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元旦那様の考えがわかりません。

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旦那様は、決して悪い人ではないと思います。
いえ、少し前までは悪い人だと思っていました。
浮気の件が誤解だと説明されるまで、私にそんなに魅力がなかったのかと、打ちひしがれた日もありました。
でもーー旦那様は私を愛していると言いました。
もう一度、やり直そうと。
私はそれを断りました。
終わったことを蒸し返されたくなかったから。
それに本当に好きだと言うなら、違和感があります。
なぜ、私と暮らした一年間、何も言ってくれなかったのです?
口下手だと言われてきましたが、度が過ぎているとは思いませんか。

「ねえ、アルジェルド様」
「………」

ここまで喋れば、旦那様は困ったような、焦るような、微妙な目をしました。
相変わらず旦那様はあまり話しません。
エリクル様とはよく喋っているのに。

「……もう、いいです」
「! ラティーー」
「次は、あなたから話しかけてください」

旦那様のいる部屋から出て、扉を閉める。
悲しそうな顔をされたって知らない。
だって旦那様は変わらないもの。

「あれ? ラティ様?」
「ロール……」

私達にお茶を持ってきてくれたのでしょう。
キョトンとして地面に座り込んだ私を見つめてきます。
せっかく持ってきてくれたのに、申し訳ないですね。

「ロール。お茶を、旦那様に渡してくれる?」
「何かあったんですか?」
「いえ……ただ、ちょっといづらくなっただけよ」

するとロールは眉を吊り上げて、すぐさま部屋に飛び込んでいきました。
嫌な予感がして扉に耳を押し当てれば、ロールの怒鳴り声が聞こえてきます。

「ラティ様、悲しんでますよ!」
「………知ってる」
「なにが知ってるですか! 追いかけなくていいんですか!?」
「いい」
「~~~っ、もうっ」

こちらに歩いてくる音がしたので、慌てて扉から離れます。
プンスカ怒ったロールが戻ってきました。

「煮え切らないですね! 本当に! アルジェルド様が何を考えているか知りたいですよ!」
「……私もだわ、ロール」
「ラティ様」

ロールの手には二つのカップがあったのに、今は一つ。
ちゃんと旦那様にお茶を置いてきてくれたのでしょう。
私の頼みを守って。

「……私はあなたに、無理をさせてはいないかしら」
「えっ!?」
「あなたとアルジェルド様は、何だか喧嘩ばかりしているように思えて。それも私のことばかりで。本当に、ごめんなさーー」
「そんなことありませんよ?」

ロールはニコリと笑って、私にお茶を差し出しました。
お茶を一口飲めば、温かさが口に広がります。

「ラティ様の前では喧嘩ばかりですけれど……実際はそんなことないんです。確かにアルジェルド様が何を考えているかはわかりませんけどね! でも、多分本気でラティ様のことは好きなんだと思います」
「いいえ、きっと違うわ。気の迷いよ。離れたから、欲しくなっただけ。手に入れてしまえばあの方はきっと冷めてしまうわ」
「ラティ様みたいに素敵な人と一緒にいられれば、幸せに決まってます! だから……恋人とまではいきませんけど。友人でも構いません。ラティ様とアルジェルド様が、ちょっとでいいからお話できればなぁって思ってます」

ロールはどこまでも私を気遣ってくれる。
何だか頼りになる妹を持ったような気分になります。
妹というよりは、歳が離れ過ぎているのですけれどね。

「もしアルジェルド様のことでお悩みでしたら、私が聞きます! 遠慮なさらずおっしゃってくださいね!」
「ロール……本当に、ありがとう」

ロールの笑顔に元気をもらいました。
その場から立ち上がると、溜まった洗濯物のことを思い出しました。

「洗濯物、干さなくちゃいけませんね」
「! 手伝います!」
「二人で干しましょう」

いつか、旦那様の考えていることがわかりますように。
心の中でそう思うのは、許されるでしょう。

◆ ◆ ◆

アルジェルドside

「追いかけなくていいの?」

今度は別のやつが来た。
うんざりして振り返れば、エリクルがこちらにやってくる。

「お前だって、わかってるだろう」
「まぁね」

今追いかけたって無意味だ。
ラティアンカは俺を拒絶し、両者共に傷つくだけだろう。

「でも、気持ちが大事でしょう? そういう小さな積み重ねが、女の子には響くんだよ」
「お前が言うと、言葉の重みが違うな」
「でしょう?」

女性に常にモテていたこいつのことだ。
そういった扱いには長けているんだろう。
エリクルはため息をつくと、先程までラティアンカが座っていた席へと腰を下ろした。

「何で会った時みたいにグイグイいかないのさ」
「………無理だ」
「そんなこと言ってるからいつまで経ってもヘタレ扱いなんだよ」
「やめろ」
「ラティアンカ嬢のこと、好きなんだろ? その調子じゃ本当に取られるぞ」

そんなこと、百も承知だ。
ラティアンカは魅力的な女性だ。
だからずっと好きなんだ。
でも、何か言ってラティアンカに嫌われるのではと思うと、一歩が踏み出せない。
もう十分嫌われているというのに。
大好きだ、愛していると叫んでも、「勘違いですよ」と悲しげに笑われるだけ。

「どうすれば……信じてもらえる?」
「信用の違いだろ。お前、信用されてないんだよ」
「そうか」
「だから、次の国であるラグランドにいる間に、ラティアンカ嬢の信頼を取ってみせろ」
「! で、でも、もう」
「そうだな。もう次の国だ。時間はないぞ。これは親友としてのアドバイスだ」

椅子から立ち上がり、トン、と胸元を指先で突いてくる。

「ラティアンカ嬢を逃せば、お前にいい出会いは一生来ないと思え」
「……………」
「それだけだ」

親友としての、アドバイス。
いい出会いは一生来ない。
そんなの、わかってる。
寧ろいい出会いなんてクソ食らえとか思ってもいる。
俺にはラティアンカしか愛せない。

「信用を勝ち取る、か……」

さて、まず何から試そうか。
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