四本目の矢

南雲遊火

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第二話 新高山城の金剛力士

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 雪が緩み、ずいぶんと暖かい日が続くようになった。
 とはいえ、年に数えるほど──それも、大概はうっすらとしか雪の積もらない自分の城に比べ、北の山地は寒いし、緩んでいるとはいえ、まだまだ雪の量は多い。

「よう。隆景」

 火鉢に当たりながらカタカタと歯を鳴らして震えていると、元春がニヤニヤとした妙な笑みを顔に貼りつけ、近づいてくる。

雪合戦・・・軍師様・・・も、意外と寒さにゃ弱いってか?」
「兄上……」

 子どもの頃の話を持ち出して、軽口をたたく三歳年上の兄に、隆景は一瞬、ムッと眉間に皺を寄せつつ──しかし、すぐに表情を戻し、口を開いた。

「癪の方のお加減は?」
「何年前の話だ!」

 元春が原因不明の胸腹部痛に見舞われ、京からわざわざ医者を呼び寄せるほどの大騒ぎになったのは、三年前のこと。

「ンなモン、とぉーの昔に、治ったわ!」
「それは結構」

 で、何の御用です? と、真顔で返してくる可愛げのない弟に、むむむ……と、元春は唇を噛んだ。

 教えるの、辞めよっかな──と、一瞬本気で思ったものの、こちらから声をかけた手前、忌々しそうに、口を開いた。

「……親父殿が、妙な動きをしているらしい」
「父上? 父上の奇行……げふん、突拍子の無い行動は、いつもの事でしょう?」

 何を今更……と取り合わない弟に、そうじゃない。と、兄は首を横に振る。

「お前が此処・・にいる事を知りながら、お前の領地・・・・・に、わざわざ、使者を向けたらしい」
「ウチに……?」

 何故──と隆景は腕を組むが、次第に眉間のシワは深くなり、表情もだんだんと渋くなった。

「すみません……ちょっと、新高山にいたかやま城まで帰ってきます」

 隆景の頭に思い当たることがあったのか、単純に嫌な予感がしたのか──彼はそう言うとそそくさと立ち上がり、部屋を出ていく。

「おうよ。親父殿がこっち来る雪解けまでには、戻って来いよー」

 隆景に聴こえているかどうかは判らないが、元春は火鉢に隠し持っていた餅を並べながら弟に叫んだ。


  ◆◇◆


「ッ!」

 何かに引っかかったのか、就辰は突然体勢を崩した馬から転げ落ちた。

「ってぇ……」

 水分を含んでぬかるんだ地面を運良くかわしたものの、滑り込んだ際、盛大にすりむいたのか、両腕がジンジンと熱い。
 しかし、怪我の程度を確認する間もなく、周囲に、何者かの気配が取り巻く。

「なんだよ……物騒だな」

 もう少しで、目的地である、新高山城に到着するというのに。

 十人以上の若い男たちに囲まれ、就辰は舌打ち腰の刀に手をかける。
 から拝領・・した、朱塗りの鞘を抜き、腰をかがめながら下段に構えた。

 しかし。

「なんだ」

 突然、少し離れた位置から聞こえる声。男たちがざわめき、一斉に、声の方に振り返る。
 彼らの頭の向こうに、市女笠を深々と被った小柄な人影が目に入ったが、間もなく、男たちは、その声の主に跪いた。

「行くぞ。こんなの・・・・に構ってる暇は無い」
「……は?」

 まるで嵐が通り過ぎたかのように、あっという間に男たちは撤収し、唖然とする就辰。

「ちょ……待て!」

 就辰は、肩を掴んだ。その感触は、見た目以上に細かったが──。

「……男?」

 女物の着物を纏うその人物は、意外と骨張っていた。
 声はやや低いが、少女のようなその綺麗な顔立ちは、まだ子どもと言っても差し支えない年齢で──気の強そうな視線とぶつかる。

「なんだ?」

 苛立ちを隠すことなく、少年は就辰を睨んだ。
 ──いや、そうじゃなくて。

「なんだ──は、こちらの台詞せりふだッ!」

 怒鳴りながら就辰が指し示した指の先を辿ると、街道を横切るよう、目立たないような低い位置に、縄のような黒い紐が張られていた。
 先ほどの馬は、アレに引っかかって、体勢を崩したらしい。

