【R18】僕は彼女としたいだけ 微妙なリケジョに振り回される

さんかく ひかる

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二章 僕は彼女を離さない

32 入念なリサーチ

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 母が、あいらの父の名を告げた。篠崎さんではなく桑原さんだという。
 父と娘で名字が違う家族は、いくらでもいるだろう。ポリシーや事情で入籍していない夫婦は、珍しくない。僕の知り合いにはいないが。
 そんなことより、リビングのテーブルに置かれたファイルの存在に、衝撃を受けた。
 調査報告書――。

「母さんは、あいらのこと勝手に調べたのか!」

「当たり前じゃない! あの女の子と部屋に何時間も籠って……星佳ちゃんと別れてそんなに経ってないのに、気持ち悪い!」

 母が顔を覆って泣き出した。
 わからない。なぜ僕がこれほど責められなければならない?
 母の告白に付き合わされた。

 僕が実家に顔を出さないため、母は僕の留守に部屋に入り様子を探る。使用済みの避妊具を見つけ、性的関係を結ぶ女がいることに気がついた。
 しばしばマンションを訪れ、土曜の昼に出入りする若い女を目撃した。インターフォンを押しても僕らが出なかったため、母は僕と彼女の関係を確信した。恐ろしいことに母は、マンションから出たあいらを尾行し、自宅まで突き止め『桑原・篠崎』という表札まで確認した。

「あの子の家は、ここから一時間ぐらいかしら? 古いアパートだった。築五十年の公営住宅って、お父さん言ってたわ」

 母は父を呼び出し、スマホで撮影したあいらの顔や自宅の写真を見せ、素性を知りたいと訴えた。そこで父は、会社で契約している興信所に身上調査を依頼した。
 ……自分でも、探偵調査をしているじゃないか。

「家に帰らない父さんを、よく捉まえましたね」

「マーちゃんのことはお父さんも心配なのよ。お父さん、最近は、毎日家に帰ってくるの」

「良かったじゃないですか。仲が戻ったようで」

 いや、両親の仲は、どうでもいい。

「お父さん、カメラを部屋に設置したらって言ってくれたわ。消しゴムみたいに小さなカメラがあるんですって。でも断ったわ……マーちゃんが女の子と変なことしてるのは、見たくないもの」

 あの男は、息子の部屋を盗撮しようとしたのか。人としてあり得ない。

「こそこそ調べないで僕に直接聞けばいいじゃないか!」

「マーちゃん、家に全然帰らないし、LINEもくれないじゃない! こんな時のために葛城さんにお願いしたのに、あの人全然役に立たない! 先生なのに生徒のことちっとも見てないのね」

「やっぱり母さんは、葛城先生に探りを入れていたのか」

 大学は高校のように担任の先生はいない。そこまで深く学生の生活に干渉しない。あの先生は一年生の講義を担当してないから、本来なら全く関係ない。同じマンションつながりで、先生の実験に参加しているだけだ。
 それでも先生は僕に警告をしてくれた。母親に心配かけるな、実家に帰れ、と。僕が警告を無視したから、こんな事態を招いてしまったのだ。

「そんなこと、どうでもいいじゃない、それより」

 母が青いファイルを僕に差し出した。

「これ、よく読むのよ。篠崎さんと付き合ってはいけないことが、わかるから」

 思わず手が伸びて、表紙に指を滑らす。ザラっとした厚紙の感触が懐かしい。が、すぐさま僕は手を引っ込めた。

「僕はこんなの読まない! 彼女は僕の大切な友達なんだ!」

「大切な友達と服を脱いで、何してたの?」

 何をしていたか? 答えられるわけない。母の視線がチクチクささる。

「篠崎さんのお父様がなぜ桑原さんなのか、教えてあげるわね」

 母は、調査報告書を手に取って開いた。

「あの子のお母様はシングルマザーよ。高校生の時に妊娠して篠崎さんを産んだの」

 母の言葉に僕は動けなくなった。

 あいらが見せてくれた親子三人の写真。姉妹のような母と娘。彼女の母は、まだ四十歳に達していない。対照的に父親は、五十代の半ばぐらいに見えた。

 ――こっち来て初めて三人で写真撮ったんだよ
 ――田舎に帰りたくなる。おじいちゃん、おばあちゃん、全然会ってない

 星が見える田舎で祖父母と暮らしていたあいら。高校入学時に街に引っ越して、一度も祖父母のいる田舎に帰っていないと言っていた。
 夏休み、彼女がマンションに泊まりにきて、プラネタリウムを見に行った日。初めて彼女とどこかへ出かけた日。両親への想いを、顔を輝かせて語ってくれた――
 
 ここから先は聞くべきじゃない。知るべきじゃない。あいらは何も言っていないのだから。問答無用で母を追いだせばいい。
 しかし僕は、母の話に黙って耳を傾けた。
 好奇心に勝てなかった。篠崎あいらのことを知りたかった。


「申し訳ないけれど、お母様ってふしだらな方なのね。高校生がそんなことをするなんて」

「母さんだって似たようなものでしょう? 僕ができたとき、学生でしたよね?」

「一緒にしないで! 私は大学生だったし卒業決まってたもの。お父さんとは、おじいさまから紹介されて付き合ったのよ」

 父は三好の不動産会社の社員だった。社長の娘を妊娠させるとは、自分の父親ながらとんでもない男だ。

「これは、お母様の修学旅行の写真よ」

 母は写真がプリントされたページを見せた。京都か奈良の寺の前で、六人グループの男女が男の先生と撮影したようだ。三つの顔が丸で囲まれている。

「あいらのお父さんとお母さん?」

 丸のついた顔のうち、セーラー服の女子高校生と先生の顔に見覚えがあった。あいらの高校入学式の写真で見た両親の顔だ。こちらの写真ではもちろんずっと若い。

「本当のお父さんは、この人よ」

 母が指差した三つ目の丸は、詰襟の男子高校生だ。集合写真でもわかる大きな目……あいらと同じ目をしていた。


 あいらの母は、高校時代に同級生と付き合い妊娠する。子供の父とは別れ退学し、シングルマザーとなった。
 母の担任だった桑原良彦先生は、あいらの母の退学後も何かと気に掛け、母子を共にサポートをしたようだ。
 あいらが父親を「いい人」と評する理由に納得した。退学した元生徒の娘を、本当の娘のように可愛がってくれた男の人……「いい人」に相応しい。

「ますます僕は、あいらのお父さんを尊敬しますよ。どこかの父親とは全然違う」

 あの男から勉強を教えてもらった記憶はない。Fラン大学出のあの男に、できるわけない。
 ドライブは……もしかすると幼い時に連れてってもらったかもしれないが、あまり覚えていない。

「どこが尊敬できるの? 生徒に手を出す教師なんて最低じゃない」

「お母さんが高校にいたときに手を出したら問題ですが、退学後なら関係ありませんよね」

 両親の期待に応えようとするあいらの気持ちがわかってきた。血のつながらない父への恩返しなのだ。

「僕はむしろ、いい話だと思いますよ。桑原さんは、あいらを本当の娘のように可愛がっています。あいらのお母さんとは真面目に付き合っていたのでしょう」

「マーちゃん、すっかり騙されて! どうしてお父様の名字が違うのか、篠崎さんが答えられなかったのか、教えてあげるわね」

 今の話から、あいらの両親が入籍をためらうのは、何となくわかる。なので僕は無言で首を横に振った。
 が、母は僕の拒絶を無視して話を続けた。

「桑原さんには、奥さんと子供がいるのよ」
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