探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

文字の大きさ
68 / 99

火花が散った。

しおりを挟む
バチンッ、と。
衝撃が頭を直撃し、そのまま目がぐるぐると回り出しました。
嘘、嘘、うそ。
持っていたティーカップを掴む力もないまま、手が勝手に緩んでそれを落としました。
ガチャンとティーカップの割れる音が、どこか遠くに聞こえました。
回る。何が、見えて。

「ーーーっ!」

のは、マオ様の腹部が刺された姿。
あの方は心底愉快げに笑い、血を吐いて倒れ。
その瞬間たくさんの魔術師がこの国を覆い尽くし、数々の人が尽力するも、まるで歯車が噛み合うように事は上手く進んでいき。
最後に、誰かがロールに手を伸ばし。
そこでブツリと途切れました。

「………」

気づけば走り出していました。
もつれる足を懸命に動かし、見えた先へ。
もともと嫌な予感はしていました。
ロールを襲った火球が、まるで少し先の未来を見たように察知できたこと。
そして、先程の現象。
……叫びたい気分ですね。
あれは、本来私に受け継がれるはずだった力です。
それが受け継がれなかったから、捨てられたというのに。
この世界を揺るがす、『先読み』の一族の力。
それを持った者が未来を変えるために動けば、たちまち未来は姿を変える。
その力は一族の人間にしか受け継がれず、数はもう潰えたかと思えた、力。
何で私なんですか。
妹は、どうなったのですか。
この力を持つ者は、各世代に一人しかいないというのに。
本当に神様とやらが嫌いになりそうです。
でも、今はそんな神様に文句を言っている場合ではありません。
先読みの力で見た場所は、どこかの聖堂。
女神像に向かって祈りを捧げる人達。
確か、あそこ。

「!」

庭園が見えたので、私は走るスピードを上げました。
そう、あの聖堂は庭園の前の扉の部屋。
肺がギリギリと絞られているように辛く、横腹が痛みだしました。
酸欠でクラクラしますし、こんなに走ったのは久しぶりです。
それでも足を止めるわけにはいきません。
扉を開けようと手をかけて、なかなか開かないことに気付きました。
めいいっぱい何度か体当たりをすると、扉が勢いよく開きました。
驚く人達を駆け抜け、中央にいるマオ様に目を向けます。
ーーマズい。
ナイフがマオ様の腹部に吸い込まれようかという瞬間に。
ギリギリ滑り込み、マオ様を思い切り抱きしめました。

「ーーは?」
「ご無事、ですか? マオ様」

そこまで言って、ふと違和感を感じます。
腹を刺されたのなら激痛が走るはずなのに、ちっとも痛くありません。
不思議に思っていると、ネックレスについていた宝石が、音を立てて割れてしまいました。

「あ……」

地面に落ちた宝石の破片を、呆然として見つめます。
私の身代わりとなってくれたのでしょう。

「っ、何をする!!」

マオ様が私を庇うように後ろにぐいと押しやりました。

「何をするって……マオ様が、ここで死なれては、困ります」
「おまっ、怪我は……は?」
「ないです。身代わりになってくれました」

宝石の破片を指差せば、マオ様が安心したようで脱力しました。
ふと、周りの人達の痛いほどの視線に気付きました。

「神子様の恩人だぞ……」
「どうする? 見られたぞ?」
「だがこの人を殺せば、我らが神子様の不興を買ってしまう」
「このままでは我らが捕まるぞ!?」

マオ様を殺そうとしていた人達。
女神教と呼ばれる教徒なのはわかっています。
しかし今は彼らに構う暇はないのです。

「マオ様。至急、女王様の元へ向かいましょう」
「おい、何を言って」
「魔術師が、攻めてきます」
「……そういえばお前、私が殺されるとなぜわかった」
「未来が読めるので」
「は?」
「急ぎましょう」

マオ様の手を取り出て行こうとすると、我に返ったように慌てて扉付近の人達が扉を閉めました。

「神子様の恩人。どうかその罪人を置いていってはくれないか」
「罪人ですか?」
「そうだ。そいつは女神の魂を愚弄したのだ」
「王子に向かって、そいつ呼ばわりですか」
「女神を穢した者は等しく罪人だ。そこに地位というものはない」
「チッ……面倒だ」

マオ様の舌打ちが聞こえたかと思えば、フワリと私の体が浮きました。
……あら? 私もしかして、マオ様に抱えられてます?
しかもまるで荷物のように横に抱えられてますね、これは。
そう冷静に分析した瞬間。
ぐわんと景色が揺れると同時に、爆音が耳につんざきました。

「マオ様!?」
「舌噛むぞ!」
「待てっ!!」

走ってますね、これ。
上下に揺らされるたびに視界が定まらないので、気持ちが悪くなってきます。
吐き気を抑えるように口を塞げば、女神教の方々が追いかけてきました。

「飛ばすぞ……!」
「えっ」

ちょっと待ってください。
そう言う間もないまま、マオ様が全力で走り出したのでしょう。
一気に上がったスピード感に、もう私はされるがままとなっていました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...