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アルスフォード編
第六十三話 戻ってきて
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「その子は今、葛藤しとるとこじゃけ」
「ポルカさん」
温かい飲み物を持ってきたポルカが、アレクにそう告げる。
アレクから見てもユリーカは少し苦しそうだった。
「アチキは、その子の記憶を掘り起こした。その子自身に覚悟をさせるため。じゃが……アレク。もうそろそろ潮時かもしらん」
「え」
「限界が近い。疲労が目に見えてわかる」
慌ててユリーカに視線を戻せば、冷や汗を流して唸る彼女が目に映る。
「っ、ポルカさん!」
「わかっておる。あと五分。五分して戻ってこなかったら、引っ張り出してやろう」
ポルカの言うことに、アレクは頷く。
横で見守っているシオンとライアンも、神妙な面差しをしていた。
◆ ◆ ◆
「抜け出せない……」
ユリーカは過去を彷徨い続けていた。
何度も何度も同じような体験を、光のような速さで繰り返す。
しかし母の悲しそうな顔、姉の憔悴した顔、父の何かに取り憑かれたような顔にはどうにも慣れそうになかった。
「私が何かに気づかなきゃいけないんだ。何か、ないの?」
覚悟が足りないのか。
それはもう十分しているはず。
ユリーカはアレクについていきたいと願っている。
「私、もっと頑張らないとダメ……?」
置いていかれたくない。
最近のアレクやシオン、ライアンの成長スピードは凄まじい。
特にシオン。
シオンは本当に強くなって、ユリーカの手を離してしまった。
ユリーカがシオンを引っ張り続けていたというのに。
「……嫌よ」
(みんな、置いていかないで。私だけ時が止まってるみたい。もっと成長したいのに、伸び代があまり感じられないの)
焦り、不安、そういったネガティブな感情がユリーカの中でない混ぜになる。
姉の声が聞こえる。
「大丈夫、大丈夫よユリーカ。お姉ちゃんが守ってあげるから……」
今、どこだったか。
ちょうど父が出ていったところか。
母が仕事で忙しくする中、姉はずっとユリーカの面倒を見てくれた。
もっと遊びたかっただろうに、学園が終われば真っ直ぐ家へと帰ってきてくれた。
(お姉ちゃんにも迷惑かけてる)
ーーもういっそ、何もしないのが正解なのか。
色々な人に迷惑をかけてしまうし、中途半端な気持ちを持て余している。
何もしない、考えないことが正解なんじゃないのか。
ユリーカは半ば諦めの気持ちを抱え、目を閉じた。
「ーー五分じゃ。呼び起こすぞ」
ポルカが毅然としてそう言い放った。
呼び起こすということは、ユリーカがポルカの与えた試練を突破できなかったということ。
アレクとしては、ユリーカについてきてもらえないのは心細かったが、それ以上にユリーカが心配だった。
「!」
ポルカがユリーカに手を伸ばしたものの、バチンッという音と共に弾き返される。
ポルカの顔色が変化した。
「マズい……のめり込みすぎている。このままでは、本当に帰ってこれなくなるぞ」
「! ぼ、僕、迎えに行きます!」
過去視の能力を使えば可能なはずだ。
アレクはユリーカに手を翳し、そのまま引っ張り上げようとする。
しかし、その手を制したのはシオンだった。
「アレク君、もう少し待ってあげられないかな……」
「シオン、気持ちはわかるけど、でも」
「ユリーカならできると思うの」
シオンの普段のおどついた態度は消え、はっきりと言ってくる。
シオンはユリーカを疑わない。
「アレク、俺からも頼む!」
「ライアン」
「ユリーカ、頑張れ! 俺、待ってるからよ!」
ライアンが必死になって呼びかける。
アレクの頭の中で、ユリーカを応援したい気持ちと連れ戻したい気持ちがせめぎ合う。
震えるアレクの手をシオンが取った。
「大丈夫。絶対に」
「あ……」
ポルカを見れば、仕方ないとばかりに肩をすくめている。
アレクはユリーカに、二人のように呼びかけることにした。
「ユリーカ……僕、君が必要なんだ。君は普段から頑張り屋さんで、凄い人で。僕の足りないところを持ってる人なんだ。だからお願いーー戻ってきて」
「!」
ユリーカが顔を上げる。
今確かに、アレクの声がした。
姉が不思議そうに「ユリーカ?」と声をかけてくる。
