6 / 13
本来私が成すべき義務
しおりを挟む
ハーグ先生に師事してから半年ほど経った。
彼は飄々とした人物だけれども、武術に関しては真摯なのだろう。根気よく私に教えてくれる。
私は感覚では分かるのだけど、それを言葉にするのが難しくて、その所為で上手くいったやり方を再現するというのがなかなか出来なかった。
お嬢様も人間らしいところがあって良かったですね。なんて本気かどうか分からない冗談は笑えなかった。
不器用なのは自覚している。何故かこれだけは上手くいくだけだ。
私は目隠しされた状態で立っていた。
視界は閉ざされ、周囲に気配はない。そもそも私は気配なんてものは良く分からない。
左肩に何かがぶつかる。私はその何かから伝わってくる力を受け流し、私の体の中を巡った後その何かに力を返した。
堅い何かが破裂した音がした。
次に右足が打ち据えられた。
私は無理に抵抗することなく、怪我をしないようにそのまま地面へと力を流した。
地面にくぼみができ、私は少し姿勢が崩れた。
そこへ私の胸に何かが突かれる。
少しだけ体を逸らすと、胸を突いた何かは貫くことなく私の体を伝っていった。
相変わらず私には何も見えないし、何が起こったのかは分からない。
ただ私に加えられた力を、適切に受け流しているだけだ。
奇麗に受け流せるとその力は相手にそのまま返すこともできる。
右の頬に堅いものがぶつかる。何もしなければ大怪我をしてしまうだろう。
私はぶつかった堅い物に対して力を全身に拡散させる。逃げ切れなかった力が足の裏から地面に流れた。私は拡散された力を右の頬に戻し、その堅い物へ返した。
「そこまで。目隠しを取って良いですよ」
ハーグ先生の声で、メイドが私の目隠しを取る。
私の周囲には壊れた木剣が散らばっていたり、足元の床が破裂したりと散々だが、私には怪我一つない。
私の目の前ではハーグ先生の拳が血塗れになっていた。
「素晴らしい。完璧に返されていたら私の拳が完全に砕けていましたね」
近くにいたポーテスは青い顔をしている。
「信じられない。本当にお嬢様はケガをしていないのですか? 木剣で打ち付けられ、ハーグ殿ほどの武術家に足を蹴られ、胸を突かれ、あまつさえ殴られるなど」
「一切加減してません。そして結果はこれです」
ハーグ先生は裂傷にだらけの手をプラプラさせる。
ポーションをかけ流してその怪我はすぐ治る。
「鍛えたのは私ですが、いやはや……もう私じゃティアナお嬢様には勝てそうにないですねぇ。普通の打撃は一切利かない、どころか殴った力が返ってきて痛いです。一点に絞った攻撃は簡単に逸らされる。なら投げは」
ハーグ先生は私の右手を掴み、そのまま私を上へ放り投げた。
地面が遠くなり、私はそのまま床へ叩きつけられたのだが難なく足から着地する。
少し勢いが有ったので私は力を横に逃がすために一度転がった。
「力による圧力では姿勢が崩れないから投げてもダメージがない。どうやって倒せばいいんですかね。流体が自然に出来ていますから、刃物を直接受けたりしなければ怪我もしませんよ。つまり免許皆伝です」
「褒められているんですよね……? 先生、ありがとうございました」
「後は目を鍛えてくださいね。矢でも何でも掴めれば後はどうとでもなりますから」
「この後はどうすればいいでしょうか」
「実践、実践、実践あるのみです。幸い魔物も沢山いますから……おっと、これはあなたに対する嫌味じゃないですよ」
「分かってます。先生は嫌味は言わないですから。ちょっと軽薄だからそう聞こえますけど」
「ははは。いやぁ誤解されやすくて困ります。しかし……武の神様、私もあってみたいですね。やはり神との対話は聖女様の特権ですか」
私も神様と会ったのはあれ一度きりだ。本当に神様だったのかもわからないけど。
先生は来た時と同じようにあっさりと帰っていった。
去り際に勉強になりましたよ、お嬢様と残して。
「それじゃあ、しばらく魔物退治をしてみようかしら」
「お嬢様、流石に御冗談……ですよね?」
メイドは困ったように私に聞いてきたが、もともと魔物を何とかするのが聖女の仕事だし、これは聖女の力ではないけどそれが私の役目ではないでしょうか。
「ちょっと奮発して魔物退治用に装備とか、服を用意しなきゃね」
私が本気で言っているのが分かったのか、メイドは警備長のポーテスに困った顔を向ける。ポーテスは私が一度言い出したら止まらないのが良く分かったのか、静かに首を振った。
「もうお止めはしませんが、旦那様と奥様からの許可は得てください。貴女は公爵家只一人の御令嬢なのです。その身には尊き血が流れているのですよ」
「多く与えられた者は、より多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。魔物を退治することは我々貴族の義務でもあるわ。私は今まで義務を果たせなかった」
「それは! お嬢様の責任では……」
「心配してくれているのね。いつもありがとう。私は私の役目を果たすわ」
両親は何度も何度も説得してくれたのだが、遂に私の意志に折れて認めてくれた。
私が只のお嬢様なら絶対に許してくれなかっただろう。
出来損ないの聖女であったからこそ、本来の役目を果たすという私の言葉を両親は翻せなかった。
私が生まれた意味を、自らの手で生み出す。
もう一度私が自分の足で立つために、それは絶対に必要なことだ。
彼は飄々とした人物だけれども、武術に関しては真摯なのだろう。根気よく私に教えてくれる。
私は感覚では分かるのだけど、それを言葉にするのが難しくて、その所為で上手くいったやり方を再現するというのがなかなか出来なかった。
お嬢様も人間らしいところがあって良かったですね。なんて本気かどうか分からない冗談は笑えなかった。
不器用なのは自覚している。何故かこれだけは上手くいくだけだ。
私は目隠しされた状態で立っていた。
視界は閉ざされ、周囲に気配はない。そもそも私は気配なんてものは良く分からない。
左肩に何かがぶつかる。私はその何かから伝わってくる力を受け流し、私の体の中を巡った後その何かに力を返した。
堅い何かが破裂した音がした。
次に右足が打ち据えられた。
私は無理に抵抗することなく、怪我をしないようにそのまま地面へと力を流した。
地面にくぼみができ、私は少し姿勢が崩れた。
そこへ私の胸に何かが突かれる。
少しだけ体を逸らすと、胸を突いた何かは貫くことなく私の体を伝っていった。
相変わらず私には何も見えないし、何が起こったのかは分からない。
ただ私に加えられた力を、適切に受け流しているだけだ。
奇麗に受け流せるとその力は相手にそのまま返すこともできる。
右の頬に堅いものがぶつかる。何もしなければ大怪我をしてしまうだろう。
私はぶつかった堅い物に対して力を全身に拡散させる。逃げ切れなかった力が足の裏から地面に流れた。私は拡散された力を右の頬に戻し、その堅い物へ返した。
「そこまで。目隠しを取って良いですよ」
ハーグ先生の声で、メイドが私の目隠しを取る。
