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7章
104話 親子
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♦
「なぁ組長、本当に晴柊も連れていくんですか?」
「最後は俺が頼んだんだ。連れてってくれって。」
天童が晴柊の仕度を手伝いながらどこか心配そうにしている。
「何を言われても俺は揺らがないし、向こうを宥めるためにも連れてくだけだ。」
「うーん……一筋縄で帰してくれますかねぇ。」
天童は晴柊の頭を撫でる。当の本人は事の大きさがわかっていなさそうだ。無理もない。
「ムカつくこと言ってきたら一発くらい殴っても良いですか?」
「余計な面倒ごと増やすな。」
どうやら日下部と天童に加え、遊馬も同行するらしい。
「皆、本家?の人たちと仲悪いの?」
晴柊がふと、疑問をぶつける。本家といえども皆同じ明楼会の組員なのだろう。それに、琳太郎が今は組長なら、先代の父親を覗けば全員部下のはずである。晴柊の関わる側近たちや、以前見ていたような人たちは、日下部のように琳太郎の年上だとしても、皆琳太郎に不満など持たず忠実であったように思う。
「俺が組長に就任してからまだ日は浅いからな。先代と俺は意見の食い違うところもあるせいで、先代存命中の今、7代目派と8代目派がいるってわけ。だから、本家、つまり先代周辺で働いてるやつら中心に、俺のことを良く思っていないやつは一定数いる。特に、古株とかな。」
「でも今の組長は琳太郎なんだろ?それは先代の、皆の総意で決まったんじゃ…」
「まぁ、この話は終わりだ。お前は難しいことは考えなくていい。」
琳太郎はそういうと支度をしに寝室に行ってしまった。難しい話、ではなく、琳太郎の話だから聞きたいのに。晴柊は少し拗ねる思いで出発を待った。
♦
「大きいなぁ。ドラマの世界でよく見るやつだ。極道の家って感じ。」
「まぁ、うち割と長いから。」
晴柊は車から降り、和風家屋を眺める。住宅街を抜けたところにある、大きなお屋敷。晴柊が大きな門を見上げていると、琳太郎がずかずかと入っていく。遊馬と天童に挟まれながら、晴柊も付いていった。
極道映画ではずらりと両端に並んで腰を曲げてお出迎え、ということが想像できるが、意外と門から玄関までの道はすっからかんである。すれ違う組員らしき人たちは、こぞって琳太郎に挨拶はしているが。
これがリアルヤクザか、と、晴柊はキョロキョロする。琳太郎の後ろにいれば、大体品定めされる。それは何度かの外出で慣れていた。何より晴柊はそういったものには臆さない質である。
中に入り、長い廊下を歩く。日本家屋特有のにおいと、綺麗に手入れされた庭が印象的であった。
ひと際大きな障子のある部屋へと通ると、琳太郎の雰囲気がピリついたのがわかった。この扉の先に、先代がいるのだろう。
「参りました。」
「入れ。」
渋く、低い声が届く。琳太郎が障子を開け入ると、そこには白髪交じりの、中年の男性がいた。琳太郎の父親、7代目組長・薊邦彦(あざみくにひこ)である。65歳、背筋も真っ直ぐで、まだまだ現役といった風貌である。この家屋にぴったりの和服姿で、和室の中央奥に一人静かに座っていた。どことなく、琳太郎と雰囲気が似ている。琳太郎も老けたらこうなるのだろうと思わせる。
「ご無沙汰しています、父さん。」
「お前はあまりにもここに来ないからな。座れ。」
「お陰様で仕事の方が忙しくて。失礼します。……晴柊も。」
どうしたらいいかわからずオロオロしている晴柊に、琳太郎が隣に座るよう手を置く。後方に日下部と天童も座った。邦彦は晴柊を見据えた。他の人物が晴柊を品定めしたときの視線とはまるで違う、けれども、晴柊は一瞬で自分の人と成りを見透かされた気がした。それほど鋭く、射貫く様な視線だった。
「早速ですが、用件は。」
「ふん。久しいというのにまるで「早く帰りたい」と言わんばかりだな。」
「私にとって居心地のいい場所ではありませんから。あなたがよくわかっていらっしゃるでしょう。」
晴柊は2人の間に静かな火花が散っているのを察した。親子とは思えないピリついた空気感。まるでこれが通常運転だと言わんばかりの、後方2人の落ち着きよう。晴柊だけが内心ソワソワするのだった。
「まあいい。……お前、そこの男娼に相当入れ込んでいるらしいな。」
「男娼ではありません。ウリには出してませんから。身を買ったまでです。」
「どちらでもいい。お前が執着するのも珍しい。…本気か?」
