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ごめんね。
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「………い」
「う……」
「おい、起きろ」
誰かに呼ばれて、眠気を示すように唸ってみせたのですが、相手には通じなかったようで。
しかたなく億劫になりながら目を開くと、何とそこにはレオン様がいました。
……いえ、レオン様ではありません。
「女性の寝込みを襲うとは感心しませんよ、マオ様」
「誰が襲うか」
不機嫌そうなお顔。
その割に、昼間争った時よりか態度は軟化していました。
「来い」
「どこへですか」
「黙ってついてこい」
有無を言わせぬ態度に辟易していると、横で寝ているロールが「んぅ」と寝返りを打ちます。
ロールが気持ちよく寝ているのに、邪魔をしたくはありません。
渋々ベッドから出てついていくと、夜風が体を包みました。
「寒い……」
「………」
バサリ、と何かが上から降ってきました。
どうやらマオ様の上着のようです。
「着ろ」
「一体どうしたんですか」
「……私にもわからん」
気の迷いというやつなのでしょうか。
結局連れて行かれたのは、庭園でした。
夜にもかかわらず、青の花は光るように、自分の存在を主張するように咲き誇っていました。
「綺麗ですね」
「だろう。ここは、母上自慢の庭園だ」
「はい。とても」
「……この花は、幻想の花であるビアンカをモデルに作られた、人工の花だ」
人工……つまり、作られた花ということです。
ここまで見事なのに作りものなのは驚きです。
「私、ビアンカは見たことがありませんので気づきませんでした」
「幻の花だからな。お前の旦那に言えば、取ってきてくれるんじゃないか」
「私は旦那様に何かを貰う気はありません。これで十分です」
私の薬指にはめられた指輪を上からなぞると、それは月の光に反射して答えてくれます。
海の宝石と呼ばれたものがはめこんである銀の指輪を、じっとマオ様は見つめました。
「……お前は旦那を、愛しているんだな」
「はい。一時すれ違いましたが、今はあの方なしでは生きていけないくらい愛しています」
「そうか」
そこからしばらく始まる沈黙。
この空気は、最初の頃の旦那様と似ていますね。
「………俺にも、そう思える人が欲しかった」
小さい、囁くような声で。
マオ様はそう零しました。
夜の静けさがなければ決して聞こえてこなかったであろうそれに、今なら本音を聞ける気がしました。
「なぜ、ロールとレオン様を嫌うのですか。やはり、魔術を使えることは恐ろしいのですか」
「そうじゃない。そうじゃないんだっ……私も、自分がわからない」
くしゃり、と。
まるで今にも泣き出しそうに表情を歪めてみせるマオ様に、「何て顔してるんですか」と笑いました。
「せっかくのカッコいい顔が台無しですよ」
「……何で、私のことを嫌わない」
「え? 聞いてらっしゃったんですか」
昼間のロールとレオン様の会話を聞かれていたのでしょう。
マオ様は迷うような仕草を見せましたが、素直に答えてくれました。
「お前が……何を考えているかわからなかった。何で私なんかに付き纏うのかわからない。出来損ないの、私なんかに」
「誰が言ったんですか、そんなこと。出来損ないなんて」
「……臣下達が話しているのを聞いた」
言葉を詰まらせながら、ゆっくりと己の心を吐露するマオ様。
「……弟は、獣人なのに、魔術が使える。それを危険視する者もいれば、王に相応しいと持て囃す者もいた。一番困っているのは弟だとわかっていた。……羨ましかった。私は、誰にも注目されなかった。シャルロッテが生まれてから、私はもう、用なしになった。死んでるものと一緒だ」
「何をうだうだ言ってるんですか」
はぁ~とため息をつけば、ギョッとマオ様がこちらを見ました。
「正直、私はあなたの心に寄り添うつもりはありません。ロールを怖がらせましたからね」
「………」
「羨ましい? ならなぜもっと人に話しかけなかったのです。やれることはたくさんあったでしょうに」
「うるさい」
「それとも、何です? あなたが求めているのは、慰めなんですか?」
「……違う」
「あなたは私に、何が言いたいんですか?」
黙り込むマオ様を睨むように覗き込むと、観念したようで口を割りました。
「謝りたかった。お前に。殺すとか言って、ごめん」
「………ツンデレですか」
「ツンデレ言うな」
「気取らないで素直にもっと早く、そう言えばいいのに。そういうところ、レオン様そっくりですね」
「私は」
「似てますよ。あなた達、双子でしょう? そっくりです」
「見た目がか」
「中身もです」
「そう言われたのは、初めてだ」
「あなたが本性を隠してきたからでしょう」
私に言われてようやく気づいたようで。
自分の手のひらを見つめ、あまりにも無垢な瞳でまばたきを繰り返します。
「……そうか。偽ってきたのか、私は」
「気づかなかったんですか?」
「気づかなかった」
「言いたいことはまあ、聞いてあげます。だからいい加減、私の言い分も聞いてくれませんか」
「いや」
「拒否権、ありませんから」
まだ私、あなたのこと許してませんからね。
そう伝えるべくマオ様を見れば、呆気に取られたようにこちらを見つめ返してきます。
