精霊機伝説

南雲遊火

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つかの間の平穏編

第十九章 再会

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「今日は、ここまでにしましょう?」

 姉の言葉に、モルガは顔をあげた。
 窓の外がほんのりと明るく、夜明けが近い。

 姉の言葉にモルガはうなずくと、制作中の義手と道具を、手際よく片付ける。

 そういえば……と、モルガは口を開いた。

「ねーちゃんは、驚かんのか……? その……カイの事とか……ルツの事とか……」
「あら。こう見えて、十分、驚いてるわよ?」

 そう言いながらも、うっかりドアを壊したときのように動じた様子はなく、姉は弟に、にっこりと笑う。

 しかし、モリオンは、カイやルツについて、自分から問うことはない。
 今も、モルガが手を動かしている間、まるでサフィリンに接するよう、ルツを膝に抱いて・・・・・、絵本の読み聞かせをしていた。

(ハデス……いや、ミカさんには、ワシ、最初は触れれんかったのにのぉ……)

 チェーザレやユーディンは、モルガの事を千年に一度の『伝説級』と称した。

 しかし、そのモルガでさえ、カイと融合する前は、他属性の精霊の姿は見えても、声は聴こえなかった。

「ねーちゃんの加護って、何だっけ……?」
「ん? 光よ」

 ミカの姿も見えていたと、ルツから伝聞で聴いている。
 また、ルツに対する様子から、ルツの声も、しっかり聴こえているようで。

(もしかして……ねーちゃんって、ワシより元素騎士の素質あるんじゃ……)
「あぁ、そうそう」

 考え込むモルガに、モリオンは何かを思い出したようにきりだした。

「モルガ……じゃなくて、カイ君? えっと、そのままでも、二人に聴こえているのよね?」
「え? ああ」

 うなずくモルガに、モリオンはにっこりとほほ笑む。

「その……ちょっとモルガには言いにくいことなんだけど……カイ君。アックスに・・・・・気をつけて・・・・・ね」


  ◆◇◆


 モルガ・・・の一日は忙しい。

 朝起きると、着替えて朝食を済ませ、重臣会議に出席。もちろん、件の『仮面』は、人前では必ず身に着けている。

 会議が終わると、儀式や祭祀等、何もない日の午前中は日替わりでチェーザレとサフィニアから騎士として必要な知識の、座学の講義を受ける。

 昼食を食べ、夕方までは、『地宮軍部下』の騎士たちとともに戦闘訓練。これも、チェーザレとサフィニア、さらにステラが、モルガの様子を時々見に来た。
 ルクレツィアが来ないのは、チェーザレ曰く、「お前と立場が似たり寄ったりだから」とのこと。元素騎士に選ばれて一年経っていないのだから、それはそうだとカイは納得する。

 カイこと、『シャダイ・エル・カイ』。そして『精霊機ヘルメガータ』には、千年以上の戦闘経験がある。
 しかし、『モルガナイト=ヘリオドール』──彼には戦闘経験が皆無に近く、訓練とはいえ、『人間』の考える戦略や戦闘には、カイもなかなか、興味深いものがあった。

 模擬弾を入れた銃を撃つと、薄く焼いた煉瓦の的がぜるように割れた。

「上手いな」
「まぁ、親父や兄貴の作った銃の試し打ちは、ワシの担当じゃったからのぉ」

 感心したチェーザレに、フフンと得意げにモルガカイが笑った。

「……距離を倍まで伸ばしてみるか」
「やめてつかぁーさい……無理です。スンマセン。調子に乗りました……」

 内心、「この人間風情が……」とカイは舌打ちする。しかし、あくまでも訓練を受けているのは『モルガ』なので、波風立てないよう、カイは気を遣った。

 地宮軍──本来モルガが率いなければならないこの組織での、モルガの評価・・・・・・は、綺麗に二分していた。

 片や、騎士でさえなかった一般人が、精霊機に選ばれて・・・・・・・・操者となったと評価する者。
 片や、騎士でさえなかった一般人が、皇帝の寵愛・・・・・で操者となったと見下す者。

 ……見事に、当初のチェーザレの思惑通りではある。

 アリアートナディアルにおける、ヘルメガータの戦果で、圧倒的に前者に傾く者が多いのだが、中には、根強く反発する者も多い。

 そして……。

(奴は、まだ地宮軍此処に居るのか……)

