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彼女が知らないおれの恋のおわり
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部活終わりに校庭の水道で顔を洗っていると、背後でジャリッと地面を蹴る音がした。
反射的に振り向くと、陸上部の一年の小林が「お疲れさまです」と頭を下げてきた。おれと同じ短距離の選手で、たまに休憩中に言葉を交わす。人当たりがよくて、おれみたいに無口で無愛想なやつにも、遠慮なくにこにこ話しかけてくるタイプの女子だ。社交性の高さは、みなみに似ているところがあるかもしれない。
「お疲れ」
横にずれて場所を開けると、隣に立った彼女がふふっと笑いかけてきた。
「梁井先輩、顔濡れたままですよ」
「あ……」
顔を洗ったときに濡れた前髪から、水滴がぽたぽたと落ちて目の横を流れてくる。前髪を掻き上げながら肩に手を伸ばしたら、いつもそこにかけているはずのフェイスタオルがなかった。
「あ」と、また小さくつぶやくと、小林が笑いながら自分の持っていたタオルを一枚差し出してくる。
「これ、どうぞ。まだ使ってないやつなんで」
「あ、うん。ありがと……」
「どういたしまして」
小林からタオルを受け取って、額にあてる。そのとき、少し離れたところから「南ー!」という声が聞こえてきた。思わず顔を上げて振り向くと、おれたちの後ろにいた南と一ヶ月以上ぶりに目が合う。
南はタンク型の大きな水筒を両手に抱えて立っていて。小林と並んでいるおれを見て顔を引き攣らせている……、ような気がした。
「あ、……」
「南ー!」
これは、別に違う。南に対してついそんな言い訳をしそうになったけど、それは彼女の後ろから走ってきた弓岡の声によって形になる前に潰された。
「南、それ半分手伝う」
南に追いついた弓岡が、彼女の手から水筒をひとつ取り上げる。
「でも、これはマネージャーの仕事なので……」
南の視線が、おれから弓岡に移動する。
「誰の仕事とかないって。おれらが使ってるやつなんだし」
「でも……」
ひさしぶりに聞く南の声は思っていたよりも高くて。弓岡に対して遠慮がちに話す南の口調は、おれの隣にいたときよりもおっとりとしていて。
おれの知ってた南はこんなだったっけ、と衝撃を受けた。おれと付き合っていたときのあの子はもっと……。
思い出そうとした南の印象は、見た目も笑顔も話し方も全部、幼なじみの喜島みなみと重なる。それだけ、あの子はみなみになろうと頑張ってたってことで。それだけ、おれはあの子のことをちゃんと見てなかったってことだ。
「弓岡先輩、やっぱりわたしが洗いますから」
「いいよ、手伝うって」
ぼんやりと見ていると、南が弓岡と水筒の取り合いを始める。
「先輩、それはわたしの仕事なので。早く着替えて来てください」
眉をハの字にしている南から何度も水筒を取り上げる弓岡は、彼女の困っている顔を見るのが楽しいのか、からかうみたいにけらけら笑っている。
「そこまで言うなら、マネージャーの仕事手伝う分のお礼ちょうだいよ」
「お礼?」
「今日、ふたりで一緒に帰ろう」
南に誘いかける弓岡の少し甘い笑顔。それを見た瞬間に悟った。弓岡は南狙いなんだ、って。
いつからだろう。おれが南と別れたのを知って、チャンスを狙ってたのか……?
「南、いい?」
弓岡が近すぎるだろって思うくらいの距離で、南の顔を横から覗き込む。
「いい、ですけど……」
弓岡の誘いに頷く南の顔は、数ヶ月前におれに告白してきたときと変わらないくらい真っ赤になっていて。ヒクリと、右側の瞼が引き攣った。
あの子は、相手がおれじゃなくてもあんな顔をするんだな。
付き合った一ヶ月間、必死でみなみの真似事をしておれの気を惹こうとしていたくせに。ひとたび熱が冷めてしまえば、それで終わりだ。別に自分だけがあの子の特別だったわけじゃない。
小林と一緒にいるところを見られて、一瞬焦って言い訳しようとした自分が急にバカみたいにに思えた。南は、もうおれから離れて違う道に進み始めてる。
「梁井先輩? どうかしました」
顔も拭かずにぼーっとしているおれを見上げて、小林が不思議そうに首を傾げる。
「別に。タオル、洗って返す」
「そんなの、別にどっちでいいですよ」
小林がなにか言っていたけど、おれは借りたタオルで顔を拭いて速足でその場を去った。
背後で響く弓岡と南のじゃれ合う声が耳に不快で。南の声が、どこか弓岡に媚びているようにも聞こえてきて。最高に胸糞が悪かった。
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