25 / 30
榊 柚乃・3
4
しおりを挟む
◇◇◇
生徒指導室に連れて行かれた蒼生くんは、なかなか戻ってこなかった。
スマホを触って待っているうちに、教室からは人がいなくなり、廊下から誰の声も聞こえなくなる。しんと静まり返った教室でたったひとり席に座っていると、誰もいない世界に隔絶されたような気がする。
蒼生くんは大丈夫だろうか。すぐ話をつけてくるとは言っていたけど、山崎先生相手に苦戦しているのかもしれない。
心配になってラインを開いてみるけど、蒼生くんからの連絡はまだきていない。
生徒指導室まで様子を見に行ってみようかな。
迷いながら腰を浮かせかけたとき、廊下からペタペタと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
蒼生くんが戻ってきた。
ほっとため息を吐くと、勢いよく立ち上がる。
机の横にかけていたカバンをつかんで教室を飛び出したとき、ちょうどドアのところで明るい茶色の髪をした男子生徒と鉢合わせた。
身長はわたしのプラス20センチくらい。見上げたときの感覚を確かめてから、彼の足元に視線を落とす。その上履きの踵は、ちゃんと踏んづけられている。
いつも見慣れている上履きよりは白さが目立ち、若干新しいような気もするけれど……。気のせいだろうか。
「待たせてごめん」
踵の踏まれた上履きを見つめて首を傾げていると、彼の声が落ちてくる。それがわたしの思考を遮った。
「大丈夫だよ。それよりも、山崎先生の誤解は解けた?」
顔をあげようとして、ふと、彼の左手首にある青いブレスレットに目が留まる。
「蒼生くん、それ見つかったんだね。もしかして、更衣室にひとりで探しに行ってたから遅かったの?」
蒼生くんに手首に戻ってきているブレスレットを指さしながら笑うと、彼が「え、あー、うん」と曖昧な返事をした。
「どこにあったの? ロッカーの中? 見つかってよかったね」
嬉しくなって声のトーンが上がるわたしとは裏腹に、「あー、うん」と頷く蒼生くんのテンションは低い。
ブレスレットを失くしたことを気にしていたから、見つかったことを喜んでいると思ったのに。蒼生くんはあまり嬉しくなさそうだ。
「どうしたの? もしかして、山崎先生の問題のほうはまだ未解決?」
心配になって訊ねると、蒼生くんが顔の中央部分、ちょうど鼻の辺りを右手の人差し指で擦った。
「それは解決したよ」
「そっか。それならよかった」
にこっと笑いかけると、蒼生くんが顔の中央部分に触れながら下を向く。
なんとなくだけど、蒼生くんから意図的に視線をそらされたような気がして胸が騒いだ。
ブレスレットが戻ってきて、山崎先生の誤解も解けた。物事が全部うまくいっているはずなのに、生徒指導室に呼ばれる前の蒼生くんと今の蒼生くんとではわたしに対して微妙な温度差があるような気がする。
「帰る? 今日は、どこかに寄っていく?」
いつもなら蒼生くんのほうからわたしにかけてくれる放課後の誘い文句。いつもと少し様子が違うように思える蒼生くんに、わたしのほうから誘いかけると、彼がゆるりと首を横に振った。
「ごめん。待たせといて悪いんだけど、話したいことがある」
言いにくそうに切り出してきた蒼生くんの声が、普段よりもわずかに高く、震えているような気がした。今から聞かされるのは、確実によくない話だ。
蒼生くんから妙な緊張感が伝わってきて、急にそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「なに……?」
緊張でうわずった声で訊き返すと、蒼生くんが「実はさ……」とつぶやいて口を閉ざす。
「ここに戻ってくる前に、別のクラスの女子に告られた」
しばらく間をためたあとに、蒼生くんの口から零れた言葉は衝撃的で。驚いたわたしの口からは「へ?」という間抜けな声しか出なかった。
別のクラスの女の子に告白された。そんな蒼生くんが、わたしに話したいことって……? そんなの、考えるまでもない。
これから何を告げられるのか、想像できることはたったひとつしかなくて。嫌な予感に、心臓がドクドクと暴れ始めた。
「その子に告られてちょっと考えたっていうか、心が動いたっていうか。おれのこと、ブレスレットでしか判別できない子とこのまま付き合っていくのってどうなのかな、って」
まばたきも忘れて目を見開くわたしに、蒼生くんが左手首のブレスレットを指し示す。
「どうなのかな、って……?」
なんとか言葉を返したけれど、掠れてうまく声が出ない。唇と喉の奥が渇いて、からからだ。
「聞かなくてもわからない?」
蒼生くんの声が、冷たく響く。
「わたしとは別れて、告白してきた子と付き合いたいってこと……?」
震える声で訊ねるわたしに、蒼生くんは何も言わない。何も言わないことが、わたしの質問への肯定なのだろう。
蒼生くんが生徒指導室に呼ばれていったのは、一時間くらい前。わたしの手を引いて帰ろうとしていた蒼生くんの気持ちがそんな短時間で変化するなんて……。にわかに信じられない。
告白してきた別のクラスの女の子は、いったいどんな子なのだろう。瞬間的にわたしへの気持ちが冷めるくらい、可愛くて魅力的な子だったのだろうか。
蒼生くんからの話が突然すぎて、頭の中が混乱して、全く理解が追い付かない。
『今は柚乃のこと好きって言ってくれてるかもしれないけど、目印がなくても自分のことを好きって言ってくれる別の子が現れたら、その子のことを好きになっちゃうかもよ?』
ふいに昼休みに陽菜に言われた言葉が蘇ってきて、心臓がバクバク鳴った。
生徒指導室に連れて行かれた蒼生くんは、なかなか戻ってこなかった。
スマホを触って待っているうちに、教室からは人がいなくなり、廊下から誰の声も聞こえなくなる。しんと静まり返った教室でたったひとり席に座っていると、誰もいない世界に隔絶されたような気がする。
蒼生くんは大丈夫だろうか。すぐ話をつけてくるとは言っていたけど、山崎先生相手に苦戦しているのかもしれない。
心配になってラインを開いてみるけど、蒼生くんからの連絡はまだきていない。
生徒指導室まで様子を見に行ってみようかな。
迷いながら腰を浮かせかけたとき、廊下からペタペタと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
蒼生くんが戻ってきた。
ほっとため息を吐くと、勢いよく立ち上がる。
机の横にかけていたカバンをつかんで教室を飛び出したとき、ちょうどドアのところで明るい茶色の髪をした男子生徒と鉢合わせた。
身長はわたしのプラス20センチくらい。見上げたときの感覚を確かめてから、彼の足元に視線を落とす。その上履きの踵は、ちゃんと踏んづけられている。
いつも見慣れている上履きよりは白さが目立ち、若干新しいような気もするけれど……。気のせいだろうか。
「待たせてごめん」
踵の踏まれた上履きを見つめて首を傾げていると、彼の声が落ちてくる。それがわたしの思考を遮った。
「大丈夫だよ。それよりも、山崎先生の誤解は解けた?」
顔をあげようとして、ふと、彼の左手首にある青いブレスレットに目が留まる。
「蒼生くん、それ見つかったんだね。もしかして、更衣室にひとりで探しに行ってたから遅かったの?」
蒼生くんに手首に戻ってきているブレスレットを指さしながら笑うと、彼が「え、あー、うん」と曖昧な返事をした。
「どこにあったの? ロッカーの中? 見つかってよかったね」
嬉しくなって声のトーンが上がるわたしとは裏腹に、「あー、うん」と頷く蒼生くんのテンションは低い。
ブレスレットを失くしたことを気にしていたから、見つかったことを喜んでいると思ったのに。蒼生くんはあまり嬉しくなさそうだ。
「どうしたの? もしかして、山崎先生の問題のほうはまだ未解決?」
心配になって訊ねると、蒼生くんが顔の中央部分、ちょうど鼻の辺りを右手の人差し指で擦った。
「それは解決したよ」
「そっか。それならよかった」
にこっと笑いかけると、蒼生くんが顔の中央部分に触れながら下を向く。
なんとなくだけど、蒼生くんから意図的に視線をそらされたような気がして胸が騒いだ。
ブレスレットが戻ってきて、山崎先生の誤解も解けた。物事が全部うまくいっているはずなのに、生徒指導室に呼ばれる前の蒼生くんと今の蒼生くんとではわたしに対して微妙な温度差があるような気がする。
「帰る? 今日は、どこかに寄っていく?」
いつもなら蒼生くんのほうからわたしにかけてくれる放課後の誘い文句。いつもと少し様子が違うように思える蒼生くんに、わたしのほうから誘いかけると、彼がゆるりと首を横に振った。
「ごめん。待たせといて悪いんだけど、話したいことがある」
言いにくそうに切り出してきた蒼生くんの声が、普段よりもわずかに高く、震えているような気がした。今から聞かされるのは、確実によくない話だ。
蒼生くんから妙な緊張感が伝わってきて、急にそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「なに……?」
緊張でうわずった声で訊き返すと、蒼生くんが「実はさ……」とつぶやいて口を閉ざす。
「ここに戻ってくる前に、別のクラスの女子に告られた」
しばらく間をためたあとに、蒼生くんの口から零れた言葉は衝撃的で。驚いたわたしの口からは「へ?」という間抜けな声しか出なかった。
別のクラスの女の子に告白された。そんな蒼生くんが、わたしに話したいことって……? そんなの、考えるまでもない。
これから何を告げられるのか、想像できることはたったひとつしかなくて。嫌な予感に、心臓がドクドクと暴れ始めた。
「その子に告られてちょっと考えたっていうか、心が動いたっていうか。おれのこと、ブレスレットでしか判別できない子とこのまま付き合っていくのってどうなのかな、って」
まばたきも忘れて目を見開くわたしに、蒼生くんが左手首のブレスレットを指し示す。
「どうなのかな、って……?」
なんとか言葉を返したけれど、掠れてうまく声が出ない。唇と喉の奥が渇いて、からからだ。
「聞かなくてもわからない?」
蒼生くんの声が、冷たく響く。
「わたしとは別れて、告白してきた子と付き合いたいってこと……?」
震える声で訊ねるわたしに、蒼生くんは何も言わない。何も言わないことが、わたしの質問への肯定なのだろう。
蒼生くんが生徒指導室に呼ばれていったのは、一時間くらい前。わたしの手を引いて帰ろうとしていた蒼生くんの気持ちがそんな短時間で変化するなんて……。にわかに信じられない。
告白してきた別のクラスの女の子は、いったいどんな子なのだろう。瞬間的にわたしへの気持ちが冷めるくらい、可愛くて魅力的な子だったのだろうか。
蒼生くんからの話が突然すぎて、頭の中が混乱して、全く理解が追い付かない。
『今は柚乃のこと好きって言ってくれてるかもしれないけど、目印がなくても自分のことを好きって言ってくれる別の子が現れたら、その子のことを好きになっちゃうかもよ?』
ふいに昼休みに陽菜に言われた言葉が蘇ってきて、心臓がバクバク鳴った。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
12年目の恋物語
真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。
だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。
すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。
2人が結ばれるまでの物語。
第一部「12年目の恋物語」完結
第二部「13年目のやさしい願い」完結
第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中
※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる