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アルスフォード編
第六十ニ話 他愛ない思い出
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クリアはアレクから抜け出ると、早速感覚について尋ねる。
「どう? 覚えた?」
「うん! バッチリだよ!」
ニコニコと笑って答えるアレクに、「流石ね」とクリアは返す。
「じゃあ、どんどん見ていってちょうだい。ただ、気をつけてほしいんだけど……のめり込みすぎると、過去に囚われるわよ」
「過去に囚われるって?」
「戻ってこれなくなる。そしてそのまま思念体として、時空を彷徨う羽目になる」
クリアの何気ない一言にゾッとした。
アレクが青ざめていると、クリアはポツリとつぶやく。
「あなた達みたいな、実体を元にした種族は怖いかもしれないけれど……所詮、意思が彷徨うだけよ。いずれ魂は帰るべき場所に辿り着く」
「でもやだよ! 絶対戻ってくるから!」
声を大きくしてそう言うと、アレクは過去視の修行へと移る。
クリアが使った感覚。
自分の体から意思を切り離し、流れに身を任せる。
そうすれば、本能が導いてくれる。
アレクは目を閉じると、感覚にひたすら集中した。
そんなアレクを、クリアはぼうっと眺めている。
「……アレクは天族の中でも、大層優れた子供ね。普通じゃ感覚なんて、一発じゃ掴めないもの」
「お兄さんはやっぱり凄いよね」
口を挟んできたアリスに、クリアは顔を顰めた。
「悪魔の娘……何を企んでいるの?」
「言った通りですよ。私は世界の穴をどうにかしたい。それだけです」
「信用できるとでも? 歴史の彼方に葬られた、もう一つの種族であるあなた達を」
アリスは顔を上げ、真っ直ぐにクリアを見つめた。
「今は、信じてとしか言えません。どうかお願いします」
「……アレクはとんだ厄介ごとに巻き込まれるものね」
「同感です」
そんな会話をよそに、アレクは過去の流れへと身を投じる。
自分の体が粒子になっていくような、そんな不思議な感覚がした。
「スノウ! スノウってば!」
エルミアが、クリアを呼んでいる。
スノウは優しい顔をして振り返る。
「なに? エルミア」
「見てほら。魔法で咲かせたのよ。とっても綺麗でしょう!」
エルミアの差し出した花は綺麗なピンクで彩られていて、見た者を暖かい気分にさせた。
それはアレクでさえも例外ではなく、自然と微笑んでしまう。
「随分と魔法が上達したわね。それ、ウィルフィルムにも見せたの?」
「え? いや、それは……」
「そこは見せなさいよ」
そんな平和な会話が続く。
アレクは別の時空へと潜った。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
子供の産声が聞こえる。
赤子が泣いていた。
「エルミア、ありがとう、本当にありがとう……!」
ウィルフィルムが、エルミアの手を握って泣いている。
どうやら生まれた直後らしい。
産婆が子供の処理を済ませると、エルミアにそっと抱かせた。
「ああ……私の……私と、ウィルの子供……」
「よく頑張ってくれた! これから二人で、この子を守っていこう!」
喜ぶ二人を、スノウが見守っている。
その目には薄らと涙が浮かんでおり、本当に感動していることが窺えた。
酷く暖かな景色だった。
「名前はティファンにしよう。ある国の言葉で、光と言うらしい」
「ティファン……いい名前ね」
祝福されて生まれた子供。
本当に、望まれた子供なのだ。
そんな他愛のない光景を眺めて、アレクは気がついた。
(エルミア様も、クリアも……こんなに穏やかに過ごしてたんだ。辛いことばっかりじゃなかったんだ)
悲劇的な最後が目についてしまうが、彼らは確かに幸せだったのだ。