「はい、本気です。」
「世継ぎはどうする。」
「以前からお話ししています通り、子は考えておりません。若い優秀な部下にでも――」
「おい、二度言わすんじゃねえぞ、琳太郎。」
2人の淡々と繰り広げられる会話に、1本の矢がトンっと突き刺さったような静止が入る。
「俺は血縁者以外許さねえといったはずだ。」
「お言葉ですが、私はその点を了承して組長になった覚えはありません。その古い仕来りに従わされたまでです。」
2人の睨み合いが続く。ああ、そうか、2人は目元が似ているのだ。他者に有無を言わさない、鋭い眼光が、そっくりである。
「大体、血の繋がりがねえ奴の世襲がどうなるか、お前が一番よくわかってるんじゃねえのか?おい、てめぇの生い立ち忘れたってんじゃねえだろうな?ソレを一番憎んでたのはお前自身だろう。」
邦彦が嘲笑して琳太郎を見る。隣の琳太郎の空気が一瞬で凄んだ。まるで、地雷を踏みぬいたかのようだ。琳太郎の生い立ち、晴柊の知りたかった話題が、この部屋の空気を一気に重くしていることを、晴柊自身も気が付いていた。
「てめぇがそのガキに入れ込みたいなら好きにしろ。だがな…それでガキの一つでも作らねえってんじゃ話は別だぞ。これはてめぇの私欲の話じゃねえ、組の話だ。まさか、愛だ何だ抜かすんじゃねえよな?」
「私が子供を作らないことに、彼は関係ありません。」
「はっ、所詮お前も腑抜けた野郎ってことか。」
「はい?」
琳太郎がわかりやすくイラついている。
「いつまでも覚悟決めねえでガキの1人や2人作れずにいるんだ。お前は所詮――」
「お言葉ですが」
琳太郎がぴしゃりと邦彦の言葉を遮る。
「私は、貴方のようにはならないと決めています。先ほどからいけしゃあしゃあと好き勝手申されていますが、私の代でこの古臭い習わしを取っ払うって言ってるんです。」
「現状、出来ているようには見えないが?」
晴柊にはまるで話が読めない。ただ、琳太郎が「子供」を作らなければならない、ということだけはわかっている。そして琳太郎自身にその意志がないことも。男の自分では、勿論役不足である。
琳太郎の言葉に、邦彦はさらに険しい顔で見つめている。その視線が、隣の晴柊に移る。晴柊はまるで獲物が自分に代わったかのようなその視線の移ろいに、身構えた。
「なぁ組長、本当に晴柊も連れていくんですか?」
「最後は俺が頼んだんだ。連れてってくれって。」
天童が晴柊の仕度を手伝いながらどこか心配そうにしている。
「何を言われても俺は揺らがないし、向こうを宥めるためにも連れてくだけだ。」
「うーん……一筋縄で帰してくれますかねぇ。」
天童は晴柊の頭を撫でる。当の本人は事の大きさがわかっていなさそうだ。無理もない。
「ムカつくこと言ってきたら一発くらい殴っても良いですか?」
「余計な面倒ごと増やすな。」
どうやら日下部と天童に加え、遊馬も同行するらしい。
「皆、本家?の人たちと仲悪いの?」
晴柊がふと、疑問をぶつける。本家といえども皆同じ明楼会の組員なのだろう。それに、琳太郎が今は組長なら、先代の父親を覗けば全員部下のはずである。晴柊の関わる側近たちや、以前見ていたような人たちは、日下部のように琳太郎の年上だとしても、皆琳太郎に不満など持たず忠実であったように思う。
「俺が組長に就任してからまだ日は浅いからな。先代と俺は意見の食い違うところもあるせいで、先代存命中の今、7代目派と8代目派がいるってわけ。だから、本家、つまり先代周辺で働いてるやつら中心に、俺のことを良く思っていないやつは一定数いる。特に、古株とかな。」
「でも今の組長は琳太郎なんだろ?それは先代の、皆の総意で決まったんじゃ…」
「まぁ、この話は終わりだ。お前は難しいことは考えなくていい。」
琳太郎はそういうと支度をしに寝室に行ってしまった。難しい話、ではなく、琳太郎の話だから聞きたいのに。晴柊は少し拗ねる思いで出発を待った。
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「大きいなぁ。ドラマの世界でよく見るやつだ。極道の家って感じ。」
「まぁ、うち割と長いから。」
晴柊は車から降り、和風家屋を眺める。住宅街を抜けたところにある、大きなお屋敷。晴柊が大きな門を見上げていると、琳太郎がずかずかと入っていく。遊馬と天童に挟まれながら、晴柊も付いていった。
極道映画ではずらりと両端に並んで腰を曲げてお出迎え、ということが想像できるが、意外と門から玄関までの道はすっからかんである。すれ違う組員らしき人たちは、こぞって琳太郎に挨拶はしているが。
