One-sided

碧月あめり

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彼女が知らないおれの恋のおわり

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 そのまま不快感を解消できないままに帰宅していると、家の最寄り駅を降りたところで後ろから誰かにポンッと肩を叩かれた。

「アイちゃん、お疲れ」

 振り向くと、みなみが首を横に傾げながらにこっと笑いかけてくる。普段なら、気分が落ち込んでいるときにみなみに明るく笑いかけられたら多少は気分が晴れる。だけど今日は、みなみに隣で話しかけられてもあまり心が揺れなかった。

「どうしたの、アイちゃん。今日はいつもに増してテンション低いね」

 挨拶も返さないおれの肩を、みなみがバシバシと遠慮なく叩いてくる。対照的に、みなみのほうは、いつにも増してテンションが高い。ちらっと横目に見ると、目が合った彼女がニヤッとした。

「あたし、わかっちゃったかも。アイちゃんがテンション低い理由」
「は?」
「南さんが原因でしょ」

 今ここで、みなみがあの子の名前を持ち出してくる意味がわからない。眉根を寄せると、みなみが今度は慰めるようにおれの肩をぽんっと優しく叩いてきた。

「アイちゃんも見ちゃったんでしょ。南さんが弓岡くんと仲良くふたりで下校してるところ」

 みなみの言葉に右側の瞼がヒクリと痙攣した。

 おれは直接見かけなかったけど、あのあとやっぱり南は弓岡と一緒に下校したらしい。ふと、顔を赤くしてうつむく南の横顔が脳裏をよぎり、眉間に力が入った。

「アイちゃんが南さんと別れて、そろそろ二ヶ月だっけ? それだけの期間が空けば、新しい彼氏もできるか。でもサッカー部の弓岡くんて爽やかで優しくて話しやすくて、アイちゃんとは真逆のタイプだよね。アイちゃんみたいな無愛想なタイプと付き合ってたら、ああいう明るくて優しい人と付き合ってみたくなっちゃうのかなー」

 みなみがそう言って、ははっと笑う。思ったことを何でも口にするのはみなみの良いところだし、悪気がないこともわかっているけど……。今のみなみの言葉は、平気な顔で無視できない。

「悪かったな。根暗で冷たくて無愛想で」

 低い声でぼそっとつぶやくと、さすがのみなみも不穏な気配を感じたのか「そこまで言ってないって」と苦笑いでフォローを入れてきた。

「無愛想で年中テンション低いけど、アイちゃんは顔がいいからモテるじゃん。南さんと別れてから告白増えてるんでしょ。噂は聞いてるよ。すぐに南さんのこと忘れられるくらいの可愛い彼女ができるよ」

 みなみがおれの肩を軽く叩いてヘラヘラと笑う。みなみの言葉に悪気はない。元カノに彼氏ができたおれを励まそうとしてるんだってこともわかる。

 だけど、すぐ忘れられるとか、可愛い彼女ができるとか、勝手で無責任すぎるみなみの言葉にイライラした。

 小さい頃から近くにいすぎて異性として意識されてないんだろうけど。それにしても、みなみはおれの気持ちをなんだと思ってるんだろう。

 そもそもおれと南が付き合うことになったキッカケは、あの子の名前がみなみと同じだったからだし。あの子と別れたのは、おれがみなみへの片想いを拗らせていたせいだ。

 おれのみなみへの想いがなかったら、おれはあの子と関わり合うことすらなかったかもしれない。

「みなみに、簡単に忘れられるとか言われたくない」

 立ち止まってジッと睨むと、みなみが少したじろいだ。

「そ、っか。そうだよね……。好きな気持ちを簡単に忘れるなんてムリだよね……」

 昔からおれに対してはズバズバと遠慮なくものを言うみなみが、うつむいて声のトーンを落とす。みなみが珍しくシュンと落ち込むのを見て、言い方がきつかったかと少し反省した。

「悪い。今のはただの八つ当たり」
「ううん。ごめん、あたしもしつこく言いすぎた。アイちゃんと別れてすぐに別の男子と仲良さそうにしてる南さんのこと見て、焦ったって言うか不安になったんだ」

 意味がわからず首を傾げると、みなみの顔が急に泣きそうに歪む。

 子どもの頃から、みなみはよく笑う子だった。近所に住んでるからってだけで、あまり社交的じゃないおれのことを気にかけて遊んでくれた。周りにいつも友達がいっぱいいて、明るくて男からも好かれるほうで。泣いたことも、泣きそうになったこともない。少なくとも、おれの前では。