そうだ。
彼のためにも、なんとしてでも戻らなければならない。
「もっと頑張らないとーー」
『原因、それじゃない?』
鈴を転がすような声がした。
振り返れば、顔を布で覆った少年が立っている。
『誰かのために頑張りすぎ。キミ自身は何がしたいのさ』
「え」
誰かのために、頑張りすぎ。
気付かされた思いだった。
そうか、自分は他人のために努力を続けてきたのか。
家族のために努力し、今はアレクのために努力しようとしている。
自分の本当の思いとは、なんなのだろう。
「……それって、悪いことなのかしら」
『?』
「みんなのために頑張るのって、そんなに悪いこと?」
『綺麗すぎる。食らいついていけるレベルの覚悟になり得ない』
「そんなことないはずよ。私は、みんなと一緒にいたい。置いていかれたくない。それだけ……でも、それで十分なはずよ」
はっきりした。
心を覆っていたモヤのようなものが晴れた気がする。
ユリーカに足りなかったのは、わがままになるだけの気持ちだ。
「私は! みんなに置いていかれたくないしっ、そもそも負けたくない! 一人は嫌! 私は、誰かのために頑張って輝いてる私が好きなの!」
『……いいじゃないか、それ。それを持って帰りなよ』
少年の姿が掻き消える。
ユリーカの覚悟が決まった。
姉の腕の中から抜け出せば、姉が名前を呼んでくる。
「ユリーカ?」
「ごめん、お姉ちゃん。もう行くわね」
ユリーカの言葉に姉が目を見開くと、寂しそうに、嬉しそうに笑った。
「ーー気をつけて」
「うん」
ユリーカは帰り道へとつく。
気持ちが固まったお陰で、自分が何をするべきかが理解できた。
あとは帰るだけ。
「シオンが、ライアンが……アレク君が呼んでる」
アレクがこちらに手を伸ばしているのがわかる。
ユリーカはその手を掴んだ。
「ぷはっ!」
「「「ユリーカ!」」」
起き上がったユリーカに、三人が抱きつく。
ポルカがほっとしたような顔つきでユリーカに告げた。
「おかえり。よく頑張ったのぅ。本音は見つけられたかい」
「……はい。ありがとうございます。このまま流されて生きていくだけじゃ、いつかはダメになってました」
「ほっほ。老体のお節介じゃよ」
ポルカが見た目にそぐわない老獪な雰囲気で笑えば、ユリーカもすかさず笑い返す。
ひとまず峠を越えた安心感で、その場は明るい空気に満たされていた。
「ポルカさん」
温かい飲み物を持ってきたポルカが、アレクにそう告げる。
アレクから見てもユリーカは少し苦しそうだった。
「アチキは、その子の記憶を掘り起こした。その子自身に覚悟をさせるため。じゃが……アレク。もうそろそろ潮時かもしらん」
「え」
「限界が近い。疲労が目に見えてわかる」
慌ててユリーカに視線を戻せば、冷や汗を流して唸る彼女が目に映る。
「っ、ポルカさん!」
「わかっておる。あと五分。五分して戻ってこなかったら、引っ張り出してやろう」
ポルカの言うことに、アレクは頷く。
横で見守っているシオンとライアンも、神妙な面差しをしていた。
◆ ◆ ◆
「抜け出せない……」
ユリーカは過去を彷徨い続けていた。
何度も何度も同じような体験を、光のような速さで繰り返す。
しかし母の悲しそうな顔、姉の憔悴した顔、父の何かに取り憑かれたような顔にはどうにも慣れそうになかった。
「私が何かに気づかなきゃいけないんだ。何か、ないの?」
覚悟が足りないのか。
それはもう十分しているはず。
ユリーカはアレクについていきたいと願っている。
「私、もっと頑張らないとダメ……?」
置いていかれたくない。
最近のアレクやシオン、ライアンの成長スピードは凄まじい。
特にシオン。
シオンは本当に強くなって、ユリーカの手を離してしまった。
ユリーカがシオンを引っ張り続けていたというのに。
「……嫌よ」
(みんな、置いていかないで。私だけ時が止まってるみたい。もっと成長したいのに、伸び代があまり感じられないの)
焦り、不安、そういったネガティブな感情がユリーカの中でない混ぜになる。
姉の声が聞こえる。
「大丈夫、大丈夫よユリーカ。お姉ちゃんが守ってあげるから……」
今、どこだったか。
ちょうど父が出ていったところか。
母が仕事で忙しくする中、姉はずっとユリーカの面倒を見てくれた。
もっと遊びたかっただろうに、学園が終われば真っ直ぐ家へと帰ってきてくれた。