この光景に加われないことが寂しくなるくらい、酷く幸せな眺めであった。
くんっ
体が引っ張られる感覚がした。
クリアの言っていた、「過去に囚われる」という発言を思い出す。
このまま止まってはマズい。
しかし帰ろうにも、帰り方がわからない。
「あ、どうしよ……」
その時だった。
誰かに優しく手を取られる。
『こっち』
「君は……」
誰かがアレクの手を引いて進んでいく。
アレクを出口へ連れていってくれているようであった。
光り輝く道を、逸れることなく。
寸分の迷いも見せない態度に、アレクは安心感を覚えた。
『ここがキミの帰る場所。戻りな』
「君は、だれ?」
『忘れないで。キミが、ティファンの弟だってこと』
その瞬間、アレクの意識は完全に体に戻された。
「あっ」
「お兄さん! 戻ってきた!」
アリスの声で我に返り、アレクは周りを見回す。
どうやら自分は眠っていたらしい。
そこには心配そうな顔をしてこちらを見る、ライアンとシオンがいる。
「アレク君大丈夫!?」
「もう戻って来れないかと思ったぞ!」
「二人共……魔物は?」
アレクの問いに、二人は顔を見合わせて笑った。
「倒したぞ! 時間はかかっちまったけどな」
「ちゃんと私達頑張ったんだよ」
二人はアレクに不敵に言う。
「大技手に入れたから、後で見てくれよ」
「これならアレク君にも負けないよっ」
自信満々な二人の様子に、アレクはなんだか嬉しくなった。
「アレク、起きたの」
「クリア」
「あなた一週間寝てたわよ」
「い……一週間!?」
あまりの長さに仰天していると、クリアはアレクに確認を取る。
「収穫があったみたいね」
「うん……過去視の使い方が何となくわかったよ。でもこれ、凄く疲れるね」
「全体力を使った技だもの。慣れないこともあって、体が驚いているんでしょう」
クリアと会話する中、姿の見えないユリーカのことが気にかかる。
「ユリーカは?」
「……あの子、あなた以上に苦戦してるみたいで」
クリアの目線の先には、ベッドで眠り続けるユリーカがいた。
「どう? 覚えた?」
「うん! バッチリだよ!」
ニコニコと笑って答えるアレクに、「流石ね」とクリアは返す。
「じゃあ、どんどん見ていってちょうだい。ただ、気をつけてほしいんだけど……のめり込みすぎると、過去に囚われるわよ」
「過去に囚われるって?」
「戻ってこれなくなる。そしてそのまま思念体として、時空を彷徨う羽目になる」
クリアの何気ない一言にゾッとした。
アレクが青ざめていると、クリアはポツリとつぶやく。
「あなた達みたいな、実体を元にした種族は怖いかもしれないけれど……所詮、意思が彷徨うだけよ。いずれ魂は帰るべき場所に辿り着く」
「でもやだよ! 絶対戻ってくるから!」
声を大きくしてそう言うと、アレクは過去視の修行へと移る。
クリアが使った感覚。
自分の体から意思を切り離し、流れに身を任せる。
そうすれば、本能が導いてくれる。
アレクは目を閉じると、感覚にひたすら集中した。
そんなアレクを、クリアはぼうっと眺めている。
「……アレクは天族の中でも、大層優れた子供ね。普通じゃ感覚なんて、一発じゃ掴めないもの」
「お兄さんはやっぱり凄いよね」
口を挟んできたアリスに、クリアは顔を顰めた。
「悪魔の娘……何を企んでいるの?」
「言った通りですよ。私は世界の穴をどうにかしたい。それだけです」
「信用できるとでも? 歴史の彼方に葬られた、もう一つの種族であるあなた達を」
アリスは顔を上げ、真っ直ぐにクリアを見つめた。
「今は、信じてとしか言えません。どうかお願いします」
「……アレクはとんだ厄介ごとに巻き込まれるものね」
「同感です」
そんな会話をよそに、アレクは過去の流れへと身を投じる。
自分の体が粒子になっていくような、そんな不思議な感覚がした。
「スノウ! スノウってば!」
