君だけのアオイロ

碧月あめり

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君の全部

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 青のブレスレットを失くした翌日の昼休み。

 弁当を食い終えて武下や西沢としゃべっていると、柚乃が「蒼生くん」とおれに声をかけてきた。教室で、柚乃から話しかけてくるのは珍しい。もしかしたら、付き合いだして初めてのことかもしれない。

 人の顔の区別がつかない柚乃は、似たような恰好をしたクラスメートたちが何人もいる教室でおれを判別するのが難しい。

 人違いを恐れて自分から話しかけてこない柚乃に声をかけるのは、基本的におれの役目だ。それなのに、柚乃が迷うことなく話しかけてきたことに驚いた。


「話があるから、ちょっといい?」

 柚乃の小さな声を聞いた武下と西沢が、顔を見合わせてニヤニヤする。


「蒼生、告白?」

「いや、フラれんじゃない? 慰め会考えとくな」

「うざ」

 しょうもないことを言ってからかってくる武下たちを横目に睨んで柚乃と一緒に教室を出ると、彼女が少しぎくしゃくとした動きでおれのことを誰もいない美術室へと導いた。

 うつむいて歩く柚乃の小さな頭。それを見つめて歩くおれの胸がドキドキと鳴る。

 武下たちが言ってたみたいにフラれるなんてことはないと思うけど。いつもと違う柚乃の態度に、少し緊張してしまう。

 考えてみれば、昨日の放課後から柚乃の態度は少し変だ。

 昨日の放課後、おれは中庭の窓にボールでヒビを入れたという容疑をかけられて、山崎に生徒指導室に連れて行かれた。
 
 全く身に覚えのない罪を着せられたおれは、無実を主張して山崎と三十分以上もバトった。そのあいだに、教室で待っていた柚乃の前におれのニセモノが現れたらしい。

 おれのニセモノは、なぜか体育のときに失くしたはずの青のブレスレットを着けていて。おれを装って柚乃に別れを告げると、柚乃が着けていたブレスレットも奪って逃走したそうだ。

 山崎から解放されたおれが柚乃のところに戻ると、彼女は目を真っ赤に腫らして泣いていて。目元に浮かぶ涙を拭いてやろうとしたら、感情を爆発させたみたいにぎゅっと抱き着いてきた。

 びっくりしたけど、いつも遠慮して恥ずかしそうにしている柚乃が自分からおれにくっついてきたのは初めてのことで。彼女に求められたことが嬉しくて、ドキドキした。

 おれの首元に顔を摺り寄せて泣く柚乃の背中を撫でたときの感覚が今も手のひらにはっきりと残っていて、思い出すだけで心音が速くなる。

 柚乃に遅れて美術室の中に足を踏み入れると、彼女がゆっくりと振り返った。


「これ、さっき陽菜が返してくれた」

 規定服の紺のスカートのポケットから何かを取り出した柚乃が、その手をおれに向かって差し出す。反射的に上を向けた手のひらに柚乃がのせてきたのは、失くしたはずの青のコードブレスレットだった。


「返してくれたって、どういうこと? なんで江藤がブレスレット持ってんの? ブレスレットを盗ったのは、昨日おれのフリして柚乃に近付いてきた男だろ?」

「うん。その男の子ね、隣のクラスの横谷よこたにくんて子だったみたい。蒼生くんのブレスレットを盗ったのも横谷くん。だけど、そうするように頼んだのは陽菜なんだって」

 横谷という名前を聞いて思い浮かんだのは、おれと同じくらいの身長の茶髪の男子の顔だった。

 特別目立つようなやつじゃないけど、運動神経が良くて協調性もあって、特に球技の授業のときに好プレーを出してチームメイトから頼りにされてる印象だ。

 おれとは直接の知り合いじゃないし、たぶん話したこともない。そんなやつが、どうして江藤におれのブレスレットを盗るように頼まれるんだ……? さっぱりわからない。

 おれが首を傾げていると、柚乃が少し躊躇するように口を開いた。


「実を言うとね、陽菜はずっとわたしが蒼生くんと付き合うことを反対してたんだ」

 初めて聞かされる話しに、「は?」と口が間抜けに開く。


「陽菜と仲良くなった中三のとき、わたしも陽菜もお互いに人間関係がうまくいってなかったんだ。わたしは顔の区別ができないことを自覚して悩んでたし、陽菜は仲が良かった友達が初めての彼氏に夢中になっちゃって……。それまですごく仲良くしてたのに、急に陽菜とは口も利かなくなっちゃったの。それ以来、陽菜は男の子のことをちょっとだけ敵視してるっぽくて。わたしのことも蒼生くんにとられちゃうんじゃないかって思ってたみたい」

 中学時代に仲の良かった友達を彼氏に『とられた』と感じるような経験を江藤は、おれと付き合いだした柚乃も自分から離れて行ってしまうのではないかと不安だったらしい。

 それで、おれと柚乃を別れさせようと付き合いに反対したり、おれの悪い噂を聞き集めて柚乃に教えていたそうだ。

 だけど、江藤がどれだけ意地悪を言って揺さぶっても柚乃とおれは別れそうにない。それどころか、江藤がおれのことを悪く言えば言うほど柚乃がおれのことを庇うから、内心、かなり焦れていたらしい。

 そんなとき、横谷が江藤に告白をしてきた。

 いつものように断ったが、横谷は思いのほか引き下がらず「放課後にデートしてくれるだけでもいいから」としつこく食い下がってきたらしい。

 横谷からのしつこいアプローチに困った江藤が、放課後デートを了承する代わりに提示した交換条件が、おれからブレスレットを盗って柚乃と別れさせること。

 茶髪に染めていて背格好がおれと似ている横谷が青いブレスレットを着けて柚乃に近付いたら、柚乃は横谷をおれだと勘違いする可能性が高い。柚乃が人の顔の区別がつかないことを知っている江藤は、それを利用しておれたちの仲を裂こうとした。

 まあ、結果として作戦は失敗に終わったわけだけど。そんなやり方で別れさせようとするなんて、江藤はおれたちを舐めている。 

 これまで、おれは江藤からよく威嚇するように睨まれるなと思っていたのだが……。柚乃の話を聞いて、ようやく合点がいった。あれは、おれに対する警戒と嫉妬と牽制だったのだろう。

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