公爵令嬢として生まれた私は待望された聖女でした。聖女としての才能がなくて見捨てられましたが、武の極みに至る才能はあったみたいです。

HATI

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痛く……ないですね。不思議です。

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 私の足元の床は酷いことになっていた。私の足には傷一つないのに、どうなっているのかしら。

「ハーグ先生。これは一体何ですか?」
「流体、という技ですよ。少しばかりこちらでも補佐はしましたが、お見事です」

 ポーテスとメイドが駆け寄ってきて私に怪我がないか調べるけど、本当に傷一つない。
 肩を叩かれたときはびっくりしたけど、勢いがすごかった割に跡も残っていない。

「失敗したらどうなっていたのでしょう」
「肩の骨が折れてましたね。ああ大丈夫、ポーションは用意してきましたし、私は治療魔術も修めていますから」

 ハーグ先生は最初に会った時から変わらず微笑を浮かべているけど、それって結構とんでもないことを言ってるわよね。そんな気軽に私の肩を折らないでほしい。

「話と違います!」

 ポーテスの顔は真っ赤になって、薔薇みたいになってしまっている。
 割といい年なんだからあんまり怒ると心配だわ。

 ポーテスは大きく深呼吸し、冷静に努めようとしている。

「勿論、下手をすれば私の首なぞ物理的に飛んでしまうでしょうね。ですがお遊戯を教えてほしいわけではないのでしょう? ティアナお嬢様の現状は平民ながらよく理解していますとも。いつ暗殺者が来てもおかしくないこともね」

 その言葉に私はゾッとした。考えたことはあるけれど、やっぱりそう思われているのかしら。
 ポーテスは苦々しい顔をしながら反論した。

「お嬢様の安全を守るのも我々の仕事だ」
「しかし、どこまでも守れるわけではない。使用人が付き従えることには限界があるのではないですか。なら、お嬢様を強くした方が効率が良いですよ」

 聖女というのも大変ですね、とハーグ先生は苦笑した。
 ええ、大変なんです。才能がなくて。でも才能が有ったら有ったで大変だったかも。

「でも、どうなっているのでしょう。私がやった訳ではないのですよね。そんな筋力は私にはありませんし」
「ええ、勿論そうですよ。私が床を砕けるほどの力で肩を叩いたから床が砕けたのです」

 そんな物騒なことを言わないでほしい。

「ラーゲン王国流武体術、最奥の技、流体。これを生み出した開祖は少女だと伝わっています。開祖はあらゆる困難を無手で退けたと。にわかには信じられませんが、竜を投げた、なんて話も残ってますね」

 私にはとてもできません、とハーグ先生は笑う。
 でも意外だわ。少女が開祖だなんて。
 その少女のおかげで私は今身を守るすべを習うことが出来ている。

 運命を感じられずにはいられない。少女に深く感謝することにした。

「原理はとても言葉では説明できませんが、ティアナお嬢様は感覚で理解されたでしょう? 力には必ず流れがあり、それを支配すればどれほどそれが巨大であっても敵ではありません」
「不思議な感覚でしたけど、本当にそんなことが出来るのですか?」
「普通は出来ません。私も実はたまにしか成功しないんです。正直殴った方が早い」

 そんなたまにしか成功しないことを私の肩で試したんですか?
 私の抗議の目を無視して彼はつづけた。

「これは奥義なんです。才能ある子供が、一生を捧げてその片鱗を僅かに理解する。私もその道の入口に立っているに過ぎない。でも、あなたは違うようだ」

 ハーグ先生は初めて顔から笑みを消す。
 少し怖い。

「私の手を握ってください」

 促されるまま彼の手を握る。
 握った瞬間、彼からの強い力が伝わるので、先ほどの感覚を思い出しそれを彼に返した。

 ハーグ先生は一瞬だけ姿勢を崩す。

「嫌になっちゃうなぁ。私は自分の事を天才だと思っていたんですけどね。きっと開祖もあなたのような少女だったんだろうなぁ」

 遠い目をして言う。良く分からないけれど褒められているのかしら。

「さぁ、僕の自信がなくなる前にさっさと終わらせますから、スパルタで行きますよ」
「はぁ……分かりました」

 床が割れたので場所を移して、先生の課題をこなす。
 基本はポーテスから教わったことだけど、特に感覚を大切にするように言われた。
 いくら私が筋肉を鍛えても少女だしか弱いので、そっち方面はやるだけ無駄らしい。

 私が訓練に慣れてくると、例えばメイドに両手で押してもらってもビクともしなくなった。
 力で踏ん張っているわけではなく、押された力を足に触れている地面に逃がせるからだ。
 ただ力が伝わらずに触れているだけなら、私が動かないのも当然、というのがハーグ先生の言葉でした。

 最初はゆっくりと伝わる力を感じることから始め、段々と強く、早く、鋭いものになっていく。

 というより危なくないですか? 仕舞いには木の棒で叩かれたんですけど。
 でもびっくりしたのは、本当に痛くないんですよね。

 メイドが私が叩かれて悲鳴を上げるんだけど、その当人の私がケロリとしているのだから外から見ると随分と奇妙に違いない。

 上から、横から、真っすぐに、後ろから。

「見える場所だけ反応できても完璧ではありません。意識するよりも早く、反射的に流体を使うのです。私は反応は出来ても流体までは出来ませんが、貴女なら出来ます。頑張って」
「先生、失敗したらこれ危ないですよね」
「大丈夫です。死なない限り治せます」
「それは大丈夫ではないです!」

 身になってはいますけど、年頃の女の子がすることではないです。これ。
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