電書魔術プロジェクト タブレットマギウス ~ジュラン閣下のやんごとなき道楽~

南雲遊火

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第2話 ~東京~

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 頼み、が、ある。
 なぁに。そんなに、難しい話じゃない。
 此処の偉い人皇帝陛下 には、オレが話をつけてきたから。
 お前に何かがあった時、すぐに帰って来れるよう、できるだけ、「此処から動かないで」ほしい。
 ……そうだな。確かにそれは、お前にとっては難しいことかもしれない。
 だから、無理に「約束しろ」とは言わない。
 お前が無理だと思ったら、「」……お前の好きなところに、一緒に行こう。
 だから、オレを待ってて。アイツらの目をかいくぐって、こっそり会いに来るから。
 その時は、お願いだ。笑って出迎えてくれよ。十蘭ジュラン


「さっぶ……」
 ジュッドがぶるりと震えた。
 彼は砂漠育ちなので夜の冷えは慣れてはいるはずなのだが、寒いものは寒いのか、大袈裟なほどモコモコのコートを着込み、首にはグルグルとマフラーを巻いている。
 吐く息は白く、彼の金の目を隠すサングラスが曇った。
「誰のせいだよ……ったく、オレ一人ならもうちょっと過ごしやすい時期を選んだんだけどな」
 ジュッドの背中の翼は、半鳥族アプサラスの中では比較的大きいとはいうものの、基本的には退化しているため、飛べるほど大きくはない。
 が、衣服が薄いとどうしても背中がボコボコと目立つため、厚着の時期を選ぶしかなかった。
「2015年12月24日。……なんでよりによって、クリスマス・イヴなんて日に来ちゃうかなぁ」
 どう考えても不審者極まりない相棒と、周囲が男女のカップルまみれな状況にぼやきつつ、ライヨウは弟の言葉を思い出して、ため息を吐く。
「兄さんだけだと、ちゃんとMANAが一体どういったものなのか……調べてこれるかちょっと心配なので、ジュッドも付いて行ってください」
 悔しいが、機械関連や戦闘関係は、自分よりジュッドの方が頼りになるのは事実だった。かといって、方向音痴のジュッド一人だと、帰ってくるどころかたどり着けること自体が心配になってくる。
 妖魔ディーヴァは、あの世界カイン・ワールドにとって、アベリオンとは違う世界からやってきた侵略者だ。
 故に、『偶然たどり着くことができた』アベリオンとは違い、元々時空を跳躍する能力を有する。
 しかし、「ある特定の時間軸と空間軸を固定して」跳躍することは、たとえ妖魔であっても、難しい。
 対して、ライヨウの弟、ジュランは、元NASA勤務の経歴を持つ技師だった。そんな彼があの世界カイン・ワールドで手に入れた知識と技術を使って造りだした最高傑作、巨大コンピュータ『アイオーン』の、主な機能は空間演算装置だ。
 異世界から混入したヒトやモノ……『異物』から、空間の歪の形跡(ジュランは『余韻』と呼んでいる)を計測し、それが、どこの、どの時代からやってきたモノであるかを割り出す。
 妖魔のライヨウと天才のジュラン……この二人が揃って、そして協力することで、初めて『世界を越えた往復』が可能になった。
 もちろん、一部の限られた者だけが知る、ささやかなる進歩ではあったが。
「MANA……ねえ」
 ライヨウはポツリ……と、呟く。
「言葉通りのマナなら、「神秘ちからの源」なんだけど……」
 呪術なら呪力を。
 魔法なら魔力を。
 そして、精霊術なら精霊を指す言葉。
「でも、ぱっと見そんなモノ、無さそうだよなぁ……」
 街ゆく人々の手には、大小さまざまな件の機械……1988年に異世界カイン・ワールドに飛ばされたライヨウはその名称を知らないが、スマートフォンやタブレットが握られている。
 が、先程から観察している限りでは、ジュランの言う「魔法」のようなモノは見られない。
「……うーん、早速だけどお手上げ状態。どうしようかなぁ」
 ライヨウはジュッドの腕を引き、人の多い大通りから、人気の無い、細い裏路地に入る。
「貴様はもともとこちら側の人間だろう。調べるための、ツテやアテはないのか」
「あー、ないことはない……んだけど……」
 言いにくそうに、ライヨウが言葉を濁す。
「オレ、多分推定、こっちでも死んだことになってるから」
 否、確かに自分はあの時死んだ。と、ライヨウは首を振る。
 1988年の、夏の終わりに。飛行機が落ちて。
 自身の身体に、大小様々な破片が刺さり、大きな金属の塊に足を潰され、心臓を貫かれる感覚を思い出して、ライヨウは震えた。
 いや、違う。
 心臓を、貫かれたのは……。
「ライヨウ?」