「なんで? 何かあった?」

 戸惑い気味に訊ねると、みなみは泣きそうな顔のまま、へらりとおれに笑いかけてきた。

「なんかって言うか。あたし、昌也と別れるかも」
「は?」

 みなみの言葉がにわかに信じられなかった。だって、みなみと彼氏の門倉はいつもすごく仲がいい。今朝だって一緒に登校しているところを見かけたし、ふたりの関係は順調そうだった。それなのに、どうして……。

「昌也ね、最近あたしのこと好きかどうかよくわからなくなったんだって。話も合うし一緒にいて楽しいけど、それが恋愛感情なのか最近わかんないって。だから、一緒にいる時間を少し減らしたいって言われた」

 ハハッと笑うみなみの頬は引き攣っていて。みなみが門倉の言い分に納得してないんだってことも、あいつのことが好きなんだってこともはっきりと伝わってくる。

「みなみは、それに何て言ったの?」
「最初は嫌だって言ったよ。昌也の態度だって今朝まで普通だったから、半分冗談なのかなって。でも、話してるうちに本気だって気が付いて……。そうしたら、わかったって言うしかなかった」
「……そうか」

 みなみの話を聞きながら、もしかしてこれはチャンスなのかなって一瞬思った。

 門倉のことを相談されたってことは、おれも多少はみなみに頼りにされてるんだろう。弱ってるところに付け込むのは卑怯かもしれないけど、今おれが長年募らせてきたみなみへの想いを伝えたらもしかしたら……。

 みなみの横顔をじっと見つめて考えていると、彼女がおれのほうを振り向いて哀しそうに笑いかけてくる。

「やっぱり、アイちゃんにしとけばよかったのかな……」
「……、え?」
「アイちゃんて、ほんとうはあたしのこと好きでしょ」

 ドキッとした。顔を強張らせるおれを見て、みなみがふっと目を細める。


「南さんも弓岡くんといい感じになってるみたいだし。あたしとアイちゃんも付き合ってみる?」

 横髪を指で掬って耳にかけながら、みなみがおれを誘うように首を横に傾ける。口角をあげて微笑む彼女の表情は、艶めいて大人っぽくて。おれが知っている、明るくていつでもテンションの高いみなみとはまるで違っていた。

 ゴクッと、唾を飲み込んだ喉が鳴る。

 なんだ、それ——。言葉が出なかった。

 おれは、ずっとみなみのことが好きだった。みなみ以外は目に入らなかったし、そのせいで一ヶ月付き合った南の気持ちも振り回した。

 今、みなみは仲の良かった彼氏と別れそうになっていて。みなみのほうから、付き合おうっておれに誘いかけてくれている。ずっと気付かないと思われていたおれの気持ちだって、バレていた。

 ここで、おれが「好きだ」って打ち明ければ。「付き合いたい」って頷けば、みなみは幼なじみではなくて、おれの彼女になる。だけど……。

 みなみはおれのことが好きで「付き合ってみる?」と訊いてきたわけじゃない。彼氏と別れそうだから、淋しいから。みなみがおれに求めてきたのは、彼氏の代わりの拠り所。

 ふっと一瞬、南の顔が浮かんで。今さらになって、自分があの子にどんな想いをさせていたのか理解した。

 あの子はたぶん、みなみの代わりでもいいと思うくらいおれのことを好きだと思ってくれていて。おれはその気持ちを見てみないフリして、みなみの代わりに一生懸命そばにいようとしてくれていたあの子の優しさに甘えてた。

 今みなみがしようとしていることは、おれがあの子にしていたことと同じ。おれはみなみが好きだけど……。あの子みたいには優しくない。優しくないから、みなみのせっかくの誘いを受け取れなかった。

「おれ、みなみとは付き合わない。みなみのことは好きだけど、恋愛感情とかそういう意味の好きじゃない」
「……、そっか。ごめん、あたしってば勘違い」

 一瞬驚いたような顔をしたみなみが、気まずそうにハハッと笑う。泣きそうな、恥ずかしそうな、複雑そうな表情のみなみの横顔を見つめながら、おれは思ったよりも冷静な自分に驚いていた。

 みなみに対して恋愛感情がないなんて、嘘だ。

 おれはみなみのことが好きだった。思ったことをズバズバ言ってしまう無神経なところも。人目も気にせず大きな口で笑うところも。ちょっとうざくなるくらいいつもテンションが高くてノリがいいところも。人懐っこくてすぐに誰とでも仲良くなれるところも。おれが知ってるみなみの全部。だけど……。

 好きなやつの代わりにおれと付き合おうとするみなみにだけは心が揺れないから。

 おれはずっと拗らせてきたこの恋を、ちゃんと終わらせようと思う。
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