四本目の矢

南雲遊火

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第三話 隆元の遺言

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 三条さんじょう小鍛冶こかじ宗近むねちかは、平安時代五百五十年とちょっと前、一条天皇の時代に生きた、刀鍛冶である。
 彼の打った刀は数々の伝承を纏いながら現代に伝わり、そして、そのうちの一つが──。

隆景又四郎殿が所有していた……と」

 二人の仁王──乃美のみ宗勝むねかつおよび乃美のみ隆興たかおきの二人に連れられ、新高山城にいたかやまじょうに入った就辰は、眉間に皺を寄せる。

 数年前に、沼田ぬた川を挟んだ対岸の高山城から引っ越したという新高山この城は、岩場や急な崖の多い、大きな山城であった。

 として招かれた・・・・立場である就辰の主観的な感想ではあるものの、城主の大切な刀を盗まれた事後・・であることを踏まえたとしても、物々しい警備の中、そう簡単に、部外者が中に入れるとは思えない。

(犯人は、内部の人間……か……?)

 そう考えた方が、自然ではある。が。

「お・待・た・せ・し・ま・し・た!」

 薄化粧を落とし、女物の衣装から男物の小袖を身に纏った少年が、大股で部屋に入ってきた。
 不機嫌さを隠さず、ドスドスと足音を立て、就辰に向かい合うよう、どっかりと座る。

「宮寿丸にございます」
「これ! 四郎しろう!」

 名乗るや否や、あからさまにそっぽを向く宮寿丸を、彼の祖父にあたる乃美隆興が、たしなめ──るかとおもいきや、実力行使とばかりに頭を押さえつけた。

しつけがなっておらず、大変、申し訳ございません……」
「いや……」

 そうは言うものの、予想通り・・・・かつ・・予想以上・・・・の状況に、就辰の口から、乾いた笑いが漏れ出る。

 先ほどから彼は就辰に対し、隠すことなく、敵意向きだしで──それはたしか、就辰が元就・・の名を、出した時以降からのこと。

──四郎はその……御屋形様と折り合いが悪く、八年前から私の父と、隆景殿に預けているのですが、連絡が取れないのでございます──

(わっかりやすーい……)

 乃美の大方の言葉が就辰の脳裏をよぎり、とほほ……と、肩を落とした。

 が。

「じゃ、そういうことで」
「あッ!」

 押さえつける祖父の腕を、隙を突いて振り払い、素早い動きで立ち上がった宮寿丸は、脱兎の勢いで部屋から飛び出す。

 表情を固まらせ、慌てて追いかける隆興祖父。思わず呆気にとられながら、就辰と宗勝は、二人を見送るしかなかった。

「げ……元気そうで、何より、です」

 とにかく間を繋げなければ──と、口を開いた就辰に、宗勝は、「はぁぁぁぁ……」と、困ったように大きなため息を吐いた。

「元気は元気であるのですが……ここだけの話、妙に頭の回転が早く、しばしば、こちらの意表を突く行動に出るといいますか……実に手を焼いておりまする」

 さすが、『謀神』の血を引く息子──と、就辰は感心しつつ、しかし、宗勝には気づかれない程度ではあったが、ほんの少しだけ、小さく、ため息を吐いた。

 と、その時。

 先ほどバタバタと遠のいた足音が、逆にだんだん、この部屋に近づいているような気がして、思わず二人は入り口に視線を向けた。

 そして、現れたのは──。

「戻った。が、宗勝。この騒ぎは一体、どうしたことだい?」
「と、殿ぉーッ!」

 宗勝が大きな声を上げ、思わず後ずさった。

 確かに、宮寿丸は少女に見えるほど小柄ではあったが──十代半ばの少年宮寿丸を、軽々と小脇に抱えた細身の美丈夫が、無言の仁王の片割れを伴い、やんわりとした微笑みを浮かべつつ──しかして、他者に有無を言わさない覇気オーラを纏って、室内に入ってきた。

 新高山城城主、小早川こばやかわ隆景たかかげ──。

「あぁ、二宮の……君だったのかい? 父上からの使者というのは」

 若輩者故、就辰は遠巻きにしか隆景を見たことが無かったが、まさか隆景が、自分の事を知っているとは、微塵にも思わなかった。

 思わず顔に出てしまっていたか、表情を緩め、隆景はにっこりと就辰にほほ笑む。

「もちろん、君の事は知っている・・・・・よ。君は兄上や父上の、お気に入り・・・・・だから、ね」
「──ッ」

 思いもしなかった人物の名が出て、就辰は目を見開き、そしてグッと、口を真一文字に結んだ。

 隆景の言う──それは、彼の長兄。
 今は亡き、毛利もうり隆元たかもと

「その……それは……」
「……あぁ、すまなかった。他意は無い・・・・・んだ。本当に」

 じたばたと暴れる小脇の宮寿丸を、さして気にした様子もなく、にこやかに首を横に振る隆景だが──しかし、彼の言葉で、就辰は確信した。

隆景又四郎殿。お願いがあります」

 どうか、人払いを──。

 就辰の言葉に、隆景は穏やかに微笑みながら、静かにうなずいた。


  ◆◇◆


 人払いをしてもらったものの、さて、どこ──否、から話そうか。と、就辰は思案した。

 対面する隆景はというと、相も変わらず穏やかな表情で、頭を下げたまま、動かない就辰の言葉を待っている。

 しばし、無言の時間ときは続く。

 が。

「──その、から、聞かれましたか?」

 勇気を出しての就辰の一言に、隆景は正直に、隠すことも、飾ることもなく、事実を語った。

「最初は、兄上の手紙・・でね。ほら、父上にしばしば郡山城まで呼び出されてはいたものの、自分は元服前から、小早川家こちらにいたから」

 そして、こちら・・・から何も聞かずとも、父上・・も、すぐに教えてくれた。と、隆景は静かに答える。

「兄上は余次きみのことを、心の底から大切に思っていた」
「……存じて、おります」

 隆景自身に、就辰に何か・・しようとするつもりはさらさら・・・・無いだろうが、彼の口から出る言葉は、就辰に深々ぐさぐさと刺さる。

 実際、生前の隆元は、元服前──否、幼い頃から就辰の事を、大袈裟なほどに気にかけてくれ、何も知らなかった・・・・・・・・就辰は、そんな彼を、心の底から、慕っていた。
 大人になった時、仕えるべき、として。

「けれど、自分は、選んだ・・・んです……」
選ばざるを・・・・・得なかった・・・・・……では、なくて?」

 隆景は、実に痛い・・ところを、的確に突いてくる。

 確かに、状況的に、その選択肢しかありえなかった──とも、言えなくはない。
 けれど。

「お願いです。隆景又四郎様。自分は──毛利家家臣、二宮余次就辰です」

 どうぞ、そのように・・・・・、お扱いください。

 伏せたまま身動き一つしない就辰に、隆景は小さく、肩をすくめた。


  ◆◇◆


 天文十四年十一月、元就の正室であり、隆景たちの母、妙久みょうきゅうが亡くなった。

 それから間もなく年が明け、天文十五年二月、虎法丸二宮就辰は生を受ける。

 彼の母は、二宮家と同じ毛利家家臣の矢田やだ元通もとみちの娘であったが、彼女が二宮にのみや春久はるひさに嫁いだ時、その腹は既に、大きく、はちきれんばかりであったという。

(さて、父上は一体、どういうつもりで、突然を、ウチに、寄越したのでしょう?)

 隆景は考える。

 隆元あにが、どういう経緯いきさつにて、の存在を知ったのか、それは隆景にも解らない。

 けれど。

虎法丸とらほうまるは、とても素直で賢い、良いだ。だから、隆景又四郎。お前もどうか、あの子を、気にかけてやってくれ」
(兄上……)

 今となっては遺言の一つとなってしまった、兄のお願い・・・
 就辰の出自云々全てを抜きにした客観的な状態であっても、彼の評判はすこぶるよく、隆景としては、素直に聞き入れるつもりではいるのだが。

(はてさて、どうしたものやら……)

 月山富田城への出陣まで、さほど時間が取れない中──父の考えを読もうと、隆景はしばし、一人で考えることにした。
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