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私のご主人様は本当に悪人なのかしら8
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開いた口が塞がらないって、こういうときに使うのね。私はあんぐりと口を開けたまま、シシィ王女の部屋に入っていくアリスの背中を見つめていた。
「ブスで根暗な王女の相手なんて退屈だけど、仕方ないわ」
「妃になるまでの辛抱ですよ」
「私が妃になったら、シシィもあの邪魔なライバルたちも即刻王宮から追い出してやる!」
春風の宮へと続く薄暗い外回廊を、私はふらふらと歩いていた。アリスの本性を知ってしまったショックは、はかりしれないものがある。
ちょっと空気の読めない天然ちゃんなのかと思ってたけど、そんなかわいいもんじゃなかったわ。フィオナなんて目じゃない、本物の性悪女じゃない!
自身の安泰のためとはいえ、あんな女の手下になるのはまっぴらごめんだ。シナリオ通りにアリスが妃になれば、フィオナやシシィは迫害されるのが目に見えているもの。ていうか、公式シナリオでフィオナが犯した罪ってのも案外アリスの策略なんじゃ……。
「そんなの絶対ダメよ! でも……」
公式シナリオは絶対だし、敵は想像の何倍も手強そうだ。一体、どうしたらいいのだろうか。
「おい。おいっ」
いきなり後ろから首ねっこをつかまれ、私は「うぎゃっ」とおかしな声をあげてしまった。
「わぁ! えっと、ルーク……様?」
「別に。呼び捨てでいい」
ルークは近衛隊の白い制服のままだった。まだ仕事中なのだろうか。彼のことはいつも「ルーク」と呼び捨てしていたので_あ、もちろん菜穂時代の話ね_そうさせてもらえるならありがたいが、この世界での身分を考えるとそうもいかないだろう。私が無礼者だと主人であるフィオナが笑い者になる。
「じゃあ、間を取ってルークさん。なにかご用でしょうか?」
「用はない」
「…………」
コミュ障と付き合うの、めんどくさっ。
心の暴言を必死におしとどめて、エマはにこやかに微笑んだ。
「では、なぜ私を呼び止めたんですか?」
ルークは無言のままずいっと顔を近づけてくる。
へ? ず、頭突き?
思わずギュッと固く目をつむった。が、予想していた衝撃はなくコツンと軽くおでこがぶつかっただけだった。私はおそるおそる目を開ける。
さらさらの前髪からのぞくルークの青い瞳は宝石のようで、不覚にも見惚れてしまった。
ふわぁ~吸い込まれそうな瞳って、本当に存在するのね。ちっとも好みじゃないけど、やっぱりものすごい美形だわ。そこは認める!
「な、なんなんですか」
我に返った私が言うと、ルークはおでこを離し困惑したような表情で首をかしげた。
「フラフラしてるから熱でもあるのかと思ったんだが、違うのか」
要するに、一応心配して声をかけてくれたらしい。それならそうと最初から言ってくれればいいのに、天然すぎて扱いにくいったらない。
でもまぁ、これぞ本物の天然って感じで安心するわ。絶妙にかわいいラインをついてくる奴はやっぱり偽物よね。アリスとかアリスとか、アリスとかね!
「ありがとうございます。身体はいたって健康なので、大丈夫ですよ」
「じゃあ、なぜフラフラしてるんだ? 新しい遊びか?」
「いえ……ちょっと悩み事というか」
私はふと思いついてルークに問いかけた。
「ルークさんは軍人ですよね? 負けるとわかってる戦があったとして、それでも戦いますか?」
唐突な質問に彼は目をパチパチと瞬いた。が、すぐに答えを返してくれる。
「負けるとわかってる戦はないぞ。たとえ負けが濃厚でも、絶対ではない」
「じゃ、戦いますか? ものすごーく不利な状況でも?」
ルークは不敵な笑みで頷いた。
「まずはその不利な状況を覆す戦略をたてる」
「戦略かぁ」
公式設定をひっくり返す戦略、そんなものあるのだろうか。
「俺は部下に逃げるなとは言わない。命より大事なものはないからだ。けど、逃げるのはギリギリでいい。ギリギリまでは足掻けと命じる」
「なるほど。逃げるのは最後の手段ってことですね!」
仕事の話になるとまともなこと言うじゃないか。エマはほんの少しルークを見直した。
「うん。私もたててみます、戦略ってやつ」
自分がこの世界で生き延びれて、なおかつフィオナも報われる道を探してみるのだ。このままシナリオ通りにアリスが妃になるのを指をくわえて見ているなんてやっぱりできない。
「そもそも、不利な状況ってのもただの思い込みかもしれない。冷静に、客観的に、状況を分析するのが大切だ」