(お姉ちゃんにも迷惑かけてる)
ーーもういっそ、何もしないのが正解なのか。
色々な人に迷惑をかけてしまうし、中途半端な気持ちを持て余している。
何もしない、考えないことが正解なんじゃないのか。
ユリーカは半ば諦めの気持ちを抱え、目を閉じた。
「ーー五分じゃ。呼び起こすぞ」
ポルカが毅然としてそう言い放った。
呼び起こすということは、ユリーカがポルカの与えた試練を突破できなかったということ。
アレクとしては、ユリーカについてきてもらえないのは心細かったが、それ以上にユリーカが心配だった。
「!」
ポルカがユリーカに手を伸ばしたものの、バチンッという音と共に弾き返される。
ポルカの顔色が変化した。
「マズい……のめり込みすぎている。このままでは、本当に帰ってこれなくなるぞ」
「! ぼ、僕、迎えに行きます!」
過去視の能力を使えば可能なはずだ。
アレクはユリーカに手を翳し、そのまま引っ張り上げようとする。
しかし、その手を制したのはシオンだった。
「アレク君、もう少し待ってあげられないかな……」
「シオン、気持ちはわかるけど、でも」
「ユリーカならできると思うの」
シオンの普段のおどついた態度は消え、はっきりと言ってくる。
シオンはユリーカを疑わない。
「アレク、俺からも頼む!」
「ライアン」
「ユリーカ、頑張れ! 俺、待ってるからよ!」
ライアンが必死になって呼びかける。
アレクの頭の中で、ユリーカを応援したい気持ちと連れ戻したい気持ちがせめぎ合う。
震えるアレクの手をシオンが取った。
「大丈夫。絶対に」
「あ……」
ポルカを見れば、仕方ないとばかりに肩をすくめている。
アレクはユリーカに、二人のように呼びかけることにした。
「ユリーカ……僕、君が必要なんだ。君は普段から頑張り屋さんで、凄い人で。僕の足りないところを持ってる人なんだ。だからお願いーー戻ってきて」
「!」
ユリーカが顔を上げる。
今確かに、アレクの声がした。
姉が不思議そうに「ユリーカ?」と声をかけてくる。
そうだ。
彼のためにも、なんとしてでも戻らなければならない。
「もっと頑張らないとーー」
『原因、それじゃない?』
鈴を転がすような声がした。
振り返れば、顔を布で覆った少年が立っている。
『誰かのために頑張りすぎ。キミ自身は何がしたいのさ』
「え」
誰かのために、頑張りすぎ。
気付かされた思いだった。
そうか、自分は他人のために努力を続けてきたのか。
家族のために努力し、今はアレクのために努力しようとしている。
自分の本当の思いとは、なんなのだろう。
「……それって、悪いことなのかしら」
『?』
「みんなのために頑張るのって、そんなに悪いこと?」
『綺麗すぎる。食らいついていけるレベルの覚悟になり得ない』
「そんなことないはずよ。私は、みんなと一緒にいたい。置いていかれたくない。それだけ……でも、それで十分なはずよ」
はっきりした。
心を覆っていたモヤのようなものが晴れた気がする。
ユリーカに足りなかったのは、わがままになるだけの気持ちだ。
「私は! みんなに置いていかれたくないしっ、そもそも負けたくない! 一人は嫌! 私は、誰かのために頑張って輝いてる私が好きなの!」
『……いいじゃないか、それ。それを持って帰りなよ』
少年の姿が掻き消える。
ユリーカの覚悟が決まった。
姉の腕の中から抜け出せば、姉が名前を呼んでくる。
「ユリーカ?」
「ごめん、お姉ちゃん。もう行くわね」
ユリーカの言葉に姉が目を見開くと、寂しそうに、嬉しそうに笑った。
「ーー気をつけて」
「うん」
ユリーカは帰り道へとつく。
気持ちが固まったお陰で、自分が何をするべきかが理解できた。
あとは帰るだけ。
「シオンが、ライアンが……アレク君が呼んでる」
アレクがこちらに手を伸ばしているのがわかる。
ユリーカはその手を掴んだ。
「ぷはっ!」
「「「ユリーカ!」」」
起き上がったユリーカに、三人が抱きつく。
ポルカがほっとしたような顔つきでユリーカに告げた。
「おかえり。よく頑張ったのぅ。本音は見つけられたかい」
「……はい。ありがとうございます。このまま流されて生きていくだけじゃ、いつかはダメになってました」
「ほっほ。老体のお節介じゃよ」
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