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Nine
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しおりを挟む「研究室に戻ったら、雨の日はどうするの? うちの学校から電車で三十分以上もかかるよね。さすがに迎えに行けないんだけど」
家とは逆方向だから、交通費もかかっちゃうし。連絡先や家の住所もいちおう知ってはいるけど、今日までずっと《先生と生徒》の距離を保ち続けたわたし達が、学校に関係のないところで連絡を取り合うことはないだろう。
那央くんがわたしにコンタクトをとってくることはないだろうし、それがわかっているから、わたしも下手に距離を詰めたりできない。わたしと那央くんのつながりは、今日を最後に切れてしまう。
しんみりとした気持ちでうつむいていると、那央くんが突然ハハッと笑い出した。
「新しい職場まで迎えにくること考えてるとか、おまえ、おれの保護者みたいだな。おれのほうが大人なのに」
荷物を段ボールに詰め込みながら、那央くんがやけに愉しそうに笑っている。
目を細めて笑う横顔が、なんだか眩しい。幾度となく見てきた那央くんの笑顔も、今日で見納めなのかな。そう思うと、胸の奥がキュッと切ない。
「だって、心配だもん。だからね、今日はいいもの持ってきた」
持っていた紙袋をデスクの上にガサッと置くと、那央くんが作業の手を止めて、不思議そうな顔で見てくる。
「何?」
「じゃーん! これです」
わたしが紙袋から取り出したのは、全長六十センチほどのベージュのテディベア。腕の中に抱きしめるのに、ちょうどいいくらいのサイズだ。
「何だ、それ?」
「わたしが小さい頃によく一緒に遊んでたクマさん。これを助手席に乗せときなよ」
「え、なんで?」
テディベアの脇の下に両手を入れて、ぐっと差し出すと、那央くんが怪訝な顔をした。
「だから、雨の日は、わたしの代わりにこの子を助手席に乗せといたらどうかなーって。少しは気が紛れるでしょ?」
「どうかな……」
「ないよりもあったほうが、絶対役に立つよ。不安になったら、この子をわたしだと思って話しかけたり、ハグしていいよ」
「いや、そんな怪しいことしねーよ」
大真面目にテディベアを突き出すわたしを見て、那央くんが、ぷっ、と吹き出す。
「そんなに心配されなくても大丈夫だけど」
「これ、いらない……?」
テディベアを胸に引き寄せて、しょんぼりしていると、那央くんの手が伸びてきてテディベアの頭をグシャッと乱暴につかんだ。
「ちなみに、名前とかあったりすんの?」
「クゥーだよ」
「クマだから?」
こくっと頷くと、那央くんが「安直だな」と、笑いながらわたしの腕の中からクゥーを攫っていく。
「せっかくだから、借りとこうかな」
顔をあげると、悪戯っぽく細められた那央くんの目と視線が交わって、ドクンと鼓動が高鳴った。
那央くんが、片手でつかんだクゥーを正面からジッと見つめて、ぽんぽんとその頭を撫でる。那央くんの手に触れられているクゥーが羨ましい。物珍しげにクゥーの顔を横から斜めから眺めていた那央くんは、それをデスクの上に座らせた。
「おかげさまでさ、前よりはだいぶマシになってきてるよ。雨の日も」
那央くんが、とぼけた顔で見上げているクゥーと目線を合わせたまま、そう言った。
「この前の週末、実家に帰る予定があって、車で出かけたんだ。帰り道で少し雨が降ってきたんだけど、休憩せずに家まで戻ってこれた」
「え、そうなの?」
「うん。大きめの音で、岩瀬がいつもかけてる曲ずっとかけて。岩瀬が横で歌ってるの想像して。そしたら、途中から本当に岩瀬のへたっぴな歌が聞こえてくるような気がして。割と平気だった」
「え、幻聴じゃん。那央くん、大丈夫?」
わざと声のトーンを下げて揶揄うように笑ったけど、内心ではすごく嬉しかった。那央くんが思い出してくれたのが、わたしだったことが。
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