「落馬だぞ! 死ぬかと思ったじゃないか!」
「死ななくてよかったな」

 じゃ。と立ち去ろうとする少年に、それだけか! と襟首をつかんだ。

「俺は急いでいるんだ!」
「こっちだって急いでいるんだ! 新高山城まで、まだ少し距離があるってのに、馬を駄目にしやがって!」

 就辰の乗っていた馬は、少し離れたところで、うずくまっていた。
 しばらくは立てていたが、落馬直後、少し動きがおかしかったので、骨折してなければいいなぁと、就辰は眉間にシワを寄せ、苦い顔を浮かべる。

 そもそもあの馬は、元就主人から借り受けた馬で──。

「あー、元就様・・・に、申し訳がな──」
「元就、だと……?」

 突然、少年の声音が変わる。
 同時に、ビュンッと空を斬る音が就辰の耳に届き、鼻の頭がじんわり熱を帯びた。

「うぉあッ!」

 何処からとりだしたか、少年の手には刀が握られ、彼は無言で就辰に襲いかかる。

(なんだ? コイツ……ホント!)

 金属同士がぶつかる、甲高い音が響いた。
 彼の刀は軽い・・が、その分素早く、勢いもある。

「くッ……」

 先ほど落馬した際の打ち身や擦り傷のせいで、いつものように動けない就辰は、苦戦を強いられた。
 決定的な致命傷はなんとかかわすが──。

(コイツ、何者だ……)

 そんな中、複数の馬と、妙な雄たけびが、徐々にこちら・・・に近づいて来て、二人の集中力をかき乱した。

「チッ……」
「な、何だぁッ?」

 まるで、近所の寺の門を守る、阿形吽形の仁王金剛力士像を彷彿とさせる、筋骨隆々な二人の男が、見た目からは想像もできないほど身軽、かつ素早い動きで馬から地面に飛び降りると、そのまま少年を押さえつけ、就辰に平伏した。

二宮殿・・・と、お見受けします!」
「御無礼、大変、申し訳ございません」

 二人の仁王は、就辰に深々と首をたれる。
 ぱっと見、見た目や顔立ちは似ているのだが、よくよく見ると年齢が少し離れているようで、親子か、少し年の離れた兄弟か──それに近しい関係ではないかと、就辰は思った。

「新高山城の留守を預かります、乃美のみ兵部丞ひょうぶのじょう宗勝むねかつと申します!」
「同じく、乃美のみ又十郎またじゅうろう隆興たかおきにございます」

 呆気にとられた就辰だったが、聞き覚えのある名に、思わず反応した。

「乃美……つまり、貴殿は、大方まる様の……?」
「は。大方様は、私の娘にございます」

 吽形の年配の仁王乃美隆興が、静かに答えた。

 まさか、大方様が留守だと言っていた原因・・が、いきなり迎えに来るとは思わず、就辰の口から、乾いた笑いが小さく漏れる。

 と、いうことは。

の目的は、もしかして既にご存知……ですか?」
「はい。しかしながら、その……当方、少しややこしい事態になっておりまして……」

 大変、申し訳ない。と、再度、仁王二人は少年の頭を地面にこするほど押さえつけながら、頭を深々と下げた。

「どうやらこの粗忽者が、人違いをしてしまった模様で! 本当に、申し訳ない!」
「人違い……?」

 少年たちが、大掛かりな仕掛けで馬ごと転倒させておいて、あっさりと引き下がったことに、就辰はなんとなく納得ができた。
 もっとも、行為自体が赦せるかどうかは、別の問題だが。

「ということは、貴殿たちは、誰かを、探していた……ということでしょうか?」

 こめかみをひくつかせながら、就辰は仁王二人に問いかける。
 二人は顔を見合わせるが、隠せないと察したか、諦めたように隆興が口を開いた。

「ここだけの話ではあるのですが……主、隆景の愛刀・・が、何者かに盗まれました」
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