One-sided

碧月あめり

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彼女が知らないおれの恋のおわり

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 玄関のドアを開けると、暑くて気怠い夏の午後の空気が肌に纏わりついてきた。

 昨夜はうまく眠れなかった。熱帯夜だったし。あとはたぶん、後輩の彼女と出かけた花火大会で花火を見ないままに帰ってきたから。

 部活でいつものように走れるだろうか。寝不足なせいで体が怠くて、軽量なはずのスニーカーを履いた足が鉛みたいに重い。

 照り付ける日差しに目を細めながら駅に向かってダラダラ歩いていると、背後から軽快な足音が聞こえてくる。

「おはよう、アイちゃん。陸上部も午後練なんだね」

 後ろからおれの肩をぽんと叩いて隣に並んだのは、同じ高校に通う幼なじみ、喜島 みなみだ。

 みなみとは幼稚園の頃からの付き合いだが、彼女は暑いときも寒いときも、常にテンションが一定で元気だ。たまに疲れないのかなと思うけど、それがみなみの通常運転らしい。おれは昔から、そんな彼女のことが嫌いじゃない。

 日差しも気温もクソ暑いのに、涼しげな表情で軽やかに歩くみなみを見つめていると、彼女がふと思い出したように振り向いた。

「そういえばさ、昨日の花火大会は楽しかった?」

 首を傾げたみなみの栗色の髪がふわっと揺れる。三日月型に細められたみなみの目は、後輩の彼女と花火大会に行ったおれを揶揄う気満々だった。みなみのニヤケ顔に、おれは少しだけ気分を害する。

 できれば、花火大会の話はあまりしたくなかった。

「さあ、見てないから」

 ぼそっと答えて歩を速めると、みなみが「はあ?」と叫んで、追いかけてくる。

「見てないってどういうこと?」
「河川敷に向かって歩いてる途中で別れた。ていうか、フラれた?」

 花火を見るために河川敷に向かう途中。突然、ガードレールの上に立って「サヨナラしましょう」と告げてきた、昨日まで彼女だった女の子のことを思い出す。

 少しでいいから振り向いて欲しかったと訴えてきたくせに、おれにフラれたぐらいでは死なないと言う彼女は、最後に何かが吹っ切れたような顔で笑っていた。

「何それ。南さん、浴衣着てきてたじゃん。絶対花火大会楽しみにしてたはずなのに、そんな子に行く途中でフラれるって……。アイちゃん、何かよっぽどひどいことしたんでしょ」
「ひどいこと……?」
「ほら、そういうとこだよ。アイちゃん、ぼーっとしてて気が利かないから。南さん、可愛い子だったのにもったいない」

 幼なじみがフラれたというのに、みなみは一方的におれの非ばかりを責めてくる。

 彼女だった後輩の名字は南といった。「南」としか呼んだことないから、下の名前がなんだったかあやふやだけど。ヤ行で始まる、ちょっと呼びにくい名前だった気がする。みなみの言う「ひどい」ってこういうとこか。

 たしかに、ひどいかもしれない。仮にもあの子はおれのことを好きだと思ってくれてたんだから。

 だけどみなみが言うように、別れて勿体無いとはあまり思わない。一ヶ月も付き合ったのに、南の顔の印象は薄い。

 可愛いかった、のかな……? 

 どうなんだろう。告白されたときは、もっと違う雰囲気だったような気がするのに最近のあの子は髪型もメイクも全部みなみに似てた。

 でも、おれに別れを告げるとき、あの子は言っていた。   

 もう、みなみになるのはやめるって。


 いつからバレていたんだろう。

 おれが、幼なじみの喜島みなみが好きなこと。みなみの彼氏に、いつも嫉妬の眼差しを向けていたこと。

 あの子は、みなみが気付いていないおれの気持ちを見抜いてた。そのうえで、みなみの代用品としておれのそばにいようとしていたのだろう。

 おれの隣を歩いていたときの、あの子の栗色の髪が揺れるさまや、あまり似合っていなかった濃い目のアイメイク。少しくらい黙ってくれればいいのにと思っていた一方的なおしゃべり。そういう部分的なことは記憶に残っているけれど、それは全部みなみを真似た虚像で。あの子がほんとうはどんな子だったのか、おれには全くわからない。

 そんなだから、きっと遅かれ早かれ別れてた。おれはあの子と付き合っているときも、ずっとみなみが好きだったから。

 それなのに、あの子に別れを告げられて昨日の夜うまく眠れなかったのは……。未だに少し気怠いのは、あの子の別れ話のやり方が唐突であまり類を見ない方法だったせいだ。

 あとは、気温と日差しの暑さのせい。

 あの子に興味も未練もないはずなのに、胸がざらついて、いつもより少しだけ息苦しい。

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