今日も、由井くんに憑けられています…!

碧月あめり

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9.君にちゃんと触れたいです。

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 由井くんが、消えた。

 心臓がバクバクとなって、その事実を受け入れるのにしばらく時間がかかった。

 さっきまでたしかにここにいたはずなのに。由井くんの身体が、わたしの目の前で煙のように溶けてしまった。

『衣奈ちゃ……、た……、けて――』

 最後に聞こえた由井くんの掠れた声が、縋りつくような苦しそうなまなざしが……。

 残像になって、目の前でチカチカとする。

 どうしよう……。どうしたらいいんだろう……。

 あんなに苦しそうだったのに。助けてって、わたしに訴えかけていたのに……。

 どこに行ってしまったんだろう。

 それとも、今まで視えていたことが全てわたしの幻覚や妄想だった――?

 パニックになった頭がそんなことを考え始め、ブンッと大きく首を振る。

 違う。

 もう一ヶ月近くわたしに憑いてきていた由井くんは、幻覚でも妄想でもない。

 初めて会ったのに、『衣奈ちゃんを好きなことしか覚えてない』とか、訳のわかんないこと言ってきて。

 勝手に憑いてきて、離れられなくなったとか言うし。

 クレイにめちゃくちゃ嫌われてて、そのせいでわたしはもう一ヶ月もクレイに触れてないし。

 思い込みが激しくて、アキちゃんのこと操ってわたしと付き合わせようとするし。

 根がネガティヴなのか、繊細なのか、一度落ち込んだらしつこくて、真っ暗オーラを出しまくるからこっちまで憂鬱になりかけるし。

 だけど、わたしが危ない目にあったときは助けてくれるような優しいところがあるし。

 わたしのためにイメチェンしたって聞いたときは、一途でかわいいなって少しほわほわしちゃったし。

 笑った顔やふと見せる表情はとても綺麗で、たまにドキッとさせられちゃうし。

 水族館のデートは楽しくて。次の約束をしてくれたことも嬉しかったし。

 あんなに世話が焼けて、迷惑で……。わたしの心を揺さぶる人が、幻覚や妄想なわけがない。

「そうだ、病院……」

 面会受付終了まで、まだ時間がある。

 ユーレイ状態になっていた由井くんの意識がどうして消えたのかはわからないけれど、彼の身体は目の前の由井原総合病院の個室で眠っているはずだ。

 うまく力が入らない足を必死に踏ん張ると、病院に向かって急ぐ。

 受付を済ませて由井くんの病室に向かうと、いつも閉まっているスライドドアが開いていた。

 誰か来ているのかな……。

 そっと部屋を覗き込んだ次の瞬間、ドクンと胸が鳴る。

 広い個室の中央に置かれたベッド。そこに眠っているはずの由井くんがいなかった。

 病室の白い掛け布団は綺麗に半分に折り畳まれていて、そこに人が寝ていた気配はない。

 どこに行ってしまったんだろう。

 不安で、ぎゅっと胸が押しつぶされそうになる。

 ナースステーションで誰かに聞けば、由井くんの居場所を教えてもらえるだろうか。
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