狂い咲く花、散る木犀

伊藤納豆

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8章

128話 晴柊の嫉妬

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128話 晴柊の嫉妬

「おい、組長の傍から離れるなよ。スマホは肌身離さず持て。俺らの番号も入れてあるから、何かあったら――」

「も―心配しすぎだよ!1泊2日なんだし!じゃあ、お土産買ってくるからね~!」


篠ケ谷のお母さんムーブをよそに、晴柊はルンルンで車に乗り込む。今日は2人きりの旅行。旅行自体も、2人きりで外に出るというのも散歩以外では初めてである。琳太郎の運転する車ですら初体験。晴柊にとって初が並んだ今日の旅行は楽しみで仕方が無かったのである。


「ったくあいつ浮かれやがって……」

「大丈夫だよ。俺がいるんだから。」

「まあ、そうですけど……」

「じゃあ留守は任せたぞ、篠ケ谷。日下部には事務所の方に行かせてるから。」

「はい、承知いたしました。」


琳太郎は晴柊が待つ車に乗り込み、出発していった。篠ケ谷は車を見送り、屋敷に入る。良い息抜きになればいい、篠ケ谷も取り越し苦労はほどほどにしておこうと思うのだった。



「すごいね~!広い!」


晴柊はあたりをキョロキョロ見回す。部屋に通され、少々長めの移動を終えた2人は外に出る前に休憩することにした。晴柊は旅館の部屋を探検している。


「あれ?なんだこれ……うわっ!部屋に露天風呂がある!!すごーい!!……でもなんで?あのチケットのプランじゃ露天風呂付きの客室じゃなかった気が……」

「大浴場にお前を連れて行きたくない。」


琳太郎は晴柊の裸を誰にも見せたくないという独占欲から、部屋をグレードアップさせていた。晴柊は琳太郎の仕事のことはよくわからないが、お金を持っていることだけはわかっていた。たまに彼の財力が少し恐ろしくなる。


「ありがとう。こんな旅行初めて。」


晴柊が嬉しそうな笑顔を浮かべた。客室露天風呂、というよりは、自分たちのデートのためにより良いプランを考えてくれていた琳太郎が嬉しかったのである。


「なぁなぁ、外行こ~!食べたいものいっぱいあるんだ!」

「晩飯の分、あけとけよ。」

「わかってるって!」



「ん~!美味しい!!」


晴柊の目がキラキラと輝く。ホカホカのコロッケを頬張り、晴柊は幸せそうな顔を浮かべていた。あれも食べたい、これも食べたい、と、晴柊に甘い琳太郎は何でも買い与える。


「これ美味しいよ。ほら。」


道端にも関わらず周りの目は一切気にならないと言うように琳太郎にあーんをする。琳太郎も若干背を屈ませ一口食べる。旅館の浴衣を着ているとはいえど、琳太郎の並外れたスタイルはそれでも目立つ。


「うん、上手い。」

「あのお団子も食べたい!すみませーん!…これと、あと、これ!ください!」


晴柊が年相応にはしゃぐところを見ることができて琳太郎も満足であった。こうして外に出て2人でゆっくり羽を伸ばすことも、頻繁にできるわけではない。


「おっ、兄ちゃんべっぴんさんだね~。そこのお兄さんも、芸能人みたいだな。1本おまけしとくよ!」

「わ、本当!?おっちゃんありがと~!」


晴柊はウキウキで団子三本を持ち、近くのベンチに琳太郎と並んで座った。2本琳太郎に渡し、ぱくぱくと食べ始める。晴柊の食欲旺盛っぷりにはいつも驚かされるが、美味しそうに食べるので琳太郎は自分が食べることよりもそっちのけで見入ってしまうのだった。


「あ、琳太郎。俺ちょっとお手洗い行ってくるから待っててな。」


晴柊は団子を1本食べ終えるとそのまま店の中のトイレを借りに行った。琳太郎は1人晴柊の帰りを待ちながらぼーっと温泉街特有の雰囲気を感じ取っていた。琳太郎もまた旅行は久しぶりだった。幼い頃に片手で数えるだけしか行ったことが無い。まさかこんな未来がくるとは自分でも思っていなかった。

物思いに耽っていると、急に声を掛けられる。


「すみませ~ん。お兄さん今お一人ですかぁ?」

「旅行に?よかったら私たちと一緒に周りませんか?」


2人組の女性が琳太郎に話しかけてくる。普段はびっしりスーツに身を包み派手な容姿を持つ者が多い側近たちを連れているからか、必然と声を掛けられることは無い。しかし今日はラフに旅館着だしメンチを切る側近もいない。琳太郎は適当にやり過ごそうとしていた。変にヤクザっぽさを出せばせっかくの2人の旅行も台無しだと思った。


「ごめん、お待た――」


晴柊が店から出ようとしたとき、逆ナンされている琳太郎を見つける。思わずハッと足を止めてしまう。今までこんな場面遭遇してこなかったし、というか心配すらしていなかった。当たり前の様に琳太郎は自分だけのものだと、不安一つ覚えていなかった。しかし今、女性達にきゃっきゃと囲まれている琳太郎を見て、晴柊のなかに珍しく独占欲が湧いてくる。


晴柊は思わず琳太郎のもとに駆け寄ると、手を引いて立ち上がらせる。


「帰ろ。」


少しムッとした様子で、女性達を置いてきぼりにするように晴柊は琳太郎を連れ足早に去っていった。


「おい。もういいのか?まだ周りきってない。」

「……もういい。」

「なに不貞腐れてんだよ。」


晴柊が足を止める。


「琳太郎が俺を隠しておきたいって気持ち、ちょっとわかった気がする。……俺も、カッコいい琳太郎を、あの女の人たちに見せていたくないって、思った。」


晴柊はそういうと、少し照れたように視線を逸らし旅館に向けて歩き始めた。珍しく晴柊が嫉妬している。琳太郎は口元がにやけそうなのを必死に抑え、晴柊の好きなようにさせた。


「そうだな。俺もお前の可愛い浴衣姿をあまり見せたくはない。部屋に行って風呂に入ろう。俺たち2人の旅行だもんな。」


晴柊は嬉しさから心を射貫かれたようにきゅんっとさせる。そして顔が赤くなるのを誤魔化すようにそそくさと旅館に向かって歩き始めた。さっきまでの嫉妬からきた不機嫌はあっという間に吹き飛んでいく。
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