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No.1 惚レ魔法ヲ手ニ入レタ!

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「二度と俺の前に現れるな」

 どうも。たった今、最愛の恋人に振られた魔法使いです。一昨日までは愛し合っていた恋人に何故この言われようなのか。それを知るには1年前に遡る必要がある。



「づがれだー。じぬ」

 子爵家の三男である俺は爵位を継ぐ事もできず、手に職を持つしか生きる術がなかった。そこで高等部学園を卒業した後、魔法を主に研究する魔法局に就職をした。因みに魔法局の職員はすなわち国のエリートであり、俺はただの穀潰しとしか思われていなかったので、我が家連中には手のひら返しで褒められたものである。今まで父親に名前を呼ばれたこともなかったが、その時はアルバ家のために結果を出せと激励と言うなの恐喝を受けた。父親のために頑張るつもりは毛頭ない。

 ともかく、生きるために就職した俺は社会の波に飲まれまくった。学生の時は自己主張もせず優等生だった俺は、魔法局ではいいように雑務を押し付けられる所謂やられ役にされてしまったのだ。上司運も悪かったのだろうが、右も左も分からない中、自分の膨大な仕事でも精一杯なのに勉強という名目で上司の仕事を回され、毎日残業三昧。こういう扱いは伝播するのか、俺は局内でどう扱ってもいい都合のいいやつに成り下がっていた。

 直属の上司でも精一杯なのに、知らない奴から鬱憤を晴らすための嫌がらせを受け、毎日が地獄だった。早く身体が壊れればいいものの、無駄に身体が丈夫だから無理が出来てしまう。

 その日は二個上の先輩から過去の資料をかき集めろという雑務を押し付けられた日だった。全く俺の関係ない案件なのに、やっといてと断る余地なく押し付けられ、頭の中で何回そいつを殺したことか。

 高い棚の一番上にある段のファイルで終わりだ。脚立を持ってくればいいのだが、その手間が面倒で必死に背伸びして手を伸ばしたら、足が攣り思いっきり転んでしまった。
 棚に掴まろうと手を伸ばしたため、何個かファイルを引っこ抜いてしまう。

「くっそぉ」

 怒りを堪えながらファイルを元に戻すと、ひらひらと封筒が一つ落ちてきた。恐らく、ファイルに挟んでいたものだろう。

 何気なく手に取って、元のファイルに戻そうとした時ふと封筒のタイトルが目に入った。

『㊙︎惚れ魔法』

 ん?

 見間違いと思いもう一度見直すと、やはり惚れ魔法と書いてある。よくよく考えるとファイルの間にこんな封筒が挟まっているのはおかしい。

 この時の俺はおかしかった。

 学生時代の俺ならば見なかったことにしてそっと封筒を元に戻していただろう。

 だが、その時は毎日魔法局で良いように使われて、てっぺんを超えるまでの残業三昧。言い訳ではあるが、思考回路が狂うのもしょうがない。

 封筒をそっとポケットに入れ、何事もなかったように仕事に戻る。結局寮に帰れたのは誰よりも遅く、24時を過ぎていてからだ。部屋に着いた途端、ポケットから封筒を取り出す。高揚することもなく、乾ききってしょぼついた目でぼうっとそれを眺めた。

 馬鹿らしい。
 惚れ魔法なんて聞いたことがない。きっとジョークだろう。封筒の中にはバーカ!と書かれた紙が入ってるんじゃないか。

 全く信じる気持ちもなく怖いもの見たさで封筒を開けると、二つ折りの紙が一枚入っている。紙を閉じたまま光にすかすと、どうやらしっかり内容が書かれているようだ。怖いもの見たさで開けたのに、本当に罵詈雑言でも書いてあったら嫌だった俺は少しほっとして中身を見ることにした。

「眉唾物だな」

 書かれていた内容はシンプルで、惚れさせたい相手に呪文を唱えると言う簡単なものだった。効果は一日で毎日唱えることで永続的に惚れさせることが可能だと言う。注意として惚れ魔法の使用を途中でやめた場合、反動で被使用者は使用者に対して生理的嫌悪を抱くと言う。

 惚れ魔法なんて聞いたことがないし、精神に関与する魔法は難しくこんな簡単な呪文で効くわけがない。馬鹿らしいとその紙を丸めて投げてやろうかと思ったが、もし、と思ってしまった。