私の周囲には壊れた木剣が散らばっていたり、足元の床が破裂したりと散々だが、私には怪我一つない。
私の目の前ではハーグ先生の拳が血塗れになっていた。
「素晴らしい。完璧に返されていたら私の拳が完全に砕けていましたね」
近くにいたポーテスは青い顔をしている。
「信じられない。本当にお嬢様はケガをしていないのですか? 木剣で打ち付けられ、ハーグ殿ほどの武術家に足を蹴られ、胸を突かれ、あまつさえ殴られるなど」
「一切加減してません。そして結果はこれです」
ハーグ先生は裂傷にだらけの手をプラプラさせる。
ポーションをかけ流してその怪我はすぐ治る。
「鍛えたのは私ですが、いやはや……もう私じゃティアナお嬢様には勝てそうにないですねぇ。普通の打撃は一切利かない、どころか殴った力が返ってきて痛いです。一点に絞った攻撃は簡単に逸らされる。なら投げは」
ハーグ先生は私の右手を掴み、そのまま私を上へ放り投げた。
地面が遠くなり、私はそのまま床へ叩きつけられたのだが難なく足から着地する。
少し勢いが有ったので私は力を横に逃がすために一度転がった。
「力による圧力では姿勢が崩れないから投げてもダメージがない。どうやって倒せばいいんですかね。流体が自然に出来ていますから、刃物を直接受けたりしなければ怪我もしませんよ。つまり免許皆伝です」
「褒められているんですよね……? 先生、ありがとうございました」
「後は目を鍛えてくださいね。矢でも何でも掴めれば後はどうとでもなりますから」
「この後はどうすればいいでしょうか」
「実践、実践、実践あるのみです。幸い魔物も沢山いますから……おっと、これはあなたに対する嫌味じゃないですよ」
「分かってます。先生は嫌味は言わないですから。ちょっと軽薄だからそう聞こえますけど」
「ははは。いやぁ誤解されやすくて困ります。しかし……武の神様、私もあってみたいですね。やはり神との対話は聖女様の特権ですか」
私も神様と会ったのはあれ一度きりだ。本当に神様だったのかもわからないけど。
先生は来た時と同じようにあっさりと帰っていった。
去り際に勉強になりましたよ、お嬢様と残して。
「それじゃあ、しばらく魔物退治をしてみようかしら」
「お嬢様、流石に御冗談……ですよね?」
メイドは困ったように私に聞いてきたが、もともと魔物を何とかするのが聖女の仕事だし、これは聖女の力ではないけどそれが私の役目ではないでしょうか。
「ちょっと奮発して魔物退治用に装備とか、服を用意しなきゃね」
私が本気で言っているのが分かったのか、メイドは警備長のポーテスに困った顔を向ける。ポーテスは私が一度言い出したら止まらないのが良く分かったのか、静かに首を振った。
「もうお止めはしませんが、旦那様と奥様からの許可は得てください。貴女は公爵家只一人の御令嬢なのです。その身には尊き血が流れているのですよ」
「多く与えられた者は、より多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。魔物を退治することは我々貴族の義務でもあるわ。私は今まで義務を果たせなかった」
「それは! お嬢様の責任では……」
「心配してくれているのね。いつもありがとう。私は私の役目を果たすわ」
両親は何度も何度も説得してくれたのだが、遂に私の意志に折れて認めてくれた。
私が只のお嬢様なら絶対に許してくれなかっただろう。
出来損ないの聖女であったからこそ、本来の役目を果たすという私の言葉を両親は翻せなかった。
私が生まれた意味を、自らの手で生み出す。
もう一度私が自分の足で立つために、それは絶対に必要なことだ。
0
あなたにおすすめの小説
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?
Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」
私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。
さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。
ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?
(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです
しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。
さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。
訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。
「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。
アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。
挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。
アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。
リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。
アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。
信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。
そんな時運命を変える人物に再会するのでした。
それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。
一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全25話執筆済み 完結しました
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで
渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。
……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。
「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」
「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」
※※※
冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる