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Three
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しおりを挟む「靴、それに履き替えていいよ」
車の助手席に乗り込むと、那央くんがシートの足元に置いた女性用サイズの黒のサンダルを指さした。
「那央くんて、誰かと一緒に住んでる?」
「いや、一人暮らしだけど」
おそらく数回は履かれていると思われるサンダルを見つめたあと、フロントガラスの向こうの三階建てのマンションを見遣る。
「じゃぁ、通い妻がいるんだ」
そろそろとパンプスを脱ぎながらボソッとつぶやくと、ドリンクホルダーから取り出したお茶を飲んでいた那央くんが、咽せて咳き込んだ。
「岩瀬、急に何言いだす……」
手の甲で口元を拭う那央くんが、わかりやすく動揺を見せる。
「だって、このサンダル彼女のでしょ」
「余計な詮索禁止」
「彼女のだとしたら、わたしが使ったりして嫌がらない?」
サンダルに足を入れる前に確認すると、那央くんが呆れ顔で笑った。
「生徒にちょっと貸したくらいで、そんなガキみたいなこと言わないよ」
「悪かったですね、ガキで。ていうか、彼女の存在は認めるんだ? うちの学校の過半数の女子が泣いちゃうね」
「そんなわけないだろ。大人を揶揄うなら、海には連れて行かねーぞ」
不機嫌そうにお茶のペットボトルをドリンクホルダーに戻す那央くんの横顔を見ているうちに、笑い声が漏れそうになる。
「うそうそ。もう、余計な詮索はしません」
「わかればよろしい。じゃぁ、行くか」
車のエンジンをかける音が、那央くんの声に重なる。揃えて置かれた黒のサンダルに足を入れると、そのタイミングで車が動き出した。
「片道一時間ちょっとはかかるな」
運転しながら、那央くんがナビの到着時間をチラッと横目に見る。
気紛れに口にした「海に行きたい」という我儘は、適当に流されて終わりだと思っていたのに。「行くか、海」と、那央くんがあっさり同意したから驚いた。
那央くんの家は、コンビニから五分の場所にあるマンションだった。エントランスの前で待っていると、那央くんが駐車場から車を出してくる。それに乗り込んだのがついさっき。
那央くんは、わたしの希望通りに海に連れて行ってくれるらいしけど、それには条件がある。日付が変わるまでには海を出て、真っ直ぐ家に帰ること。それを約束させられたうえで、那央くんが健吾くんに海に出かける許可を取ってくれた。
「健吾くん、わたしのことで何か言ってた?」
外は暗くて、車窓からの景色はよく見えない。流れていく街頭の光や街のネオンを眺めながら訊ねると、那央くんから返答がくるまでに妙な間が開いた。
「健吾くん……? あぁ、桜田先輩のことか」
「うん」
「うーん、とくには。気を付けて行ってこいっていうことと、岩瀬をよろしくっていうことくらいかな」
「そっか」
健吾くんは案外あっさりとわたしのことを那央くんに任せたんだな。軽くショックを受けてうつむいていると、那央くんがわたしのことを横目に窺いながら話しかけてきた。
「なんか音楽かける?」
「え、うん」
咄嗟に頷いたとき、ちょうど赤信号で車が止まった。
「スマホをオーディオに繋いでるから、好きな曲かけていいよ」
那央くんが信号に視線を向けたまま、オーディオの下の物入れから取り出したスマホのパスコードを解除する。そこからわたしが使っているのと同じ音楽アプリを開くと、横流しに手渡してきた。
「ありがとう。那央くんはどんな曲聞くの?」
「おれは、そのプレイリストに入れてるやつを適当に。でも、岩瀬が好きなやつ探してかけていいよ」
見たらダメとは言われなかったので、興味本位で那央くんのプレイリストを覗く。
そこには最近のヒット曲に混じって、数年前のヒット曲やわたしがよく知らないアーティストの曲が入れられていた。その選曲を見て、那央くんはノリのいいアップテンポの曲よりもバラードっぽい曲のほうが好みなのかな、と思う。
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