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5.非日常の気まぐれ
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走り終えてチームの列に並ぶと、ちょうど私たちがバトンを繋いだ三年生が次のペアにバトンを渡すところだった。私たちが追い上げて順位をあげた成果があったのか、三年生たちは現在四位のペアのすぐ後ろにまで迫っている。
最終走者の三年生のペアが一組追い抜いて、私たちのチームは四位でゴールした。最下位に終わるかと思ったのに、なかなかの逆転劇だ。
「友ちゃん、さっきはありがとう。また友ちゃんの言葉に励まされちゃった」
「え?」
競技が終わって退場するとき、村田さんが私に話しかけてきた。
首を傾げると、村田さんがクスリと笑う。
「うーん、そうだよね。小学生のときのことだし、きっと覚えてないよね。あのね、友ちゃんが声かけてくれて頑張れたの、実はこれが二回目なんだよ。だから、ありがとう」
二回目、ってなんだろう。
村田さんとは小学生のときに二回同じクラスになっているけど、彼女に感謝されるような特別なことをした記憶がない。
考えていると、退場門を出たところで岸本さんが手を振っていた。
「お疲れ、智香。深谷さんも。見てたよ、最後の追い上げ凄かったね。智香や深谷さんのクラスの応援席、すごい盛り上がってたんだよ」
笑顔の岸本さんに声をかけられて、小学生のときのことを思い出そうとしていた思考が遮られる。
「友ちゃんたち速かったよね。最後で追い抜いたときは思わず叫びそうになっちゃった」
「それはいいけど、智香。あんたは救護室でケガ診てもらったほうがいいんじゃない?」
にこにこ笑っている村田さんのことを見て、岸本さんがちょっと目を細める。
結構勢いよく転んだ村田さんの腕と膝は、大ケガというわけではないけれど、擦りむけて血が滲んでいて、そのままにしておくには痛々しかった。
「これくらい平気だよ」
「いや、行っとこう。ついていってあげるから」
「えー」
「私も、診てもらったほうがいいと思う」
渋る村田さんに、私が苦笑いで救護室に行くよう勧めると、彼女が少し不服そうに頷いた。
「友ちゃんまでそう言うなら……。あ、友ちゃん。今日は一緒にお昼食べようよ」
岸本さんに引き摺られるようにして救護室に向かう村田さんが、私を振り向いて誘いかけてくる。
いつもはひとりでお弁当を食べるのだけど、今日はなんとなく、村田さんの誘いに応えなければいけないような気がした。
「うん、ありがとう」
頷くと、村田さんがほっとしたように笑う。
「あとでね、友ちゃん」
村田さんは私に手を振ると。岸本さんと一緒に救護室のほうに歩いて行った。
村田さんと別れてクラスの応援席に戻ると、普段あまり話さないクラスメートの女子たちに囲まれた。
「深谷さん、すごいよ! 速かったね!」
「お疲れ様」
体育祭という非日常な学校イベントのせいか、私に声をかけてくれるクラスメートたちの声は友好的だった。
だけど、クラスメートたちひとりひとりに愛想笑いを返すのは大変で。自分の席に戻った私は、倒れそうなほどにクタクタになっていた。ひさしぶりに気を遣って人と話したせいか、精神的な疲労が激しい。
ひとりきりになって一息ついたとき、私の隣にストンとひとつ影が落ちる。
「お疲れさま。なんか、大活躍だったじゃん」
聞こえてきた声にドキリとして顔をあげると、隣に星野くんが座っていた。
ドギマギとする私の隣で、遠くに足を投げ出すようにして椅子に座った星野くんが話しかけてくる。
「相変わらず足速いんだな。どうせなら、リレーとか出ればよかったのに」
確かに、小学生のときの私は学年の女子のなかでも50メートル走のタイムが速くて、運動会でもリレーの選手に選ばれる率が高かった。
星野くんとは小学校で数回同じクラスになっただけなのに、私が足が速かったことを覚えていたなんてびっくりだ。
それに「相変わらず」なんて、まるで昔の私をよく知っているような言い方するところもズルい。
「私のことなんて覚えてないんじゃなかったの?」
気恥ずかしくて、ついひねくれた言葉を口にすると、星野くんが苦笑いした。
「深谷って、結構根に持つタイプだよな」
「一度言われたことは忘れないだけ」
顔をそむけてつぶやくと、星野くんがふっと笑う。
「まあ、いいけど。それより、あのとき智ちゃんになんて言ったの?」
「あのときって?」
「智ちゃんがこけたとき」
振り向くと、星野くんが私のことをじっと見ていた。私を真っ直ぐに見つめる星野くんの真剣な目に、胸がそわそわとする。
質問の意図がよくわからなくて無言で見つめ返すと、星野くんが困ったような表情を浮かべた。
「いや、別に深い意味はないんだけど。深谷に声かけられたあと、智ちゃんの顔付きが急に変わったから。応援席からじゃ、何言ってるかよく聞こえなくて、どんなこと言ったのかなーってちょっと気になっただけ」
