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彼女になりたいわたしの恋の話
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一ヶ月前。わたしは、ずっと憧れていた梁井碧斗先輩に玉砕覚悟の告白をした。
ひとつ上の梁井先輩を意識するようになったのは、まだ私が高校に入学したばかりの頃。マネージャーとして入部したサッカー部の活動中に、校庭の水道のそばに立っていた彼を見かけたことがきっかけだった。
蛇口から水でもかぶったのか、陸上部のユニフォームを着て肩にフェイスタオルをかけた梁井先輩は、髪や額からぽたぽたと軽く水を滴らせてどこか遠くのほうを見ていた。
彼の黒髪についた水滴が、夕暮れの太陽の光で煌めいていて。泣きぼくろのある左側の頬に、額から流れていく雫がまるで涙のように見えて。初めて男の人ことを「綺麗だ」って思った。遠くを見つめて佇む梁井先輩の儚く憂いを帯びた姿に、瞬きも忘れて見惚れてしまった。
それ以来、わたしは梁井先輩のことを目で追いかけるようになった。
サッカー部と陸上部の練習が校庭で一緒になったときは、マネージャー業務をするフリをしながらこっそり梁井先輩のことを見ていた。
部活中の梁井先輩はいつもひとりで黙々と練習メニューをこなしていて、ハードそうな練習のときも全く苦しげな表情を見せない。休憩中も部活仲間とは絡まずに、ひとりで座っていることが多くて。たまに話しかけられても、にこりともしない。
部活以外のときにときどき校内で見かける梁井先輩も、たいていひとりで行動していた。
ひとりが好きなのか、クールで近寄り難い雰囲気があるからあまり人が寄って来ないのか。それはよくわからないけれど、あまり感情を表に出さないところも梁井先輩はすごくかっこよかった。
だけど、梁井先輩に憧れていた女の子はわたしだけではない。誰が見たって美形な梁井先輩は、とにかく女子にモテていて。学年が違うわたしの耳にも、何年生の誰が梁井先輩に告白したらしいという噂がしょっちゅう回ってきていた。その噂には必ず「でも、梁井先輩は告白を断ったらしい」という噂が付随してきた。
梁井先輩はモテるけれど、どんな美人に告白されても素っ気なく断ってしまうということで有名だったのだ。
誰からの告白も受け入れない梁井先輩。そんな彼に、話したこともなければ名前すら認知されていないわたしが告白するのは無謀だということはよくわかっていた。
だけど、どうせ振られるなら、心の中に想いを燻らせているよりも伝えたほうがいい。そんな持論を話したら、一緒にサッカー部のマネージャーをしている春菜にも、クラスで一番仲が良い沙里にも「変なところで潔いね」って失笑された。
ともかく、梁井先輩のことを好きになってからのわたしは、彼に声をかけるチャンスを静かにじっと窺っていて。ついに一ヶ月前。声をかけることに成功したのだ。
部活中、空になったタンク型の水筒を両手にふたつ持って校庭の水道に行くと、梁井先輩が立っていた。
陸上部のユニフォームを着た肩にフェイスタオルをかけた梁井先輩は、わたしが一目惚れしたときと同じようにぼんやりとどこか遠くのほうを見ていた。水道で顔を洗ったまま拭いていないのか、額や頬に水滴がついている。
吹き抜けてきた風が、梁井先輩の黒髪を攫って揺らす。遠くに視線を向けたまま目を眇めた彼の横顔は、いつにもまして儚げで美しかった。
梁井先輩の横顔をぽうっと見つめていると、ふいに彼が肩にかけたフェイスタオルで額の水滴を拭いながら振り向く。
自分が邪魔になっていると勘違いしたのか、両手にタンク型の水筒を持って間抜けに突っ立っているわたしに気が付いた梁井先輩が、「悪い」と場所を空けてくれた。
素っ気ない低い声に、鼓膜がビリビリと震える。短いひとことだったけど、梁井先輩に初めて声をかけられたことでわたしのテンションがギュンと上がってしまった。
「あ、の……! わたし、南 唯葉って言います。梁井先輩に聞いてほしいことがあるので、部活が終わったら中庭に来てもらえませんか?」
「は?」
顔にタオルをあてた梁井先輩の秀眉が歪む。不審に思われていることは明らかだった。もしかしたら、不審を通り越して気味悪がられているかもしれない。でも、もうあとには引けない。
「あの、わたし、先輩が来るまで待ってるので」
ぎゅっと目を閉じてそう言い放つと、わたしは両手に水筒を抱えたまま回れ右した。そのままサッカー部の練習場所に駆け戻ると、「あれ、早かったね」と春菜に言われた。
「あ、洗い忘れた……。もう一回いってくる!」
「えぇー」
呆れ顔の春菜に背を向けて水道のところに駆け戻ったとき、もう梁井先輩はそこからいなくなっていた。
かなり突発的な呼び出しをしてしまったけれど、梁井先輩は来てくれるだろうか。水道のシンクに水筒を置いて、振り返る。
校庭では、サッカー部が練習している隣のスペースで、梁井先輩が陸上部の他の部員たちに混じってダッシュの練習をしていた。背筋を伸ばして、涼しげな顔で直線距離を走る梁井先輩の姿もやっぱり目を奪われるほどに綺麗で。そんな彼についに気持ちを伝えるのかと思うと、心音が速くなって、そわそわと落ち着かない気持ちになった。
部活が終わったあと、わたしはサッカー部のメンバーたちへの挨拶もそこそこに、中庭へと一目散に走った。
「さっきも名乗りましたが、わたし、南 唯葉って言います。初めて見たときから、梁井先輩のことがす、好きでした──」
梁井先輩は、約束した中庭にちゃんと来てくれた。それだけで、一生分の運気を使い果たしたんじゃないかと思うくらい嬉しかった。フラれてもいいから、気持ちだけでも伝えられたら充分だった。それなのに……。
「みなみ、だっけ。いいよ、付き合っても」
想定外の奇跡が起きた。
わたしから告白された梁井先輩は全く嬉しそうじゃなかったし、愛想笑いすら浮かべなかった。それでもなぜか、わたしの告白を受け入れてくれたのだ。
もしかしたら、梁井先輩も密かにわたしのことが好きだったのだろうか。そんなことあり得るはずもないのに、生まれて初めての告白が成功したわたしは、舞い上がって浮かれていた。
これまでどんなに可愛い子に告白されても冷たく断っていた梁井先輩が、どうしてわたしの告白を受け入れてくれたのか。その理由を深く考えもしなかった。
梁井先輩の幼なじみ──、喜島みなみ先輩の存在を知るまでは……。
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