなのは、烏月様のほうです。私なんかが、祭りでお隣を歩いても良いのでしょうか……」
「贈った鏡は見てきたか?」
自身なさげにうつむく由椰に、烏月が訊ねる。
「いえ……」
由椰が小さく首を横に振ると、控えていた風音が前に出て木箱の蓋を開けた。下を向く由椰の横で、烏月が鏡を取り上げる。
「顔をあげてみろ」
「いえ……」
烏月の命令と言えど、こればかりは受け入れられない。頑なに拒んでいると、烏月の手がふいに、由椰の帯に回った。そのまま、ぐいっと腰を引き寄せられて、反射的に由椰が顔をあげる。
そのとき、目の前に鏡がちらついて見え、由椰は慌てて顔の右側を手のひらで隠した。
烏月に引き寄せられた由椰は、金色の目を覆い、ひどく怯えた顔で手鏡に映っている。
青い目をした由椰の顔の左半分。初めて見る自分の顔は、思ったよりも頬が痩せていて、色が白く、不安そうで……。なんだか少し不健康そうに見える。
(これが、私……)
由椰が鏡から顔を背けようとすると、烏月が顔の右半分を覆っている由椰の手に手をのせた。
「怖がることはない。お前は初めて会ったときから、ずっと美しい」
耳元で囁かれた烏月の声にドキリとして、由椰は小さく身震いをした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
龍神様のかりそめ花嫁 離縁の雨と真の婚姻
碧月あめり
キャラ文芸
旧題:離縁の雨が降りやめば
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる