精霊機伝説

南雲遊火

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暴走する地の邪神編

第六十四章 モザイク

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「お前……カイ、か?」
「んぁ? ワシ以外、何じゃと思うとるんじゃ」

 無自覚らしい地の神シャダイ・エル・カイは、あんぐりと口を開けるルクレツィアを、紫のその瞳で、うろんげに、じっとりと見つめた。

 その口調──どうみても、体の主モルガナイト=ヘリオドールであるが。

「あいたたたたたぁ……」
「陛下!」

 通信越しに、ユーディンの声がもれて聴こえ、周囲を見回したルクレツィアは、思わず悲鳴をあげかけた。

 全天モニターに映る、アレスフィード。
 ヘルメガータに潰された様子はないが、白い機体はヘルメガータの隣に、寝そべるように転がって、ところどころ、関節部分が、バチバチと火花が散っているのは、気のせいではないだろう。

「大丈夫大丈夫! アックスのおかげで、心臓コックピットは、なんとか大丈夫……」
「しばらく動けんけどのぉ……」

 アレス側から座標の固定ができるほどの余力が無いのか、ユーディンとアックスの声だけが、ヘルメガータの心臓コックピットに届く。

「カイ。今の、状況把握はできているか?」
「え? ……ほーじゃのぉ。実は、あの馬鹿たれ──前任の操者ギード=ザインに連れ出されたあたりまでは把握できとったんじゃが、なんかこう、視界にモヤがかかったような、急に酷い眠気・・が来たような……多少は視えとった気もするんじゃけど……」

 覚えとらん……と、白銀の髪をガシガシとかき、カイはうーんと頭を抱える。

 以前の──執務室の埃だらけの寝台ベッド
 睡眠の必要のないにもかかわらず、自身が感じたことの無いはず・・眠気・・と、今、表現した──。
 そして、カイのその仕草は、些細なところまで、モルガそのもので。

 ルクレツィアは、思わず目を伏せ、カイに問いかけた。

「その……モルガは……?」
「んぁ? モルガなら……アレ……?」

 急にカイの表情が青くなり、わたわたと妙な動きをしながら、ぎゅっと彼は目を瞑った。

「あぁ、おっおった! ちゃんとる! 無理矢理ワシが出てこさされたせいで、めちゃくちゃダメージくらって奥底まで沈んで……その、かなり、怒っとる・・・・けど……」
「す、すまない。モルガ……」

 まさかこんなことになるとは……以前から薄々感じてはいたのだが、モルガに対して、何やら自分は、疫病神というか、酷い事しかしていない気がして、ルクレツィアは、しゅんと肩を落とす。

「んな事よりも……その、今は戦闘中、じゃないのかのぉ?」
「そ、そうだ」

 ハッとルクレツィアは顔をあげた。
 カイはうなずくと、「エロヒム!」と、闇の神を呼んだ。

『何用だ』
「今どういう状況か、戦場のデータをワシにくれ」

 カイの様子に、一瞬エロヒムも、虚を突かれたように無言になる。

「どした?」
『……いや、シャダイ・エル・カイよ。……了解した』

 闇の神は、どうやらこの場は、スルーすることに決めたようであった。


  ◆◇◆


あれ・・は、一体どういうことだ……?」

 エロヒムから情報を得ながら、カイは、再び戦場へと戻り、空へ駆ける。
 先ほどまでの敵味方無差別の無茶苦茶な攻撃は影を顰め、ヘルメガータは安定して、アレイオラ軍の機体と対峙した。

 ルクレツィアとハデスヘルは、一旦座標の固定を解除。
 そして、今度は修復中のアレスフィードへ固定する。

「そうじゃの……間違いなく、以前よりは混ざっとる・・・・・のぉ」

 ルクレツィアの問いに、言葉を選びながら、アックスが答えた。

「ワシとエヘイエーみたいに、完全に同化しとるわけではない。けれど……」
『以前のように、操者とシャダイ・エル・カイの自我が、明確に分かれているわけでもない……な』

 はぁ……と、アックスとエロヒムが、深くため息を吐く。
 ルクレツィアとユーディンは知らないであろうが、モルガの方も、シャダイ・エル・カイへ性格や口調、仕草が、一致とまではいかなくとも、少し寄っているところがあった。
 もっとも、あの時は、モルガと一体化した、邪神アィーアツブスが、表層へ表れているせいだと思っていたのだが。

(まさか、ボクのせい……じゃ、ないよね……)

 巨大な黒い繭を無理矢理引きちぎり、モルガを救出したユーディンは、青い顔で皆の話を聞く。

 うん、ボクのせいじゃない。ボクのせいじゃない。……たぶん。きっと。

「陛下……お顔の色が……?」
「え? ううん。なんでもない! 大丈夫!」

 ルクレツィアの言葉に、ユーディンは慌てて、ぶんぶんと首を横に振った。
 ……その場に一緒に居たアックスが指摘しないことから、たぶん、違うのだろう。と、ユーディンはそう思うことに決めた。

「しかし、あれは、混ざっているというよりは……」

 ルクレツィアは、先ほどソルから受け取った義手を──手を広げ、薬指の付け根についた、二つの石を見つめながら、小さくため息を吐く。
 自分の手より、一回り大きな、金属の手──。

「まるで、二人が、入れ替わってしまったような……」
「……」

 ルクレツィアのつぶやきを、アックスは無言で聴いた。
 彼女の言いたいことは理解できる。

 優しく情熱的な兄は、本能的で無慈悲な神に寄り、対して、無明で無垢なる神は、怜悧で感情的な人間に寄ってしまった。

 彼らにその自覚はなく──ただ、それでも、完全に入れ替わってしまったわけでは──。

『エヘイエー! 上だ!』
「え……」

 エロヒムが突然叫んだ。
 同時に、エロヒムが座標の固定を解除したのか、ルクレツィアの姿が、フッと消える。

 思わずアックス──アレスフィードがゴロゴロと横に転がり、飛んできた砲撃を避けた。
 アレスが突然予告なく動いたせいで、ユーディンは受け身を取ることなくひっくりかえり、背中をしこたま打ち付ける。

「アックスー!」
「スミマセンッ! 緊急事態ッス!」

 許してつかぁーさいッ! 悲鳴のような声を上げるアックスの代わりに、エノクが不意に姿を現し、報告した。

『今の攻撃は、ポセイダルナです! エヘイエー様!』

 水の精霊機──青の国の皇太子アサルが、すぐ近くに──。

あかの国の皇帝に告ぐ」

 ユーディンがごくりと唾を呑み込んだその時、周囲に大きく、冷たい声が響いた。

「我は、アレイオラ帝国皇太子アサル=コバルト。先日・・の雪辱を晴らしに来た」

 高圧的で、傲慢なその声の主を、ユーディンは全天モニター越しに、見上げる。

「アックス。動ける?」
「だいぶ回復してたんじゃが、今ので、またちょーっと、厳しくなった……かのぉ?」

 万事休す……しかし、アサルは思わぬ要求をしてきた。
 誰もが耳を疑い、そして、指名された当の本人ユーディンは、目を見開いてその声を聴いた。

「我は、貴様と、精霊機を降りて、白兵戦での一騎討ちを要求する」
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