狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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6章 こちら側の世界

84話 *オシゴト

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「何話したんだ?」

「本当に、シルバのこと可愛いって言ってくれただけで…会話っていうか二言三言しかっ…ぁん…!」


琳太郎が晴柊の脇腹から少しずつ胸の突起に移動していく。しかし、周りを指でなぞるだけで、乳頭にはなかなか触れようとしない。
晴柊の息が上がり、琳太郎は晴柊の濡れた髪を耳にかけてあげる。


「んっ…はぁ、ぅ……ぁ…!」


風呂場では晴柊の声が余計に反響する。後ろからどう動くかわからない琳太郎の指。触ってほしいところを避けるように焦らされ、晴柊は少しずつ物欲しそうな顔を浮かべていく。琳太郎からは表情が見えないのだからと、晴柊はいつもより素直に反応するのだった。


「ひゃっ……ね、ねぇっ………さわ、ってぇ…」

「どこを?」


琳太郎の低い声が晴柊の耳をくすぐる。晴柊は羞恥心を捨て、琳太郎の手を取り自分の右乳首に乗せた。


「こ、こぉ……ちくび、んっ…!」


琳太郎の手が意志を持ったように晴柊の乳首を摘まんだ。晴柊の腰が反る。こっちも、と、晴柊は琳太郎の手を左の方にも持って行った。


「なんだ、今日はこっちたってないんだな。引っ込んでる。」


晴柊の左乳首は、琳太郎の言う通り陥没したままだった。琳太郎がその左乳首をほじくり出すように、爪を中に立てるようにカリカリと乳頭を掻くことで引き出そうとした。晴柊は思わず逃れようと今度は背を丸めて身を屈めようとするが、琳太郎の腕がぐっと晴柊の上半身を固定した。


「や、ぁっ、あん…!ぁ、あ…らめ、あっ…!」


琳太郎は晴柊の収まった乳首を今度はぎゅっと挟むようにしてグリグリと動かしてみる。やがてぷっくりと顔を出したそれを、琳太郎はきゅっと摘まみ上げた。


「これでどっちも勃起乳首になったな。」

「ぁ、う……顔、みたい……りんたろぉ……」


晴柊は甘えたような声を出すと顔を後ろに向けオネダリをする。火照った頬、色っぽく赤くなった肩、濡れたまつ毛。琳太郎はもう少しこの体勢で苛めようと思っていたが、直ぐに絆され晴柊をひょいと持ち上げるとくるりとこちらに向かせるようにして座らせる。晴柊の視線が僅かに琳太郎より上になり、晴柊はちゅっちゅっと琳太郎の頬や瞼に唇を落とす。お湯の中で琳太郎のモノが晴柊の股間に押し当てるようにして膨らんでいるのがわかった。


琳太郎はくすぐったい晴柊の口付けを受け入れながら、晴柊の濡れた体に正面から舌を這わせた。晴柊は自分の身体をまさぐる琳太郎から視線を外さない。そのまま彼の髪の毛を撫でるように手を置き、前髪を上げさせて顔が良く見えるようにする。


琳太郎の形の良い額にちゅぅっとキスをした。


「…上がるか。」

「へへ、照れたんだろ。」

「生意気。」


琳太郎は小さく笑うとそのまま晴柊を軽々と抱き上げタオルで雑に身体を拭きほぼ濡れたまま寝室へと向かうのだった。今日の当番は日下部のようで、リビングでシルバのエサやりをしている。


真っ暗な寝室のベッドに晴柊を下ろし、晴柊の頬を撫でる。


「どこにも行くな。」

「うん。行かないよ。」

「誰の目にも触れさせたくない。」

「……そのことなんだけどさ、えっと…」


晴柊はどもり始めた。琳太郎の眉間に皺が寄っていく。嫌な予感がするのだった。


「なんだ。言ってみろ。」

「俺…バイトしたい。」


晴柊は琳太郎の目を真っ直ぐ見て言った。


「駄目。」


琳太郎は一言、晴柊に突き刺した。そうだよねぇ、と晴柊にとってこの言葉は予想の範囲内であった。晴柊は、アルバイトの経験がない。そしてこれからもずっと、働かないでこのままであるかも、と思ったとき、自分の手でお金を稼ぐということをしたいと思うのだった。自分がアルバイトで稼ぐ金額は琳太郎にとってははしたもので、足しにはならない。しかし、家計を支えたいというよりはどちらかというと自分が社会の一員であることを自覚する何かが欲しいと思うのであった。


