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彼女になれないわたしの恋のおわり
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しおりを挟む胸の圧迫感に逆らうように深呼吸すると、わたしは浴衣の裾を膝下から両手で左右に分けて託し上げた。
大股二歩で車道と仕切るガードレールに近付くと、下駄を脱ぎ捨てる。ガードレール同士を繋ぐ支柱に片足を載せて、勢いよくそこに乗っかって立つと、通行人たちが少しざわめいた。
浴衣姿で急にガードレールに立ったわたしを、ほとんどの人が見て見ぬフリで通り過ぎていく。車道を紺のミニバンが走り抜けて行き、首の後ろと浴衣の裾を捲り上げた膝の裏に風を感じる。
「危な……」とつぶやく他人の声が聞こえたけれど、どうでもよかったし、危険なことをしている高揚感が苦しかった胸の圧迫感を取り除いてくれた。
背筋を伸ばしてピンと立つと、相変わらずわたしに気付かない梁井先輩の背中が見える。その背中を睨むようにじっと見つめながら、わたしは思いきり息を吸い込んだ。
「アイちゃん……!」
白のTシャツを着た梁井先輩の背中に向かって、思いきり叫ぶ。みなみ先輩が彼を呼ぶときの愛称で。
わたしが呼んだ瞬間、梁井先輩がビクッと肩を揺らして振り返る。わかってはいたけど、あまりに予想通りすぎる梁井先輩の反応に絶望した。自分が頑張ってきたことの無意味さに、しがみつこうとしてきたものの無稽さに泣きたくなった。
やっぱり梁井先輩が振り向くのは、みなみ先輩だけなのだ。
「バカみたい……」
みなみ先輩の姿を探して周囲を見回している梁井先輩を、虚無の目で見つめる。
彼が求めているのはわたしじゃないのに。そんな人を今この瞬間も好きだと思っているなんて。ほんとうに、バカみたいだ。
しばらくすると、梁井先輩がガードレールの上に立っているわたしに気付く。少し離れた場所で驚いたように目を見開く彼と視線が交わった。
「南……!?」
今さらわたしに気付いてくれても、ちっとも嬉しくないのに。河川敷に向かって歩く人の流れに逆らって、梁井先輩がわたしのほうに戻ってくる。
珍しく必死の形相で駆けてくる梁井先輩を見つめながら、わたしは心を決めていた。もう、終わりにしようって。
そばに駆け寄ってきた梁井先輩が、わたしを見上げる。
パーツのバランスが整った彼の綺麗な顔を見下ろしながら、わたしは目を細めてふっと息を吐いた。
「梁井先輩。やっぱりわたしは、『みなみ』じゃなくて、南 唯葉として好きな人の隣にいたいです」
わたしの言葉に、「は?」と梁井先輩が眉根を寄せる。
きっと、梁井先輩はわかってない。
わたしが梁井先輩の気持ちに気付いていたことも、必死でみなみ先輩の真似事をしていたことも。わたしが、今どんな気持ちでここに立っているのかも。
「だから、サヨナラしましょう」
そう言って口角をあげたとき、車道を小型のトラックが高速で走り抜けていって。その風圧に煽られたわたしの体が、ガードレールの上でぐらりと揺れた。
「南……?」
目を見開いた梁井先輩が、咄嗟にわたしの手首をつかむ。こんなときなのに、素肌に触れた梁井先輩の指先の温度にドキッとした。もう全部、終わりにするって決めたのに。
梁井先輩に腕を引かれて、ガードレールから歩道側に倒れるように落ちる。
「きゃっ!」と周囲から悲鳴のような声が聞こえて、わたしの身体は正面から梁井先輩に抱き止められた。
甘いムードも何もない。梁井先輩の腕に初めて包まれたのが救護目的というのもなんだか虚しいけど。胸に頭をぐっと押し付けるように引き寄せられて、ドキドキした。
「何やってんの。危ないんだけど。サヨナラしましょうってなんだよ。車道に落ちて死ぬ気?」
梁井先輩の声は少し震えていて。彼の左胸は、驚くほどの速さでドクドクと脈打っていた。
わたしの行動に焦っただけだと思うけど、最後に心配してもらえたことは嬉しい。梁井先輩のほうから、抱きしめてくれたことも……。たとえ、そこに特別な気持ちがなくても。
数秒だけ幸せを噛み締めてから、名残惜しくなる前に梁井先輩の胸をそっと押し返す。
「何言ってるですか、先輩。まさか道路側に落ちるわけないじゃないですか」
にこっと笑いかけると、梁井先輩が戸惑ったように眉尻を下げた。
「わたしはただ、少しでいいからこっちを向いて欲しかっただけです。梁井先輩にフラれたくらいで死んだりしません。いくらわたしが先輩を好きだからって、自惚れないでください」
「……」
笑顔でそう言うと、梁井先輩が綺麗な顔を微妙そうに引き攣らせる。梁井先輩は、何も言わない。ただ、すごく返答に困っているみたいだった。
「心配しないでください。もう、やめますから。みなみになるのも、好きでいるのも……。短いあいだだったけど、梁井先輩の彼女になれて嬉しかったです」
ほんとうは声を出すのだって苦しかったけど、最後は頑張ってちゃんと笑った。
梁井先輩の想う「みなみ」にはなれなかったけど、せめて彼の心の隅に南 唯葉の綺麗な断片が残るように。
わたしはもう、みなみ先輩の代わりではいられないから。そばにいるのが苦しいくらい梁井先輩のことが好きになってしまったから。
わたしはわたしが始めた恋を、ここで終わらせようと思う。
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