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しおりを挟む「それでは、今から各班に分かれて準備にとりかかってください」
学年主任の号令を合図に、生徒たちがグループごとにそれぞれ散らばっていく。周囲の生徒たちの楽しそうな笑い声を聞きながら、私はため息をこぼしたいくらい憂鬱な気持ちになっていた。
今日は高二になって初めての学年行事、春の遠足の日だ。
行き先は、学校からバスで一時間ほど揺られた場所にある山。ハイキングをしたあとに、そこの中腹にあるキャンプ場でグループごとにバーベキューをしてクラス内の親睦を深める。それがこの遠足の目的なのだそうだ。
新しい学校に編入してきて、そろそろ一ヶ月。
挨拶を交わしたり、短い会話をするクラスメートは数人できたけど、特別仲の良い友達はいない。
基本的にひとりでいる私を気にしてか、村田さんが一日一回は話しかけてくれるけど、彼女には他の友達もいる。それに私も、彼女と《小学校のときの同級生》以上の関係を築くつもりはなかった。
そんな状況の中、お母さんを心配させないためだけに出席した遠足は、気が重いだけで全く楽しくない。
友達同士で仲良くお喋りしながら山を登る生徒たちを横目に、ひとりきりで無言で歩くのは虚しかったし、運の悪いことに、クラスの親睦目的で出席番号順にわけられたバーベキューのグループが、星野くんと一緒なのだ。
星野くんたちに陰口を言われているところを偶然盗み聞いてしまって以来、私はそれまで以上に彼の顔をまともに見られなくなった。
『なんかあいつ、俺の中でいい印象ない』
星野くんの顔が視界に入れば、彼のその言葉が鮮明に蘇ってくるような気がして怖かった。
初恋は、記憶の底に押し込めようと決めたはずなのに。私は未だに、星野くんのことを気にして彼の言葉に傷付いていて、どうしようもない。
「深谷、どうした?」
登頂後に集合させられた広場でぼんやりと突っ立っていると、学年主任の先生が声をかけてきた。
周りを見ると、いつの間にか生徒たちはみんなそれぞれの持ち場に散っていて、私ひとりだけになっている。
「何でもありません。少しぼーっとしてしまっていました」
「そうか。何か困ったことがあったら、いつでも言えよ」
学年主任の先生は、私の顔色を窺いながら言葉を選ぶようにそう言った。きっとこの先生も、私が前の学校を辞めた理由を聞かされているのだろう。
他の生徒と違う行動をとっていても、あまり刺激しないように。そんなふうに、校長先生や生徒指導の先生、あるいは担任から報告を受けているのかもしれない。
「ありがとうございます。大丈夫です」
私は愛想笑いを浮かべて軽く会釈すると、自分のグループのメンバーを探した。
あたりを見渡していると、なぜか一番最初に星野くんの姿が目に入ってしまう。
他の男子メンバーと一緒にバーベキューの火を起こし始めている星野くんのそばには、村田さんがいて。ふたりは笑いながら話をしていた。
星野くんに嫌われていたことがわかったときに、彼への恋心は捨てると決めた。それなのに、楽しそうに肩を並べる星野くんと村田さんの姿を遠目に見ただけで、憂鬱で落ち込んだ気持ちになる。
どうして同じグループなんだろう。せめてグループが違えば、こんなにも憂鬱な気持ちにならなかったかもしれないのに。
いっそのこと、このままグループに加わるのはやめて、逃げ出してしまおうか……。
そんなふうに考え始めていたとき、星野くんと談笑していた村田さんが不意にこちらに視線を向けた。
偶然にも目が合った彼女が、私に笑いかけながら大きく手を振ってくる。
「友ちゃん、こっちだよー!」
始業式以降、村田さんはなぜか私のことを親しげに「友ちゃん」と呼ぶ。
仲が良いわけでもないし、ただ同じ小学校出身だったというだけなのに、村田さんは私のことを勝手に友達だと思ってくれているらしい。
「友ちゃん」なんて呼ばれると、まるで前の学校の友達に名前を呼ばれているみたいで変な気持ちになる。それに、星野くんが村田さんのことを「智ちゃん」と呼んでいるから、それと全く同じ響きで呼ばれるのも複雑だ。
村田さんの呼びかけにノーリアクションでいると、それまで私には無関心だった星野くんがこちらに視線を向けた。遠目ではっきりと表情は見えないけれど、心なしか睨まれているような気がする。
付き合ってはいないとは聞いているけど、星野くんは村田さんに必要以上に構っているように思う。
村田さんがどう思っているかはわからないけど、少なくとも、星野くんのほうは村田さんのことが好きなんじゃないだろうか。
「友ちゃーん」
私が立ち止まったままでいると、村田さんがより一層大きく手を振った。
村田さんは、無反応な私が彼女の呼びかに気付いていないと思っているらしい。
「友ちゃーん! こっちだよー!」
声を張り上げる彼女に、他のグループからの視線が集まる。それに気付いた星野くんは、気にするように周囲を見てから、また私に視線を戻した。
今度こそ本当に睨まれているんだろう。
私は苦笑いを浮かべると、仕方なく村田さんに小さく手を振り返した。
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