エルミアが、クリアを呼んでいる。
スノウは優しい顔をして振り返る。
「なに? エルミア」
「見てほら。魔法で咲かせたのよ。とっても綺麗でしょう!」
エルミアの差し出した花は綺麗なピンクで彩られていて、見た者を暖かい気分にさせた。
それはアレクでさえも例外ではなく、自然と微笑んでしまう。
「随分と魔法が上達したわね。それ、ウィルフィルムにも見せたの?」
「え? いや、それは……」
「そこは見せなさいよ」
そんな平和な会話が続く。
アレクは別の時空へと潜った。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
子供の産声が聞こえる。
赤子が泣いていた。
「エルミア、ありがとう、本当にありがとう……!」
ウィルフィルムが、エルミアの手を握って泣いている。
どうやら生まれた直後らしい。
産婆が子供の処理を済ませると、エルミアにそっと抱かせた。
「ああ……私の……私と、ウィルの子供……」
「よく頑張ってくれた! これから二人で、この子を守っていこう!」
喜ぶ二人を、スノウが見守っている。
その目には薄らと涙が浮かんでおり、本当に感動していることが窺えた。
酷く暖かな景色だった。
「名前はティファンにしよう。ある国の言葉で、光と言うらしい」
「ティファン……いい名前ね」
祝福されて生まれた子供。
本当に、望まれた子供なのだ。
そんな他愛のない光景を眺めて、アレクは気がついた。
(エルミア様も、クリアも……こんなに穏やかに過ごしてたんだ。辛いことばっかりじゃなかったんだ)
悲劇的な最後が目についてしまうが、彼らは確かに幸せだったのだ。
この光景に加われないことが寂しくなるくらい、酷く幸せな眺めであった。
くんっ
体が引っ張られる感覚がした。
クリアの言っていた、「過去に囚われる」という発言を思い出す。
このまま止まってはマズい。
しかし帰ろうにも、帰り方がわからない。
「あ、どうしよ……」
その時だった。
誰かに優しく手を取られる。
『こっち』
「君は……」
誰かがアレクの手を引いて進んでいく。
アレクを出口へ連れていってくれているようであった。
光り輝く道を、逸れることなく。
寸分の迷いも見せない態度に、アレクは安心感を覚えた。
『ここがキミの帰る場所。戻りな』
「君は、だれ?」
『忘れないで。キミが、ティファンの弟だってこと』
その瞬間、アレクの意識は完全に体に戻された。
「あっ」
「お兄さん! 戻ってきた!」
アリスの声で我に返り、アレクは周りを見回す。
どうやら自分は眠っていたらしい。
そこには心配そうな顔をしてこちらを見る、ライアンとシオンがいる。
「アレク君大丈夫!?」
「もう戻って来れないかと思ったぞ!」
「二人共……魔物は?」
アレクの問いに、二人は顔を見合わせて笑った。
「倒したぞ! 時間はかかっちまったけどな」
「ちゃんと私達頑張ったんだよ」
二人はアレクに不敵に言う。
「大技手に入れたから、後で見てくれよ」
「これならアレク君にも負けないよっ」
自信満々な二人の様子に、アレクはなんだか嬉しくなった。
「アレク、起きたの」
「クリア」
「あなた一週間寝てたわよ」
「い……一週間!?」
あまりの長さに仰天していると、クリアはアレクに確認を取る。
「収穫があったみたいね」
「うん……過去視の使い方が何となくわかったよ。でもこれ、凄く疲れるね」
「全体力を使った技だもの。慣れないこともあって、体が驚いているんでしょう」
クリアと会話する中、姿の見えないユリーカのことが気にかかる。
「ユリーカは?」
「……あの子、あなた以上に苦戦してるみたいで」
クリアの目線の先には、ベッドで眠り続けるユリーカがいた。
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