精霊機伝説

南雲遊火

文字の大きさ
96 / 110
光の国との交渉編

第九十五章 新宰相就任

しおりを挟む
 翌朝。
 といっても、例によって日が昇ることは無く、外は真っ暗である。

 ユーディンは、会議室に集まる一同──処刑されたムニンたち旧トレドット皇家に連なる六人や、反乱に加担し、処罰された宰相派を除く、一同の面々を見渡す。

(……こんなに、少なかったか)

 自分の予想以上の人望の無さに、ため息を呑み込み、渋い表情を浮かべた。

 文官の中で一番地位が高いのは、東のアルファージア家当主カール。次いで、西のルーブル家の女当主オーランジェ。
 以下、ダーザイン卿、クォーツ卿、カムリ卿──と並ぶが、彼らはそこまで高位の貴族ではない。

 元素騎士からは、これまでチェーザレが座っていた位置にルクレツィアが座る。
 多重の加護神々の呪いを受け、闇の元素騎士の資格を失ったに等しいルクレツィアだが、皆に知られたわけではなく混乱を避けるため、しばし、立場上はそのままで……と、無茶な願いを持ちかけたのは、ユーディンだ。

 そして、その隣──肩身が狭そうに、今だ三等騎士の制服を纏うデカルトが座り、特例として呼ばれた、四等降格騎士のギードがさらに並ぶ。
 一瞬、ユーディンと目が合ったが、デカルトはすぐに、その視線をそらせた。

(無理も、無いか……)

 無茶な願いをぶつけたのは、こちら側だ。

三等騎士リイヤ・オブシディアン。一等騎士ラジェ・ヘリオドールはどうした?」

 そういえば、アックスの姿も見えず、ユーディンは問いかけた。

「それについて……まずは、ご報告いたします」

 恭しく頭を下げ、ルクレツィアは口を開く。

「その……実は、昨日、一等騎士ラジェ・ヘリオドールおよびヘルメガータが、勝手に出撃しまして……デウスヘーラーと、交戦したとのことです」

 会議室が一気にざわめいた。
 虚を突かれ、ポカンと口を開ける修羅ユーディンに、申し訳なさそうにルクレツィアは続ける。

「それに関して、一等騎士ラジェ・ヘリオドール……負傷をしたわけではないのですが、今は休ませて・・・・います」

 多くは語れないけれど、とりあえず、コレで察して下さい! と、ルクレツィアはユーディンに目で訴える。
 察したユーディンは、「わかった」と、素直にうなずいた。

一等騎士ラジェ・ヘリオドールは、後で余が直々に問い質す」
「それで……デウスヘーラーについて、判明しわかったことが、いくつかあります」

 ルクレツィアは、エロヒム・ツァバオトもう一柱の光の神の憑代であるというサフィリンの身元についてはぼかしつつも、カイやアックスから聞いた話を、彼らの代わりに報告した。

「つまりは、託宣の『七人の生贄』については、今は無視して構わない……という事か?」
「はい。その……身内として、大変複雑ではありますが、どうも、兄を慕っていたらしい、憑代となった彼女・・の、私怨による『復讐』である可能性が高い、とのことでございます」

 まさか、あのチェーザレ・・・・・・・を、慕う女性・・が、存在した……だと……と、一同内心、そんな奇特・・な人間がいたのかと、言葉にならなかったことはさておき。
 彼の性格を熟知しているであろうとはいえ、身内の目の前で露骨に驚くわけにもいかず、げふごほんと、それぞれなんとか、咳払いで誤魔化した。

