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7.わかったかもしれません。
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「衣奈ちゃん、おれ、二回も自分から死のうとしたの……?」
アキちゃんが帰ったあと、由井くんが震える声で問いかけてきた。
アキちゃんの話を聞いてから、由井くんは真っ白な顔で部屋の隅にずっとうずくまっている。
その姿が、駅のホームの白線の外側で座り込んで震えていた、現実に見た由井くんの姿と重なって、ぎゅっと胸が詰まった。
「それは、わからないよ。アキちゃんが言ってたのは、あくまでも青南学院の一部の人たちのウワサでしょ」
由井くんの前に座って慰めの言葉をいろいろとかけてみるけれど、ダークモードに入ってしまった彼の耳に、わたしの言葉が届いているかはわからない。
アキちゃんから中条 瑛士や事故の話を聞いた由井くんは、その話からなにかを思い出したというわけではないらしい。
それでも、自分が二度も自ら命を絶とうとしたかもしれない事実に衝撃を受けて落ち込んでいるみたいだった。
「衣奈ちゃん、おれ、どうして自分がなにも思い出せないのか、元の体に戻れないのか、ちょっとわかったかもしれない……」
「え?」
「この前、おれの兄だっていう人に会ったとき、あの人言ってたでしょ。元々のおれは、髪型とか服装には無頓着なタイプだった、って。こんなふうになる前のおれはきっと、ダサくて暗くて、中条ってやつらにいじめられてて、死にたがってたんだよ」
「そんなこと――」
「どんな話を聞いても誰と会っても自分のことをなにも思い出せないのは、病院にいるほんとうのおれが目を覚ましたいなんて思ってないからだ。だからおれと衣奈ちゃんは、どうやったら元の身体に戻れるかじゃなくて、どうやってユーレイ状態になってるこの身体を消滅させられるかを考えたほうがいいかもしれない……」
落ち込んだ顔でネガティヴな発言ばかりする由井くんからは、どんよりとした暗いオーラが漂ってくる。
由井くんはさっきからずっとマイナスなことばかり言うけど、わたしはアキちゃんが大野くんから聞いてきた話が全て事実だとは思わない。
衝撃的な話にドキッとはしたけど……、わたしがユーレイ状態になる前の由井くんを駅のホームで助けたとき、彼は言ってくれたのだ。
『ありがとうございました』って。
あのときの由井くんは、もしかしたらなにか悲しくてつらいことがあって、全てを捨てようと考えていたのかもしれない。
でも、わたしに謝罪とお礼を言ってくれたときの彼は、どこかほっとしたような目をしていた。
あのときの由井くんは絶対に、早まらなくてよかったと思っていたはずだ。
それに……、見た目が地味だった由井くんが髪型や服装を変えて、今の爽やかイケメンな見た目になったのは、自分に自信をつけて、もう一度わたしに向き合おうと思ってくれていたからではないの――?
そんなふうに前向きな努力ができていた人が、自分から車に飛び込むなんて考えられない。というより、考えたくない。
「由井くんは、死にたがってなんかないよ……。だって、もし死にたがってたなら、わたしになんか会いに来ないじゃん」
全てを忘れてしまった由井くんが、駅のホームで助けたわたしのことだけを覚えていて、ユーレイ状態でもわたしに会いに来てくれた。
そのことに、どうか前向きな理由があってほしい。
もし、由井くんがまたわたしの助けを必要として会いに来てくれたのなら……。ホームでうずくまって震えていた由井くんの手をとったときみたいに、もう一度彼の手を握りしめたい。
部屋の隅で、背中を丸めて小さくなっている由井くんの手に手を伸ばす。
だけど、わたしの手は半透明の彼の手をするりと通過して……。あのときのようには、つかめない。
冷たかったけれど、たしかな温度があった、彼の手には触れられない。そのことが、どうしようもなく、もどかしくて仕方がない。
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