【R18】僕は彼女としたいだけ 微妙なリケジョに振り回される

さんかく ひかる

文字の大きさ
34 / 77
二章 僕は彼女を離さない

33 半年ぶりの対面

しおりを挟む
 桑原さんには、奥さんと子供がいる――篠崎あいらの「父親」に?

「母さん! 何言ってんだ!」

「あの子の地元では、ちょっとした騒ぎになったみたいよ」

 母は調査報告書のページをめくり、問題の箇所を見せた。あいらが生まれ育った家、祖父母、あいらの父の家族、あいらの母の高校などの写真と共に、地元関係者のコメントが載っている。
 僕は、テーブルの角を見るでもなく視界に写し、半分眠ったかのように意識を飛ばしていた。
 母は、淡々と滑らかに言葉を紡いだ。


 桑原さんの高校の関係者や親せきの話をまとめると、次のようなことがあったようだ。

 あいらの母となった女子生徒は、妊娠のため退学した。当時、生徒の担任だった桑原さんは責任を感じ、退学後も生徒をサポートしていた。
 長い間教師として、元教え子である母子を助けていた。が、桑原さんの息子が大学に入ったころ、彼とあいらの母は、教師と生徒の関係を超えてしまったらしい。
 あいらの中学卒業を目前に、二人の仲は明るみになった。同居していたあいらの祖父母は激怒し、母を家から追いだす。祖父母はあいらを引き取るつもりだったが、彼女は母を選んだ。
 不倫の発覚で桑原さんは高校退職を余儀なくされる。彼は、妻と息子を田舎に置いて、あいら母子と共に上京した。

 現在、桑原さんは、補習塾で数学講師のアルバイトを務めている――


「わかったでしょう? あの子と付き合ってはいけない理由が」

 僕は無言でテーブルの角を眺めていた。

「お母さんが高校生で未婚の母になるのも恥ずかしいのに、不倫しているのよ! デパートの掃除ぐらいなら我慢できるけど、略奪女の血を引いて育てられたなんて……まともな子じゃないわ!」

 母がヒステリックに怒鳴り散らす。怒鳴り声は、僕の脳を覚醒させた。

「それなら僕もまともな子ではありませんね。不倫男の息子ですから」

「お父さんは全然違うわ! ただの浮気だもの! 今は反省して家に帰っているもの」

「あいらが不倫したとか、略奪したとかあるんですか?」

 それは絶対ない。彼女は僕が最初の男で、ずっと僕のことを想ってくれている。

「そういうことではないの。問題ある家の子を、三好に入れるわけにいかないのよ!」

「結婚するわけじゃないから、関係ないだろ!」

「あの子に子供ができたらどうするの? あちらの両親が怒鳴り込んで結婚迫るかもしれないのよ!」

「子供は作らないように気をつけてる! 彼女は結婚を迫る女じゃない!」

 それは大丈夫だ。僕が付き合うつもりはないと知っているのに、彼女はマンションに来るのだから。

「目を覚ましなさい! とにかく今日は、家に帰るの」

 うるさい母に根負けし、母と共に実家に帰った。
 四か月ぶりの我が家。
 母が玄関のインターフォンを押すという、珍しい行動に出た。
 もっと信じられないことに、父がドアを開け迎えに来たのだ。


 普通の家なら当たり前の光景だろうが、僕にとってこれは異常事態だ。

「あ、ただいま……帰りました」

 先日、テストのことで揉めて以来、父とはLINEのやり取りすらない。気まずさで俯いた。この人も、母が手にしている調査報告書の内容を知っているに違いない。

「少し話すか」

 父に促され、僕はリビングに入り、L字コーナーソファの一辺に腰を下ろした。父は、L字のもう一つの辺に座った。僕と父の間には、二人分の空間ができた。
 母は例の青いファイルをテーブルに置いて、出ていった。父に僕を託した、ということなのだろうか。

「お前、本気で篠崎さんと付き合ってるのか?」

 面と向かって話すのは半年ぶりなのに、いきなりこれだ。そもそも僕とあいらの関係を、この男に報告する義務はない。

「答えないということは、やはり遊びだな。なら、あの子は止めた方がいい」

「彼女のお母さんが不倫してるからって関係ないだろ!」

「それはそれでやっかいだが、篠崎さんの素行が問題だ」

 あいらの素行? この男は何を言ってるんだ? 彼女に問題はない……はずだ。

「お母さんから聞かなかったのか? まああの人は、家柄や血筋の方に拘るからな……雅春、気になるか?」

 父の問いに答えられない。彼女の素行なんて知る必要はない……いや、僕の知らないところで彼女が何をしている?
 貧しい彼女は、家庭教師のバイトだけでは稼ぎが足りないのだろうか? まさか、パパ活でもしているのか? 滑らかな肌を僕の物ではない指が触れ、掠れた喘ぎ声を僕の物ではない耳が捉えているのか?
 僕の沈黙を父は肯定と受け取ったのか、テーブルの調査書を手に取ってページを開いた。

「二週間の調査を頼んだ。週に三回は家庭教師のアルバイトで、帰宅前にスーパーで食料品を購入か。その間一度、二人の女友達とカラオケに行ってるな。男と出かけた形跡はない……雅春、安心したか?」