「復讐……か……」

 少し物思いに、ため息を吐くユーディン。
 陛下? と首をかしげるルクレツィアに、ユーディンは口を開いた。

「それに関して、余も皆に、一つ報告がある。知っている者もいるだろうが、宰相……否、宰相、ベルゲル=プラーナは、既にこの世には存在しない」

 ざわり──再度、会議室がざわついた。

「既に、処刑済み、ということでしょうか?」

 四十は軽く超えているだろうが、品のある端正な顔。その切れ長の眉をひそめるオーランジェに、ユーディンは「いや」と、首を横に振る。

「代表して、スルーズ=プラーナが、命乞いをしてきた。言葉通り、ベルゲルの『首』を、持参してな」
「な……」

 一同、目を見開いて驚いた。

「それで、陛下は……」
「諸々の事情があり、保留中・・・だ。今は一族郎党、全員牢にぶち込んだ」

 頭を抱えながらユーディンはカールに言葉を返した。

「諸々の事情……ステラ=プラーナの事でしょうか?」
「……話が早いな。もう、卿の耳に届いていたか」

 そういうことだ。と、カールに向かって、渋い顔のユーディンはさらに言葉を返す。

 宰相ベルゲル=プラーナの従弟、スルーズ=プラーナ。
 彼は、ステラの──そして、双方折り合いが悪いとはいえ、ソルの父親でもあった。

メタリアあちらでの件、我らも聞き及んでおります。が、僭越ながら、その立后の件も、一度、白紙に戻された方がよろしいかと」

 鋭い視線のオーランジェに、それができれば……という言葉を呑み込みながら、ユーディンはぐっとこらえる。

「その話についても、今は保留だ。まずは最優先・・・で、行わなければならないことが多々ある」

 入ってこい──と、ユーディンが手を打つと、扉が開いた。
 室内に歩を進める三人に、一同、息を飲む。

 最初に入ってきたのは、白い髪の女性。
 続いて、赤い髪の、小柄な男。
 そして、最後に、長かった緑の髪を、バッサリと切り落とした──。

「……一体何を、始める気ですか。陛下」

 小柄な男──ソル=プラーナが、当事者でありながら、まるで一同の気持ちを代弁するかのように、口を開いた。

「いや、な。プラーナ第五整備班長。入ってきた貴公の目には、この会議室・・・・・、どう映る? 素直に申してみよ。いつものように・・・・・・・な」
「会議室……?」

 首を左右に振りながら、ソルは部屋を見渡す。
 本来であるならば、有力貴族や、直接政治に関わる地位の高い文官、元素騎士や、中隊長以上の地位の武官たち。
 そのほかにも、VDの整備に関わる各班長たちの姿もある──はずなのだが。

「……少ないですね。人。空席目立つし。それに……元素騎士の現代表・・・が、心もとない」
「う……」

 突然矛先の向いたルクレツィアだが、事実なので言い返せず、なんだか申し訳ない気分になって、ソルに頭を下げた。
 それに、厳密には、今の自分は精霊機に乗れる資格を失い、自分とこの場に居ないステラ以外、非正規的な手段で選ばれた、イレギュラーな操者しかいない状況──。

「ふ、不敬だぞッ! ソル=プラーナ!」

 素直を通り越して正直すぎるソルに、声を震わせてカールが怒鳴る。
 が、言われたユーディンは、怒るどころか、声を出して笑い始めた。

「へ、陛下?」
「その通りだ。ソル。まさしく、余が言いたいことを、ハッキリと言ってくれた」

 訝し気に眉を顰めるソル。
 ユーディンは部屋中に響くよう、声を張り上げた。

「人望が無いのは余の不徳。認めよう。しかし、政治の空白をこれ以上作ってはいけない。そのため、余は使える者は・・・・・なんでも使う・・・・・・ことにした!」
「はぁ?」

 まぁ、いつもの事ではあるがな。とニヤリと笑う皇帝に、ソルは開いた口がふさがらない。

「というワケで、ソル。貴様に第五整備班の地位と兼任して、臨時宰相代理・・・・・・の地位もくれてやる。わかったら、今すぐとっとと、馬車馬のように働け」
「ちょ、待って……陛下!」

 これにはもちろん、異論が出ないわけがない。
 慌てたカールが、甲高い声をあげた。が。

「なんだ。アルファージア公。異論があるなら、貴殿でも構わんぞ? もちろん、ルーブル公でも」
「う……」

 カールとオーランジェが、口をつぐむ。
 宰相位は確かに魅力的ではある。が、しかし、今、国が混乱する最中に就く地位としては、はっきり言ってギャンブルに等しい。

 二人の様子に、ユーディンはしてやったりと口を歪ませる。
 一周ぐるりと見回すが、皇帝と目を合わせようとする度胸のある人間は、ただ一人・・・・、ソルをのぞいていなかった。

「まぁ、よく聞け。あくまで、こやつに与えるのは臨時・・の、宰相代理の地位だ。何か・・あった時に、宙を舞うだと思えばいい」
罪人・・としては、うってつけの適任・・、って事ですね」

 余は、そこまで言ってはおらんぞ。と、ユーディンは肩をすくめた。

「チェーザレ亡き今、余が、一番信頼できる者は誰かと考えて……考えて選んだのが、お前だ」
「……言っておくが、奴のように甘く無いからな。オレは」

 渋い顔を浮かべつつ、諦めたようなソルの言葉に、ユーディンは鼻で笑った。

「あぁ、もちろん、知っている・・・・・
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...