One-sided

碧月あめり

文字の大きさ
5 / 16
彼女になりたいわたしの恋の話

しおりを挟む


 みなみ先輩から姿が見えないところまで離れると、梁井先輩はわたしの手首をパッと離した。そのまま何事もなかったみたいに歩いていく彼は、わたしを振り返ろうともしない。

 本当に、全く微塵も興味がないんだな。一ヶ月もこうしてそばにいるのに。

 静かにため息を吐くと、肩のところで緩くカールしている栗色の髪の毛の先を右手の指で摘む。

 梁井先輩が告白をオッケーしてくれたのは、わたしのことが好きだからでも何でもない。彼は、私そのものになんて全く興味がない。彼の気を惹いたのは、わたしの名字。それが、彼の好きな人の名前と同じ「みなみ」だからだ。

 そのことに気付いたのは、梁井先輩と付き合い初めてすぐ。梁井先輩を誘ってふたりで下校していたときのことだ。

「この子がウワサのアイちゃんの彼女かー。よろしくね」

 梁井先輩の幼なじみだというみなみ先輩が突然話しかけてきた。

 みなみ先輩は初対面のわたしにもにこにこと笑いかけてきてくれて、気さくで感じが良い人だった。だけど……。

「アイちゃんも彼女さんもおめでとう」

 みなみ先輩が笑顔でそう言ったとき、いつも感情を表に出さない梁井先輩が、わずかに頬を引き攣らせて傷付いた顔をした。

 微細な表情の変化を敏感に察知してしまうくらい、わたしは彼のことを見ていたし、彼のことが好きだった。だからそれだけで気付いてしまった。梁井先輩はほんとうは、みなみ先輩のことが好きなんじゃないかって。

 その予感は、すぐに確信に変わった。

 梁井先輩は、いつもみなみ先輩のことを見ていた。昌也先輩と仲良さそうに笑い合うみなみ先輩を見つめながら、切なく憂いを帯びた目をしていた。

梁井先輩が今まで誰に告白されても断っていたのは、みなみ先輩の存在があったからだ。それなのに、わたしの告白を受け入れてくれた理由は――? 

 考えて思いあたったのは、わたしとみなみ先輩との共通項だった。


 わたしが告白をしたとき、梁井先輩は「みなみ、だっけ?」と名前を確認してきた。梁井先輩が受け入れたのはわたしではない。きっと、好きな人と同じ記号なまえを持ったわたしだったのだ。

 そのことに気付いてから、わたしは少しでも梁井先輩の視界に入りたくて、みなみ先輩彼の好きな人に近付く努力をした。

 まず少しでも見た目が近付くように、肩まで伸ばしていた髪を栗色に染めた。クラスの中でも大人っぽくてメイクが上手い沙里に頼んで、みなみ先輩に似せたアイメイクを教えてもらった。ついでに眉毛も整えたら、雰囲気がぐっとみなみ先輩に近付いた。

 だけど見た目を似せても、梁井先輩はわたしの容姿の変化に何の興味も示さなかった。

 梁井先輩が好きなのは、みなみ先輩の見た目ではないらしい。そう思ったから、今度はみなみ先輩がどんな人なのかを観察した。

 友達といるとき、彼氏の昌也先輩とふたりでいるとき、梁井先輩に声をかけるとき、どんな表情でどんな仕草を見せるのか。一週間ほど観察してわかったことは、みなみ先輩は明るくノリが良く、よく笑う人だということだった。

 梁井先輩がみなみ先輩の明るい笑顔に惹かれたのだとしたら、ものすごく納得できる。だからわたしも、梁井先輩と一緒にいるときは笑顔でいるように心がけた。

 だけど、いつも笑顔で明るい彼女を演じても、梁井先輩がわたしに興味を持ってくれることはなかった。努力は全て無駄だった。

 付き合いだしてからの一ヶ月、わたしと梁井先輩は彼氏彼女として毎朝一緒に登校している。けれどそれだって、わたしから誘いかけたことだ。

 わたしが誘わなければ、梁井先輩から声をかけられることはない。ラインもデートの誘いも全部わたしから。わたしが誘わなければ、梁井先輩との関係は自然消滅する。それくらい、わたしへの彼の態度は冷めている。

 今だって、自分のペースですたすたと歩いていく梁井先輩は、みなみ先輩のことを考えているんだろう。

 形式的には恋人同士でも、わたしの想いはいつだって一方通行だ。どれだけ追いかけても、わたしの気持ちは報われない。それでも、追いかけずにはいられない。

 たとえ一方通行の想いだったとしても、わたしは梁井先輩が好きだから。

 小走りで追いかけてシャツの背中ぎゅっと捕まえると、振り向いた梁井先輩と目が合った。こうして無理やり引き止めなければ、彼はわたしを見てくれない。付き合っているはずなのに、視線を合わすことすらままならない。

 どれだけ隣にいたって、わたしと梁井先輩の心の距離は縮まらない。いつまでもずっと、一定の距離を保って離れたままだ。

 胸が痛い。こんなのがずっと続くなんて耐えられない。

 そう思うのに、わたしは梁井先輩の《彼女》のポジションをどうしても手離せない。

「南?」

 唇を噛んでうつむくと、梁井先輩がわたしの顔をそっと覗き込んできた。

「どうかした?」

 梁井先輩の声に、ほんの少しだけ気遣いの色が浮かぶのがわかる。

 いつもわたしに興味も関心もないくせに。こんなときばかりわたしを見てくれる。気まぐれな梁井先輩の優しさが痛かった。

「何も。夏休み、楽しみだなーって」

 顔を上げると同時にパッと明るく笑って見せると、梁井先輩が無言でわたしを見つめてから、わずかに首を横に傾けた。

「あー、うん。そうだな」

 曖昧に頷く梁井先輩の声は、わたしと過ごす夏休みに少しも興味なさそうだし、若干面倒臭そうだ。

「夏休みの行き先の候補、わたしがいくつか考えといていいですか?」
「いいよ、どこでも」
「よかった。楽しみにしてますね」

 鈍感なフリをして笑うと、梁井先輩が、ふっと息を漏らしてわたしに背を向けた。

 梁井先輩は自分からデートに誘ってくることはないけれど、わたしが誘えばどこでも付き合ってくれる。わたしとデートしててもちっとも楽しそうじゃないけど、「みなみ」という記号なまえを呼べば、胸に燻るみなみ先輩への気持ちが紛れるのかもしれない。

 だとしたら、梁井先輩はひどい。

 それを知ったわたしがどんな気持ちになるか、少しくらいは想像しなかったのかな。それとも梁井先輩は、本物の「みなみ」以外はどうだっていいのかな。

 前を歩く梁井先輩の艶やかな黒髪が揺れるのを、切ない気持ちでじっと見つめる。

 梁井先輩が好きだ。

 陰のある雰囲気の綺麗な顔も。やる気なく喋っているようにしか聞こえない話し方も。いつも遠くばかり見ている黒の瞳も。体温の低い長い指も。わたしを拒絶するみたいな背中も。短めな襟足も。

 わたしに見えてる梁井先輩が、全部好き。

 だけど、梁井先輩はそうじゃない。

 できることならわたしは、あなたが好きな彼女みなみになりたい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。 前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...