「あ、あのさ、俺、自分で働いて、金稼ぎたくて。」

「欲しいものがあるなら買ってやる。言え。」

「そうじゃなくて!琳太郎に頼らないで、自分でお金稼いて使いたいっていうか。」

「は?」


琳太郎は心底わからない、という表情である。それは無理もないことであった。琳太郎と晴柊は似ている様で育った環境も、境遇も、違うのである。


「ちょっとでいいんだ。週2,3でいいからさ。ダメかな……ほら、もしあれだったら、琳太郎の組が管理してるお店でもいいよ!飲み屋みたいな!」


琳太郎の顔がさらに曇った。こいつは何を言っているんだ?という顔である。思わず晴柊もその表情を見て息を飲む。


「お前、何言ってるんだ?俺の管轄している店?…ふーん。おい、日下部!」


琳太郎は目を細め晴柊を見下ろした後、寝室の扉に向かって声をかけた。リビングにいた日下部がドアの前から返答する。


「どうかされましたか?」

「誰でも良い。chloeの制服持って来させろ。10分以内だ。」

「…承知いたしました。」


晴柊をよそに話が進む。晴柊は男版キャバクラのようなものを想像しているようだった。キャバクラとまではいかなくても、風俗のように抜きサービスのような仕事ではなく、バーのようなところでカウンター越しに接客したり、お酒を出したり、そういった居酒屋の延長線上のような仕事なら、と軽い気持ちを持ったのであろう。晴柊は琳太郎のお店なら琳太郎も安心するだろうという意図で提案したのだろうが、それは逆効果であった。琳太郎は嫌というほどに知っているのである、夜の世界を。


あっという間に琳太郎が頼んだものが届けられる。琳太郎は受け取った紙袋の中身を晴柊の目の前で広げた。


「着ろ。お前が働きたいって言ったような店の制服だ。」

「えっ……」


晴柊は思わず固まった。手に取った布は服というにはあまりに布面積が少ない。黒と白のチューブトップに、明らかに小さいショートパンツ。そして透けた素材のニーハイソックスとガーターベルト。極めつけにはうさ耳もある。メンズ用破廉恥バニーガールである。


「お、俺、こういうのじゃなくてっ…」

「なんだ?お前が働きたいって言ったんだろ。俺の管轄する店で。」

「だから、こう、普通の、お酒出したりするだけの…!」

「酒出すだけなら何とでもなるって思ったか?甘いな。大体、夜の世界が普通なわけないだろ。セクハラなんて挨拶の世界だぞ。ましてや、ヤクザが仕切ってるような店。ほら、俺が直々に研修に付き合ってやるって言ってんだよ。」


こうなると琳太郎は引き下がらない。晴柊はおずおずと慣れない服を着始めた。胸元を覆っただけの服。お腹周りが露になり冷える。ショートパンツはもはや下着と言わんばかりに短く、晴柊の脚に纏ったニーハイソックスとの間に晴柊のむっちりとした太腿が余計にいやらしかった。頭には黒いうさ耳が伸びている。琳太郎の機嫌は心底悪かった。あんなこと言うんじゃなかったと晴柊は思うが、もう遅い。


「お前にできるのか?きたねえオッサンにこうやって触られても良いってか?」


琳太郎が居心地が悪そうに立ちすくむ晴柊の尻を、ベッドに座ったまま揉みしだいた。chloeは、明楼会の仕切る会員制ゲイバーの一つである。晴柊の言う通り、男性キャストがお酒を提供し客をもてなすというスタンスである。


しかし、セクハラは当たり前である。客がキャストにお触りするのなんて日常茶飯事だし、気に入られればアフターだってある。店にはVIP席もあり、その個室でセックスということだってある。バーと言えども風俗店のようなものだ。


無理強いすることや粗暴な扱いこそ取り締まってはいるが、大体のキャストは金欲しさにサービスするし、店側も売り上げの為なら黙認している。内情はもはや風俗となんら変わりはないところが多いのだ。それが、この世界の商売の仕方である。


こうとなれば、晴柊が働きたくないと言わせるまでわからせてやろう、と、琳太郎は思ったのだった。


「ぅっ……な、なんだよ…!風俗で働きたいって言ってるわけじゃないのにっ…」

「はぁ?お前がこんな格好して客の前で歩くだけでも嫌に決まってる。働くってなったらこんなお触りなんて日常茶飯事。風俗じゃなくたってそれ以上のことはあるんだぞ?俺は誰かに触られているお前を見たらソイツを殺しちまうだろうな。お前は本当に何もわかってない。」


琳太郎は小さくため息をつくと、晴柊の腰を寄せ、座る自分に立ち寄らせる。琳太郎の捉えるような視線を下から浴び、晴柊は嫌な汗が滲むのがわかった。


「もう二度と馬鹿なこと言わないように俺がわからせてやるよ。ほら、客をもてなせ、晴柊。お前は今、キャストだろ。」
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