「私も咄嗟に言葉が出ただけだから、正確には覚えてないよ。まだ巻き返せるから、がんばれ、とか。そんな感じのことを言ったと思うけど……」
思い出しながらゆっくりと答えると、星野くんが「ふーん」と頷いてから、何も言わなくなった。
どうやら、星野くんが私に話しかけてきたのは、二人三脚で転んだ村田さんのことが気になっていたかららしい。
彼がめずらしく隣に座ってきたのは、私に労いの言葉をかけるためではなくて、村田さんのことが心配だったからなんだ。そう思ったら、切なさで胸が締め付けられた。
星野くんの世界の多くを占めているのは、きっと村田さんの存在なのだ。そのことを、改めて思い知らされてしまう。
「星野くんて、ほんとに村田さんのことが好きだよね」
自嘲気味に笑うと、星野くんが驚いた顔で私を見てきた。
「違うよ。前も言ったけど、智ちゃんはただの幼なじみで、友達の彼女だから」
焦ったり動揺したりすることもなく、星野くんが冷静に否定する。だけどこれまでずっと星野くんのことを見てきた私には、その言葉が信じられなかった。
だって、誰がどう見たって、星野くんは村田さんに必要以上に優しい。彼女のことを、クラスメートの誰よりも一番気にしてる。
「気持ちを伝えるかどうかは別として、幼なじみや友達の彼女を好きになっちゃうことはありうるでしょ?」
「そりゃ、あり得るかもだけど。俺が智ちゃんを恋愛対象として好きとかはないかな」
星野くんはけらりと笑って否定したけど、彼が否定すればするほど、私は切なく悲しい気持ちになった。
「自覚ないだけで、好きってことだってあるよ」
「いや、ないって。深谷、根に持つうえにしつこいな」
ポツリとつぶやくと、星野くんが顔の前で手を振って否定しながら、冗談交じりに笑う。
「カナキ、もうすぐ俺らの出番」
けらけら笑う星野くんの隣で複雑な気持ちになっていると、後ろから石塚くんと槙野くんが声をかけてきた。槙野くんはクラスが違うけど、一緒に呼びにきたということは、同じ種目に出るのかもしれない。
「わかった、すぐ行く」
石塚くんたちに振り向いて手を挙げた星野くんが、立ち上がる前に私にちょっと顔を近づけてくる。
ドキッとして身構えると、星野くんが笑いながら声を潜めた。
「深谷、今のは冗談でも憲の前では言うなよ。疑われたら面倒だから」
口止めするってことは、本当はやっぱり村田さんが気になってるんじゃないの……?
冗談まじりに笑って去って行く星野くんの背中を見送りながら、私は切なく悲しい気持ちになっていた。
最終走者の三年生のペアが一組追い抜いて、私たちのチームは四位でゴールした。最下位に終わるかと思ったのに、なかなかの逆転劇だ。
「友ちゃん、さっきはありがとう。また友ちゃんの言葉に励まされちゃった」
「え?」
競技が終わって退場するとき、村田さんが私に話しかけてきた。
首を傾げると、村田さんがクスリと笑う。
「うーん、そうだよね。小学生のときのことだし、きっと覚えてないよね。あのね、友ちゃんが声かけてくれて頑張れたの、実はこれが二回目なんだよ。だから、ありがとう」
二回目、ってなんだろう。
村田さんとは小学生のときに二回同じクラスになっているけど、彼女に感謝されるような特別なことをした記憶がない。
考えていると、退場門を出たところで岸本さんが手を振っていた。
「お疲れ、智香。深谷さんも。見てたよ、最後の追い上げ凄かったね。智香や深谷さんのクラスの応援席、すごい盛り上がってたんだよ」
笑顔の岸本さんに声をかけられて、小学生のときのことを思い出そうとしていた思考が遮られる。
「友ちゃんたち速かったよね。最後で追い抜いたときは思わず叫びそうになっちゃった」
「それはいいけど、智香。あんたは救護室でケガ診てもらったほうがいいんじゃない?」
にこにこ笑っている村田さんのことを見て、岸本さんがちょっと目を細める。
結構勢いよく転んだ村田さんの腕と膝は、大ケガというわけではないけれど、擦りむけて血が滲んでいて、そのままにしておくには痛々しかった。
「これくらい平気だよ」
「いや、行っとこう。ついていってあげるから」
「えー」
「私も、診てもらったほうがいいと思う」
渋る村田さんに、私が苦笑いで救護室に行くよう勧めると、彼女が少し不服そうに頷いた。
「友ちゃんまでそう言うなら……。あ、友ちゃん。今日は一緒にお昼食べようよ」
岸本さんに引き摺られるようにして救護室に向かう村田さんが、私を振り向いて誘いかけてくる。
いつもはひとりでお弁当を食べるのだけど、今日はなんとなく、村田さんの誘いに応えなければいけないような気がした。
「うん、ありがとう」
頷くと、村田さんがほっとしたように笑う。
「あとでね、友ちゃん」
村田さんは私に手を振ると。岸本さんと一緒に救護室のほうに歩いて行った。