 カイはある『騎士』を確認し、苦い顔をする。

 先代の、地の元素騎士、ギード=ザイン。
 向こうもこちらに気がついたか、憎しみの込めた目でギロリと睨みつけてきた。

(あんなの、ルツでなくとも拒絶するわ……)

 そもそもあの時は、選択肢が本当に酷かった。
 ろくな者を連れてこず、たまたま「動かすことができただけ」のギードを、選ばざるを得なかった状況。

アレ・・を選んでしまったことだけは、我の最大の汚点だな……)

 ぶるり……とカイは震えた。


  ◆◇◆


「モルガ!」

 訓練を終え、執務室に戻ろうとすると、待ち構えたように、モルガの部屋の前にルクレツィアが仁王立ちで待っていた。

「おう、ルツィ」

 モルガの調子でにこやかに手を振りながら笑うカイに、ルクレツィアは青筋を立てて怒鳴る。

「わざとらしいぞ! 貴様!」
「……大して変わらんだろう」

 カイが部屋の扉を開けた途端、ブンッと、何かが振り下ろされる。

「うぉッ……」

 すんでのところでカイが避けたが、絨毯にひっかかり、転がり込むように部屋に入った。
 そんなカイに、再度ブンッという音を立てて何かが振り下ろされて、モルガは身に着けていた仮面でそれを弾く。

 仮面に、そのような使い方が……と、ルクレツィアが感心した。と、今はそんな場合ではなくて。

「お前……」

 予想外の犯人の顔に、カイは紫の目を見開いた。

 茶色の癖の強い髪に、赤い瞳。
 双子のように、モルガ自分に瓜二つの容貌。

「アックス……」

 怒りの形相で訓練用の長柄の棒を振り回し、アキシナイト=ヘリオドールが叫ぶ。

「兄ちゃんを……返せッ!」
「うぉあッ!」

「アックスに、気をつけて」──モリオンの言葉を思い出し、カイは「この事か」と舌打ちした。

 ……アックスが、極度のモルガ兄ちゃん大好き人間ブラコンであることを知らぬは本人モルガばかりなり。

「こら! 落ち着け! ……というか、お前、アレがわかるのか・・・・・?」

 ルクレツィアに羽交い絞めにされ、身動きの取れないアックスが、悔しそうにうなずく。

「あぁ、まったく……本当に! 実に! めんどくさいな貴様らは」

 最愛の兄の顔で──しかし、兄ではない別のモノに、冷たく見下ろされ、アックスもギロリと睨み返す。

 苛立たしげに部屋のドアを再度開け、カイは廊下へ出ていった。

「ついてこい……まったく、『遊戯あそび』で精霊機を使った例など、我は今まで聞いたことがないぞ……」


  ◆◇◆


 精霊機を管理している場所は、通称『地下神殿』と呼ばれている。

 もちろん、神に祈るための神殿は別に──帝都の中央に大きなものがある。

 精霊機は時間を置くと勝手に治っている・・・・・・・・ので、整備の必要はない。なので、普段、地下神殿は無人だ。

 ──もちろん、警備の者は常駐しているので、適当に誤魔化して言いくるめたのだが。

「これで、良いのか?」

 ハデスヘルの心臓コックピットに、ルクレツィアとアックスが乗る。アックスの加護は『風』なので、普通に動こうとすると以前のモルガ同様、異物として扱われるのだが……。

「ミカ……奴は、どうするつもりだろう?」

 ルクレツィアの言葉に、ミカも首をかしげる。

 しかし突然、ハデスヘルのアラートが響く。すると、ハデスヘルの心臓コックピットに、ぼんやりとカイの姿が現れた。

「何を驚いている。この間・・・、貴様らがやったことを、こちらもさせてもらっただけだ」

 九天……とカイは呼んでいるが、心臓コックピット同士の座標の固定。

「もちろん、多少の調整はこちらでさせてもらった。というわけで、モルガ。これなら、貴様が我が、暴発させたとしても、こやつらに危害は加わることは無い」

 カイが、紫の目を瞑る。

 再び開けると、赤い瞳。

「え……えっと……その……のぉ……」

 モルガの声が震える。
 何と言って良いか、わからない。そんな顔をして。

「ひ、久しぶり、じゃのぉ……」

 ルクレツィアとアックスに飛びつかれ、二人分の体重を支えきれずに、そのままモルガは後ろにひっくり返った。
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