これがリアルヤクザか、と、晴柊はキョロキョロする。琳太郎の後ろにいれば、大体品定めされる。それは何度かの外出で慣れていた。何より晴柊はそういったものには臆さない質である。
中に入り、長い廊下を歩く。日本家屋特有のにおいと、綺麗に手入れされた庭が印象的であった。
ひと際大きな障子のある部屋へと通ると、琳太郎の雰囲気がピリついたのがわかった。この扉の先に、先代がいるのだろう。
「参りました。」
「入れ。」
渋く、低い声が届く。琳太郎が障子を開け入ると、そこには白髪交じりの、中年の男性がいた。琳太郎の父親、7代目組長・薊邦彦(あざみくにひこ)である。65歳、背筋も真っ直ぐで、まだまだ現役といった風貌である。この家屋にぴったりの和服姿で、和室の中央奥に一人静かに座っていた。どことなく、琳太郎と雰囲気が似ている。琳太郎も老けたらこうなるのだろうと思わせる。
「ご無沙汰しています、父さん。」
「お前はあまりにもここに来ないからな。座れ。」
「お陰様で仕事の方が忙しくて。失礼します。……晴柊も。」
どうしたらいいかわからずオロオロしている晴柊に、琳太郎が隣に座るよう手を置く。後方に日下部と天童も座った。邦彦は晴柊を見据えた。他の人物が晴柊を品定めしたときの視線とはまるで違う、けれども、晴柊は一瞬で自分の人と成りを見透かされた気がした。それほど鋭く、射貫く様な視線だった。
「早速ですが、用件は。」
「ふん。久しいというのにまるで「早く帰りたい」と言わんばかりだな。」
「私にとって居心地のいい場所ではありませんから。あなたがよくわかっていらっしゃるでしょう。」
晴柊は2人の間に静かな火花が散っているのを察した。親子とは思えないピリついた空気感。まるでこれが通常運転だと言わんばかりの、後方2人の落ち着きよう。晴柊だけが内心ソワソワするのだった。
「まあいい。……お前、そこの男娼に相当入れ込んでいるらしいな。」
「男娼ではありません。ウリには出してませんから。身を買ったまでです。」
「どちらでもいい。お前が執着するのも珍しい。…本気か?」
「はい、本気です。」
「世継ぎはどうする。」
「以前からお話ししています通り、子は考えておりません。若い優秀な部下にでも――」
「おい、二度言わすんじゃねえぞ、琳太郎。」
2人の淡々と繰り広げられる会話に、1本の矢がトンっと突き刺さったような静止が入る。
「俺は血縁者以外許さねえといったはずだ。」
「お言葉ですが、私はその点を了承して組長になった覚えはありません。その古い仕来りに従わされたまでです。」
2人の睨み合いが続く。ああ、そうか、2人は目元が似ているのだ。他者に有無を言わさない、鋭い眼光が、そっくりである。
「大体、血の繋がりがねえ奴の世襲がどうなるか、お前が一番よくわかってるんじゃねえのか?おい、てめぇの生い立ち忘れたってんじゃねえだろうな?ソレを一番憎んでたのはお前自身だろう。」
邦彦が嘲笑して琳太郎を見る。隣の琳太郎の空気が一瞬で凄んだ。まるで、地雷を踏みぬいたかのようだ。琳太郎の生い立ち、晴柊の知りたかった話題が、この部屋の空気を一気に重くしていることを、晴柊自身も気が付いていた。
「てめぇがそのガキに入れ込みたいなら好きにしろ。だがな…それでガキの一つでも作らねえってんじゃ話は別だぞ。これはてめぇの私欲の話じゃねえ、組の話だ。まさか、愛だ何だ抜かすんじゃねえよな?」
「私が子供を作らないことに、彼は関係ありません。」
「はっ、所詮お前も腑抜けた野郎ってことか。」
「はい?」
琳太郎がわかりやすくイラついている。
「いつまでも覚悟決めねえでガキの1人や2人作れずにいるんだ。お前は所詮――」
「お言葉ですが」
琳太郎がぴしゃりと邦彦の言葉を遮る。
「私は、貴方のようにはならないと決めています。先ほどからいけしゃあしゃあと好き勝手申されていますが、私の代でこの古臭い習わしを取っ払うって言ってるんです。」
「現状、出来ているようには見えないが?」
晴柊にはまるで話が読めない。ただ、琳太郎が「子供」を作らなければならない、ということだけはわかっている。そして琳太郎自身にその意志がないことも。男の自分では、勿論役不足である。
琳太郎の言葉に、邦彦はさらに険しい顔で見つめている。その視線が、隣の晴柊に移る。晴柊はまるで獲物が自分に代わったかのようなその視線の移ろいに、身構えた。
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