 ずっと好きだった幼馴染のアランに、これをかけたら付き合えるのだろうか。

 アランは社交界の男女に熱視線を送られる美形騎士だ。涼やかな美形で、彫りの深い顔立ちでありながら品があり、まるで神話の中の人物みたいだと王都一人気がある。その上、騎士としての実力もあり爵位が贈呈されると噂されているから、アランの子爵の三男としての身分を気にしていた者たちも、それなら粉を掛けとこうと周りに人が絶えない。

 同い年で同じ子爵家の三男同士の小さい頃からずっと一緒にいた。社交界では、王子様のように紳士で優しいと言われているが本人は割と野生児でガサツなところがある。俺が家で居場所がないと泣くとアランは俺の頭をくしゃくしゃにするほど撫でていつも見返してやろうと励ましてくれた。
 大好きで、アランからも大切な相手だと思われている自信はある。男性同士の結婚は珍しい世の中ではあるが、別に奇異される訳でもない。俺がアランを思うようにアランにも俺を見てほしいがアランはいつも俺に言うのだ。

『美人な女と結婚して逆玉してやる!!』

 アランは小さい頃から美しい顔立ちをしていた。だからその馬鹿みたいな発言もあながち否定できなくて俺はそれを聞くたびに苦笑いだ。

 ああ、アランは女性が好きなのか。
 身分の高い女性と結婚したいのか。

 男で、平凡な容姿で、アランと同じ子爵家でどうしたって俺は当てはまらない。いつも前向きに励ましてくれるアランに告白する? そんなことして今までの関係が崩れたらどうするつもりだ。アランが俺に抱く友情を大切に抱いて、アランが結婚した後も仲良く友達をするんだ。
 そう思っていた。

 働いてからアランに会っていない。魔法局は王宮内にあるから、たまたま出会う時もあるかと思ったが俺は魔法局どころか部署から出ないから会える可能性なんて0に等しい。何回か会わないかと手紙で誘われたが、仕事が忙しくて全部断った。

 アランは俺がいなくても何も変わらないのだろう。俺だってアランと会わなくてもこうやって一年必死で働いていた。ただ、何か。なんというか生きる潤いが足りない。今までアランのことも考える余裕がなかったのに、何故かアランに会いたくてしょうがない。

 このまま仕事に忙殺されて会えないぐらいなら、この冗談みたいな魔法を使ってみようか。本当に効くわけないのだから、試しに使ってみても構わないはずだ。

 一回そう思いついたら、実行したくて仕方なくなる。こんな正体不明な魔術、不発だと分かっていてもアランに使って良いわけがない。そんなこともこの時の俺は判断が付かなかった。
 魔法でさっとアラン宛の手紙を送ってから、睡魔に負けて寝る。次の日にはこの惚れ魔法のことも夢の中の出来事だったか、現実だったか分からないほどにぼやけていてアランからの返事が返ってくるまで正直忘れかけていた。

 会えたのは手紙が返ってきてから三日後だ。その日だけは休日出勤を断固拒否して、アランの家で会う。

「久しぶり。どうした急に?」

 久しぶりに会ったアランは相変わらず格好いい。俺は開口一番、惚れ魔法の呪文を唱えた。自分の中の魔力が少し消費された感覚がする。

 どうせ効くはずがない。ならば、いつかけようかなんて無駄な気苦労をせずにさっさと唱えてしまった方が楽だ。一人で唱えた時には減らなかった魔力が減ったことに驚いたが、目の前のアランは平然としていて変わった様子は見当たらない。

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 ほっとしたようなガッカリしたような気持ちでいれば、怪訝そうな顔をしたアランに不審がられ慌てて誤魔化す。騎士になってから新たに構えたアランの新居に入るのは初めてだ。
 部屋を見渡せば、片付いてはいるが飾りっけはなく至ってシンプル。まだ恋人はいないのかもしれない。

 恋人がいなくても、俺がなれる可能性なんてないのに少し嬉しくなって。そんな自分に嫌気がさして、ため息が出そうになる。

「なあ」

 不意にアランに声をかけられ、顔を上げれば思ったより目の前にアランがいた。
 最初は気まずそうな顔をしていたが、アランは俺の両肩に手を掛けると決心したように言った。

「お前が好きだ。俺と付き合ってくれ」


「えっ」




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