73 / 80
9.君にちゃんと触れたいです。
1
しおりを挟む由井くんが、消えた。
心臓がバクバクとなって、その事実を受け入れるのにしばらく時間がかかった。
さっきまでたしかにここにいたはずなのに。由井くんの身体が、わたしの目の前で煙のように溶けてしまった。
『衣奈ちゃ……、た……、けて――』
最後に聞こえた由井くんの掠れた声が、縋りつくような苦しそうなまなざしが……。
残像になって、目の前でチカチカとする。
どうしよう……。どうしたらいいんだろう……。
あんなに苦しそうだったのに。助けてって、わたしに訴えかけていたのに……。
どこに行ってしまったんだろう。
それとも、今まで視えていたことが全てわたしの幻覚や妄想だった――?
パニックになった頭がそんなことを考え始め、ブンッと大きく首を振る。
違う。
もう一ヶ月近くわたしに憑いてきていた由井くんは、幻覚でも妄想でもない。
初めて会ったのに、『衣奈ちゃんを好きなことしか覚えてない』とか、訳のわかんないこと言ってきて。
勝手に憑いてきて、離れられなくなったとか言うし。
クレイにめちゃくちゃ嫌われてて、そのせいでわたしはもう一ヶ月もクレイに触れてないし。
思い込みが激しくて、アキちゃんのこと操ってわたしと付き合わせようとするし。
根がネガティヴなのか、繊細なのか、一度落ち込んだらしつこくて、真っ暗オーラを出しまくるからこっちまで憂鬱になりかけるし。
だけど、わたしが危ない目にあったときは助けてくれるような優しいところがあるし。
わたしのためにイメチェンしたって聞いたときは、一途でかわいいなって少しほわほわしちゃったし。
笑った顔やふと見せる表情はとても綺麗で、たまにドキッとさせられちゃうし。
水族館のデートは楽しくて。次の約束をしてくれたことも嬉しかったし。
あんなに世話が焼けて、迷惑で……。わたしの心を揺さぶる人が、幻覚や妄想なわけがない。
「そうだ、病院……」
面会受付終了まで、まだ時間がある。
ユーレイ状態になっていた由井くんの意識がどうして消えたのかはわからないけれど、彼の身体は目の前の由井原総合病院の個室で眠っているはずだ。
うまく力が入らない足を必死に踏ん張ると、病院に向かって急ぐ。
受付を済ませて由井くんの病室に向かうと、いつも閉まっているスライドドアが開いていた。
誰か来ているのかな……。
そっと部屋を覗き込んだ次の瞬間、ドクンと胸が鳴る。
広い個室の中央に置かれたベッド。そこに眠っているはずの由井くんがいなかった。
病室の白い掛け布団は綺麗に半分に折り畳まれていて、そこに人が寝ていた気配はない。
どこに行ってしまったんだろう。
不安で、ぎゅっと胸が押しつぶされそうになる。
ナースステーションで誰かに聞けば、由井くんの居場所を教えてもらえるだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる