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一章 僕は彼女を忘れない

13 創作の手伝い、再挑戦

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 土曜日に、もう一度、篠崎あいらの小説創作に協力する――。
 先週の失敗はしたくないから、情報収集に努めよう。

 ソースには、彼女のために登録した女子用AVサイトが適している。
 無料コンテンツを中心に勉強した。教師と教え子、医者と患者。するまでの話が本当に長い。夜の会社でイケメン上司に襲われるヤバい話もある。こういうのが女子向けにあるということは、襲われ願望があるのか? いや、犯罪はダメだ。
 一番近いのは、ただの友達からやるパターンだが……厳しい。セリフが臭すぎる。

 ――俺、本当は、ずっと前からお前が好きだった

 ごめん、あいら。嘘は言えない。言いたくない。
 君のことは嫌いじゃないし、可愛いと思うし、したいと思うが……でも、好き、とは違う。

 ケーキは買わなかった。また甘い物で被りたくない。宗太のアドバイスは半分だけ採用する。
 もちろん物理実験レポートは用意してある。一人で全部仕上げてもいいが、考察部分は空白にした。部屋に呼ぶ口実に過ぎないが、一緒に仕上げた、というポーズは取りたい。
 振り子の実験だから、実験テキストのほかに、力学講義の教科書を準備しておく。参考になる解説サイトや動画を、タブレットのお気に入りに登録した。


 この感じは久しぶりだ。青山星佳を自宅に呼んだ時を思い出す。
 星佳は、実家のピアノルームが好きで、よく歌の練習に来ていた。もちろん僕が伴奏をする。発声練習から手伝った。
 僕は、交響曲やピアノ協奏曲などのオーケストラが好きで、歌はオペラのアリアしか知らなかった。
 日本やヨーロッパの古典歌曲を聴くようになったのは、星佳と付き合ってからだ。

 星佳の美声に、安易に「上手いね」とは言いたくなかった。上手いのは当たり前だ。そんな賛辞、彼女は聞き飽きているだろう。
 彼女の声の本質、作曲者の狙いを掴んだ上で、的確なコメントを言ってあげたかった。

 僕らは一度も喧嘩しなかった。僕らは誠実に互いを高めあってきた。なのに……なぜ星佳は僕のもとを去った?

 星佳を思い出していると、インターフォンが鳴った。
 小さなモニターに篠崎あいらが映っている。先週と同じ、オレンジ色のワンピースだ。大学で見かける彼女とは違う。

「あ、私、篠崎です」

 微かに声が震えている。僕は、オートロックの解除ボタンを押した。


「お邪魔します」

 あいらが俯いたまま、玄関で紙袋を差し出した。またケーキの箱かと覗くと、タッパーが入っていた。中はよく見えないが、小麦色の物体に黒いブツブツが混じっている。

「三好君。甘いの好きかなって……良かったら……」

「あいらが作ったの?」

 彼女がコクンと頷いた。
 手作りスイーツ……中学高校と女子からよく手作りスイーツをもらった。星佳に分けようとしたが、「マサ、私がいただくわけにいかないわ。あの子たちの気持ちは、あなたが受けとめるべきよ」と言われ、家に持って帰ったんだ。

「ありがとう。一緒に食べようか」

 タッパーから、手作りスイーツを取り出す。レーズンの入った蒸しケーキだ。適当な大きさに切って分けた。
 今回は被らなくてよかった。
 ローテーブルに、彼女が持ってきた蒸しケーキを仲間に加える。

「三好君、料理男子なんだね」

 準備した軽食の前で、あいらが目を輝かせている。

「フライドポテトとオニオンリングなんて、料理のうちに入らないよ」

「皮付きポテトってカッコいいなあ」

「いや、皮剥かなくてすむから。好きなソルト使って」

 ハーブソルトを三種類置いた。トマトにレモンピールにミックスソルト。駅前のオーガニックフード店で、僕は調味料を調達している。

「すごい。ケチャップにマスタードじゃないのがセレブだね」

 あいらはニコニコ笑っているが、もしかして失敗だっただろうか? 女子はハーブが好きだと思っていた。星佳がそうだったから……。

「マスタードが好きなら持ってくるよ」

 彼女が首をフルフルと振った。

「ううん! 私もたまにはセレブする。じゃ、いただきます」

 小さな手がレモンピールのソルトを取って、オニオンリングに振りかける。

「うわあ、メチャクチャおいしい! レモン汁もいいけど、こういうのオシャレだね」

 あいらが丸い顔で笑っている。食べ物の前ではテンションが上がるんだ。
 僕は、彼女が作ったレーズン入り蒸しケーキを口に運んだ。

「おいしいね。素朴で懐かしい味だ」

 悪いがそれしかコメントがしようがない。まずくはないし普通に食べられるが、これといった特徴がない。

「ホットケーキの素なの。この前のケーキの方がずっとおいしいよね……金欠で……ごめん」

 オニオンリングを食べた笑顔が消えてしまった。

「気を遣わなくていいよ。僕らは友達だろ?」

 笑顔が戻った。が、食べた時の真ん丸な笑顔とは違って、引きつっている。

「へ、へへ。すごい、私、三好君の友達なんだ」

 ふと思い出す。この前LINEで彼女は「下の名前で呼んでもいい?」と聞いたから、僕はOKを出した。なのに、相変わらず「三好君」と呼んでいる。
 ま、それはいいか。

「じゃ、そろそろ始めよう」

 あいらがゴクンと大きく首をふって、真剣なまなざしで僕を見つめる。

「実験レポートだよね。持ってきたよ」

 彼女はリュックからレポート用紙を取り出し、書きかけの実験レポートを見せた。

「計算してみたんだけど、大丈夫かな?」

 恥ずかしそうにレポートを見せるが……うん、確かにこのレポートは恥ずかしいだろう。パッと見からして残念だ。

 女子は丁寧な字を書くと思っていた。星佳は、昔の人の手紙にあるような流れる文字を書いたが……こちらはいわゆるミミズ字だ。読むのが苦痛なレベルだ。
 表も恐ろしいことに、枠線を手書きで書いている。

 いや、中身もヤバい。
 グラフはさすがに定規を使っているが……適当に線を引っ張ってないか? 実験データから適切な関数を求める最小二乗法は、実験レクチャーの初日に習ったのに。

「あいら……もう少し、がんばろうか」

「わかってるの! 私のレポートひどすぎるって!」

 顔を真っ赤にして硬く目を瞑った彼女は、酸っぱい物を食べたかのようだった。

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