「え?」

 バイトと家事手伝いが彼女の日課。一緒にカラオケに行った友達は、彼女がよく口にする「イッサとユイ」だろう。僕が知っている篠崎あいらそのものだ。

「父さん、彼女の素行のどこが問題なんです?」

「問題だらけだ。大学生らしいバイトをして、働く両親の代わりに買い物をする。しかもお前以外の男はいない。お母さんは、服は地味で化粧はしていないと言ってたな。報告書の写真の通りだ」

 地味で化粧をしていないと言われると腹が立ってくる。彼女はあれでいいのに。

「あいら……篠崎さんは、両親の期待に応えるためにがんばってます」

「ますます問題だ」

 父が「ったく」と舌打ちをした。こんな父の顔も久しぶりだ。

「お前は母さんに似て顔は悪くない。女の方から寄ってくるだろう。遊ぶのも人生勉強だ。が、相手は選べ」

 この男に『顔は悪くない』と言われても、全く嬉しくない。なお、この男も客観的に見れば、顔は悪くないのだろう。五十歳になったが髪はふさふさで黒々している。お腹は出ていないし背は僕より少し低いぐらい。若い時の写真を見ると、腹立たしいが『顔は悪くない』。

「彼女はすごいいい子です」

「だから問題なんだろ! 地味で男の影がないということは、お前に本気ということだ」

 父は何を主張している? あいらの気持ちは僕が一番わかっている。

「本気の子で遊ぶのは危険だ。いつか刺されても知らねーぞ」

「彼女はそんな子じゃない! そんなことするわけない!」

 あいらは『彼女になれないのはわかってる』

「お前は女の怖さをわかってない! 『結婚』なんて一切顔に出さなかった女が、突然『騙しやがって!』と詰め寄るんだぞ!」

 誰が父に『騙しやがって!』と言ったのか知らないが、彼のことだ。ひどく不誠実な対応をしたのだろう。
 でも、篠崎あいらはそういう女ではない。彼女は、レポートの仕上げは僕に頼るが、プラネタリウムは割り勘だ。奢るからと店に誘っても乗ってこない。彼女は僕に何も求めてこない。僕と過ごしたいから傍にいるだけだ。

 父が「早く手を切れ」と詰め寄っていると、母がリビングに現れ、僕と父の間に割って入った。

「マーちゃん! お父さんもそう言ってるでしょ! 今からでも遅くないわ。星佳ちゃんに謝るのよ! 私、星佳ちゃんに三好のお嫁さんになってほしいわ。ねえ、お父さんもそう思うでしょう?」

 なぜここで、青山星佳が出てくる?

「そうだな。雅春、青山さんとは真面目に付き合ってたからな」

「どういう意味です?」

 反射的に僕は、母の向こうに座る父に問い直した。まるであいらとは真面目に付き合ってないみたいだ……事実だが。

「篠崎さんの素行調査では、お前と会っているのはマンションだけだ。外に出かけた様子はない。お前、青山さんとはよくコンサートに行ってたじゃないか」

 僕は何も言い返せなかった……事実だから。が、一つ思い出した。父は、僕が星佳と別れたとき『よくやった』と褒めたのだ。信じられないことに。

「お父さん、僕が星佳と別れたとき、青山社長に貸しができた、と喜んでましたよね?」

「あなた、そんなひどいこと言ったの!?」

 母が父の腕をつねった。が、彼は「ああ、あれか」と、母の手を除ける。

「お前、あのとき落ち込んでいたからな。全くの無駄ではないことにしてやりたかったんだ」

 父が何を言いたいのか、さっぱりわからない。
 それから二人とも、あいらをマンションに入れるな、星佳と復縁しろ、と、しつこく迫った。

 青山星佳と復縁? 何も説明せず一方的に別れを宣告した彼女に、頭を下げろというのか? そんなことであの星佳が戻ってくれるのか? 戻ったとしても、僕は彼女に引け目を感じて付き合うことになる。
 失敗した。もともと僕は、今度付き合うなら星佳よりいい女、そう決めていた。信念を曲げ、篠崎あいらの誘いに乗ったのが、失敗だった。

 しかし。
 両親に発覚したぐらいで、あいらとのつながりを断ち切るのは、納得できない。
 彼女との付き合いは、物理学実験が続く一年生の間だけ。二年になり別の学科に所属すれば、僕と彼女の絆は自然に消えるだろう。
 が、まだその時ではない。後期実験は、二月いっぱいまである。
 篠崎あいらとの関係をいつ止めるか――決めるのは両親ではない。この僕だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……

【完全版】ホリカヨは俺様上司を癒したい

森永 陽月
恋愛
堀井嘉与子(ホリイカヨコ)は、普段は『大奥』でオハシタとして働く冴えないOLだが、副業では自分のコンプレックスを生かして働こうとしていた。 そこにやってきたのは、憧れの郡司透吏部長。 『郡司部長、私はあなたを癒したいです』 ※他の投稿サイトにも載せています。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】あなたに恋愛指南します

夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。 お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。 少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり…… 純真女子の片想いストーリー 一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男 ムズキュンです♪

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...