「……あ、スマン。……そうだな、ここが2015年ってことは……オレらがいた頃より、27年後の未来だ。知り合いとか、よほどのことがない限り全滅ってことはないだろうけど……この見た目どうよ?」
 ライヨウは、自分の顔を指さす。
「ジュランのヤツがくらった呪のせいで……下手すると、事故った当時よりはもちろん、事故る直前に生まれた娘より、見た目若いよ? 今のオレ」
「あ、あのー……発言、よろしいでしょうか?」
 突然、若い女の声が、2人を遮った。
「なんだよツキコ」
 不機嫌そうに、ライヨウがぼやく。普段は首から下げている、大きな鶏の卵大の青い石をジーンズのポケットから取り出して、手のひらに乗せる。
 その石からボウッと立体映像が浮かび、1人の女性が手を振って、一生懸命発言権取得のアピールしている。
 アルファベット・ナンバーズ、ツキコ。グレースと同じ、ジュランの作った、巨大コンピュータ・アイオーンの守護者AI……。
「あの、私、この世界の情報網に、アクセスしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ?」
 眉間にしわを寄せ、ライヨウはAIを睨む。
「先程から、なんかこう、言葉にするのは難しいですが、私、ビリビリ感じちゃってまして、もしかしたら、いけちゃったりするんじゃないかなぁと……」
「……何を言ってるんだお前は」
 語彙の無いツキコの言葉に、ジュッドは思わずがっくりと肩を落とす。そして同様に赤面するライヨウに、あわわッとツキコは首を横にふった。
「違いますって! つまりですねぇ、電波というか波長といいますか、ココ、さっきからなんか色々飛び交ってるワケなんですよ。だもんで、私も飛び込んだら、アクセスできるんじゃないかと……」
「……それ、大丈夫か?」
 不安そうに、ジュッドがツキコに問う。
「大丈夫です!」
「……やれるもんなら、やってみろや」
了解ら・じゃーッ!」
 自信満々のツキコに、胡散臭げな表情を浮かべながらも、ライヨウがゴーサインを出した。
 ……が。 
「キャーッ!」
 直後に、つんざくようなツキコの悲鳴が響いた。
 驚いたライヨウは思わず石を落とし、小さく舌打ちする。
「どうした!」
「ナニコレッ! なんかいっぱい入ってきたッ! 嫌ぁーッ!」
 先ほどの自信はどこへやら。ツキコの泣きそうな声があたりに響く。
「なんなのこれー! ワーム? いやーん! 気持ち悪いッ! だれか助けてーッ!」
「………………」
 絶句して唖然とするライヨウに代わり、ジュッドが「案の定……」と、苦笑を浮かべながら、同じ石を自分のコートのポケットから取り出して、冷静に指示を飛ばした。
「……キャナル、ツキコを助けてやれ」
「了解いたしました。マスター・ジュテドニアス。エリスとフローレンス、グレースと共に、アイオーン内に侵入したコンピュータ・ウィルスの駆除を行います」
 相変わらずキャーキャーと悲鳴をあげるツキコとは別の冷静な女性の声が応答し、ふう……とジュッドはため息を吐いた。
「何度も思うが、元が同じAIとは思えんな……」
「AIに個性つけるとか、ジュランのヤツ、変なところにこだわりやがって……」
 アルファベット・ナンバーズ……ジュランがアイオーンの管理と防衛の為に作った、AからZの頭文字イニシャルを持つ、26名のAI。
 その全てに、ジュランは異なる女性型の対人インターフェイスと、性格を与えた。
 ある者は情報収集とその処理や解析を担当し、ある者は他国への諜報活動に専念し、ある者は日々メインコンピューターアイオーンの防衛に徹しているという。
 そして、ツキコやキャナルのように、ジュランが信頼できる者に与えた、それぞれの「端末」の、ナビゲートやサポートを行う者も。
「ったく、役に立たねーモン、作るんじゃねーよ……」
 制作者ジュランへの愚痴が聞こえたのか、ウィルスワームに震えたツキコが、抗議の声をあげた。
「役立たずって言わないでくださーい! 我らアルファベット・ナンバーズの基本スペックは、あの世界カイン・ワールドのAIで一番だって自負してるんですけどー!」
「アルファベット・ナンバーズは優秀でも、テメェが無能なんだよバーカッ!」
「あぅぅ……マスター・ライヨウが正論すぎて言葉になりません……」
 あーもう、と、立ち上がりながらライヨウは頭をガシガシとかいた。
「しゃーねーな……蛇の道は蛇……ってことで、いつもの方法とるか……」
「いつもの?」
 初めからそうしろよ……と言いかけたジュッドは、普段見られない、ライヨウの気迫のようなモノを感じ、口をつぐんだ。
「……ホントは、嫌なんだよ……コレ。十中八九、力技と流血沙汰と逃走劇になるから、覚悟しとけよ」
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