「………わ、かった」
「よかったです」
「う……」
「おい、起きろ」
誰かに呼ばれて、眠気を示すように唸ってみせたのですが、相手には通じなかったようで。
しかたなく億劫になりながら目を開くと、何とそこにはレオン様がいました。
……いえ、レオン様ではありません。
「女性の寝込みを襲うとは感心しませんよ、マオ様」
「誰が襲うか」
不機嫌そうなお顔。
その割に、昼間争った時よりか態度は軟化していました。
「来い」
「どこへですか」
「黙ってついてこい」
有無を言わせぬ態度に辟易していると、横で寝ているロールが「んぅ」と寝返りを打ちます。
ロールが気持ちよく寝ているのに、邪魔をしたくはありません。
渋々ベッドから出てついていくと、夜風が体を包みました。
「寒い……」
「………」
バサリ、と何かが上から降ってきました。
どうやらマオ様の上着のようです。
「着ろ」
「一体どうしたんですか」
「……私にもわからん」
気の迷いというやつなのでしょうか。
結局連れて行かれたのは、庭園でした。
夜にもかかわらず、青の花は光るように、自分の存在を主張するように咲き誇っていました。
「綺麗ですね」
「だろう。ここは、母上自慢の庭園だ」
「はい。とても」
「……この花は、幻想の花であるビアンカをモデルに作られた、人工の花だ」
人工……つまり、作られた花ということです。
ここまで見事なのに作りものなのは驚きです。
「私、ビアンカは見たことがありませんので気づきませんでした」
「幻の花だからな。お前の旦那に言えば、取ってきてくれるんじゃないか」
「私は旦那様に何かを貰う気はありません。これで十分です」
私の薬指にはめられた指輪を上からなぞると、それは月の光に反射して答えてくれます。
海の宝石と呼ばれたものがはめこんである銀の指輪を、じっとマオ様は見つめました。
「……お前は旦那を、愛しているんだな」
「はい。一時すれ違いましたが、今はあの方なしでは生きていけないくらい愛しています」
「そうか」
そこからしばらく始まる沈黙。
この空気は、最初の頃の旦那様と似ていますね。
「………俺にも、そう思える人が欲しかった」
小さい、囁くような声で。
マオ様はそう零しました。
夜の静けさがなければ決して聞こえてこなかったであろうそれに、今なら本音を聞ける気がしました。
「なぜ、ロールとレオン様を嫌うのですか。やはり、魔術を使えることは恐ろしいのですか」
「そうじゃない。そうじゃないんだっ……私も、自分がわからない」
くしゃり、と。
まるで今にも泣き出しそうに表情を歪めてみせるマオ様に、「何て顔してるんですか」と笑いました。
「せっかくのカッコいい顔が台無しですよ」
「……何で、私のことを嫌わない」
「え? 聞いてらっしゃったんですか」
昼間のロールとレオン様の会話を聞かれていたのでしょう。
マオ様は迷うような仕草を見せましたが、素直に答えてくれました。
「お前が……何を考えているかわからなかった。何で私なんかに付き纏うのかわからない。出来損ないの、私なんかに」
「誰が言ったんですか、そんなこと。出来損ないなんて」
「……臣下達が話しているのを聞いた」
言葉を詰まらせながら、ゆっくりと己の心を吐露するマオ様。
「……弟は、獣人なのに、魔術が使える。それを危険視する者もいれば、王に相応しいと持て囃す者もいた。一番困っているのは弟だとわかっていた。……羨ましかった。私は、誰にも注目されなかった。シャルロッテが生まれてから、私はもう、用なしになった。死んでるものと一緒だ」
「何をうだうだ言ってるんですか」
はぁ~とため息をつけば、ギョッとマオ様がこちらを見ました。
「正直、私はあなたの心に寄り添うつもりはありません。ロールを怖がらせましたからね」
「………」
「羨ましい? ならなぜもっと人に話しかけなかったのです。やれることはたくさんあったでしょうに」
「うるさい」
「それとも、何です? あなたが求めているのは、慰めなんですか?」
「……違う」
「あなたは私に、何が言いたいんですか?」
黙り込むマオ様を睨むように覗き込むと、観念したようで口を割りました。
「謝りたかった。お前に。殺すとか言って、ごめん」
「………ツンデレですか」
「ツンデレ言うな」
「気取らないで素直にもっと早く、そう言えばいいのに。そういうところ、レオン様そっくりですね」
「私は」
「似てますよ。あなた達、双子でしょう? そっくりです」
「見た目がか」
「中身もです」
「そう言われたのは、初めてだ」
「あなたが本性を隠してきたからでしょう」
私に言われてようやく気づいたようで。
自分の手のひらを見つめ、あまりにも無垢な瞳でまばたきを繰り返します。
「……そうか。偽ってきたのか、私は」
「気づかなかったんですか?」
「気づかなかった」
「言いたいことはまあ、聞いてあげます。だからいい加減、私の言い分も聞いてくれませんか」
「いや」
「拒否権、ありませんから」
まだ私、あなたのこと許してませんからね。
そう伝えるべくマオ様を見れば、呆気に取られたようにこちらを見つめ返してきます。
「………わ、かった」
「よかったです」
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