村田さんと別れてクラスの応援席に戻ると、普段あまり話さないクラスメートの女子たちに囲まれた。
「深谷さん、すごいよ! 速かったね!」
「お疲れ様」
体育祭という非日常な学校イベントのせいか、私に声をかけてくれるクラスメートたちの声は友好的だった。
だけど、クラスメートたちひとりひとりに愛想笑いを返すのは大変で。自分の席に戻った私は、倒れそうなほどにクタクタになっていた。ひさしぶりに気を遣って人と話したせいか、精神的な疲労が激しい。
ひとりきりになって一息ついたとき、私の隣にストンとひとつ影が落ちる。
「お疲れさま。なんか、大活躍だったじゃん」
聞こえてきた声にドキリとして顔をあげると、隣に星野くんが座っていた。
ドギマギとする私の隣で、遠くに足を投げ出すようにして椅子に座った星野くんが話しかけてくる。
「相変わらず足速いんだな。どうせなら、リレーとか出ればよかったのに」
確かに、小学生のときの私は学年の女子のなかでも50メートル走のタイムが速くて、運動会でもリレーの選手に選ばれる率が高かった。
星野くんとは小学校で数回同じクラスになっただけなのに、私が足が速かったことを覚えていたなんてびっくりだ。
それに「相変わらず」なんて、まるで昔の私をよく知っているような言い方するところもズルい。
「私のことなんて覚えてないんじゃなかったの?」
気恥ずかしくて、ついひねくれた言葉を口にすると、星野くんが苦笑いした。
「深谷って、結構根に持つタイプだよな」
「一度言われたことは忘れないだけ」
顔をそむけてつぶやくと、星野くんがふっと笑う。
「まあ、いいけど。それより、あのとき智ちゃんになんて言ったの?」
「あのときって?」
「智ちゃんがこけたとき」
振り向くと、星野くんが私のことをじっと見ていた。私を真っ直ぐに見つめる星野くんの真剣な目に、胸がそわそわとする。
質問の意図がよくわからなくて無言で見つめ返すと、星野くんが困ったような表情を浮かべた。
「いや、別に深い意味はないんだけど。深谷に声かけられたあと、智ちゃんの顔付きが急に変わったから。応援席からじゃ、何言ってるかよく聞こえなくて、どんなこと言ったのかなーってちょっと気になっただけ」
「私も咄嗟に言葉が出ただけだから、正確には覚えてないよ。まだ巻き返せるから、がんばれ、とか。そんな感じのことを言ったと思うけど……」
思い出しながらゆっくりと答えると、星野くんが「ふーん」と頷いてから、何も言わなくなった。
どうやら、星野くんが私に話しかけてきたのは、二人三脚で転んだ村田さんのことが気になっていたかららしい。
彼がめずらしく隣に座ってきたのは、私に労いの言葉をかけるためではなくて、村田さんのことが心配だったからなんだ。そう思ったら、切なさで胸が締め付けられた。
星野くんの世界の多くを占めているのは、きっと村田さんの存在なのだ。そのことを、改めて思い知らされてしまう。
「星野くんて、ほんとに村田さんのことが好きだよね」
自嘲気味に笑うと、星野くんが驚いた顔で私を見てきた。
「違うよ。前も言ったけど、智ちゃんはただの幼なじみで、友達の彼女だから」
焦ったり動揺したりすることもなく、星野くんが冷静に否定する。だけどこれまでずっと星野くんのことを見てきた私には、その言葉が信じられなかった。
だって、誰がどう見たって、星野くんは村田さんに必要以上に優しい。彼女のことを、クラスメートの誰よりも一番気にしてる。
「気持ちを伝えるかどうかは別として、幼なじみや友達の彼女を好きになっちゃうことはありうるでしょ?」
「そりゃ、あり得るかもだけど。俺が智ちゃんを恋愛対象として好きとかはないかな」
星野くんはけらりと笑って否定したけど、彼が否定すればするほど、私は切なく悲しい気持ちになった。
「自覚ないだけで、好きってことだってあるよ」
「いや、ないって。深谷、根に持つうえにしつこいな」
ポツリとつぶやくと、星野くんが顔の前で手を振って否定しながら、冗談交じりに笑う。
「カナキ、もうすぐ俺らの出番」
けらけら笑う星野くんの隣で複雑な気持ちになっていると、後ろから石塚くんと槙野くんが声をかけてきた。槙野くんはクラスが違うけど、一緒に呼びにきたということは、同じ種目に出るのかもしれない。
「わかった、すぐ行く」
石塚くんたちに振り向いて手を挙げた星野くんが、立ち上がる前に私にちょっと顔を近づけてくる。
ドキッとして身構えると、星野くんが笑いながら声を潜めた。
「深谷、今のは冗談でも憲の前では言うなよ。疑われたら面倒だから」
口止めするってことは、本当はやっぱり村田さんが気になってるんじゃないの……?
冗談まじりに笑って去って行く星野くんの背中を見送りながら、私は切なく悲しい気持ちになっていた。
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