ルークは別人のように饒舌だった。クイイレは女性向け恋愛ゲームだから彼が戦争で活躍するシーンなんて全然出てこないけど、軍人という仕事に誇りを持っているのだろう。
まぁ、たしかに。ラフェルに付き従ってお茶をしているより戦場を駆けているほうがずっと似合いそうだもんね。
いまのアドバイスもなかなか的を射ているじゃないか。公式設定が絶対というのは、菜穂の世界でのセオリーであってこの世界のことはまだまだ未知数だ。
「エマはいい軍略家になれると思うぞ」
「はい?」
いや、私は別に軍略家になりたいわけじゃない。むしろ、平和大国日本で生まれ育ったから戦争なんて大嫌いだ。でも、おそらくルークは褒めているつもりなんだろう。なので、否定はしないでおく。
「髪が短いからな」
「はぁ?」
「髪を伸ばしておくなんて合理性のかけらもない人間に、いい軍略はたてられないってことだ」
ルークは上流階級の女性全員を敵に回す発言を残して、去っていく。私は呆然と彼の背中を見送った。
う~ん。コミュ障なうえに、思考回路も常人とはかけ離れてるなぁ。あんなのと親友って、やっぱりキース様は天才ね。
「ブスで根暗な王女の相手なんて退屈だけど、仕方ないわ」
「妃になるまでの辛抱ですよ」
「私が妃になったら、シシィもあの邪魔なライバルたちも即刻王宮から追い出してやる!」
春風の宮へと続く薄暗い外回廊を、私はふらふらと歩いていた。アリスの本性を知ってしまったショックは、はかりしれないものがある。
ちょっと空気の読めない天然ちゃんなのかと思ってたけど、そんなかわいいもんじゃなかったわ。フィオナなんて目じゃない、本物の性悪女じゃない!
自身の安泰のためとはいえ、あんな女の手下になるのはまっぴらごめんだ。シナリオ通りにアリスが妃になれば、フィオナやシシィは迫害されるのが目に見えているもの。ていうか、公式シナリオでフィオナが犯した罪ってのも案外アリスの策略なんじゃ……。
「そんなの絶対ダメよ! でも……」
公式シナリオは絶対だし、敵は想像の何倍も手強そうだ。一体、どうしたらいいのだろうか。
「おい。おいっ」
いきなり後ろから首ねっこをつかまれ、私は「うぎゃっ」とおかしな声をあげてしまった。
「わぁ! えっと、ルーク……様?」
「別に。呼び捨てでいい」
ルークは近衛隊の白い制服のままだった。まだ仕事中なのだろうか。彼のことはいつも「ルーク」と呼び捨てしていたので_あ、もちろん菜穂時代の話ね_そうさせてもらえるならありがたいが、この世界での身分を考えるとそうもいかないだろう。私が無礼者だと主人であるフィオナが笑い者になる。
「じゃあ、間を取ってルークさん。なにかご用でしょうか?」
「用はない」
「…………」
コミュ障と付き合うの、めんどくさっ。
心の暴言を必死におしとどめて、エマはにこやかに微笑んだ。
「では、なぜ私を呼び止めたんですか?」
ルークは無言のままずいっと顔を近づけてくる。
へ? ず、頭突き?
思わずギュッと固く目をつむった。が、予想していた衝撃はなくコツンと軽くおでこがぶつかっただけだった。私はおそるおそる目を開ける。
さらさらの前髪からのぞくルークの青い瞳は宝石のようで、不覚にも見惚れてしまった。
ふわぁ~吸い込まれそうな瞳って、本当に存在するのね。ちっとも好みじゃないけど、やっぱりものすごい美形だわ。そこは認める!
「な、なんなんですか」
我に返った私が言うと、ルークはおでこを離し困惑したような表情で首をかしげた。
「フラフラしてるから熱でもあるのかと思ったんだが、違うのか」
要するに、一応心配して声をかけてくれたらしい。それならそうと最初から言ってくれればいいのに、天然すぎて扱いにくいったらない。
でもまぁ、これぞ本物の天然って感じで安心するわ。絶妙にかわいいラインをついてくる奴はやっぱり偽物よね。アリスとかアリスとか、アリスとかね!
「ありがとうございます。身体はいたって健康なので、大丈夫ですよ」
「じゃあ、なぜフラフラしてるんだ? 新しい遊びか?」
「いえ……ちょっと悩み事というか」
私はふと思いついてルークに問いかけた。
「ルークさんは軍人ですよね? 負けるとわかってる戦があったとして、それでも戦いますか?」
唐突な質問に彼は目をパチパチと瞬いた。が、すぐに答えを返してくれる。
「負けるとわかってる戦はないぞ。たとえ負けが濃厚でも、絶対ではない」
「じゃ、戦いますか? ものすごーく不利な状況でも?」
ルークは不敵な笑みで頷いた。
「まずはその不利な状況を覆す戦略をたてる」
「戦略かぁ」
公式設定をひっくり返す戦略、そんなものあるのだろうか。
「俺は部下に逃げるなとは言わない。命より大事なものはないからだ。けど、逃げるのはギリギリでいい。ギリギリまでは足掻けと命じる」
「なるほど。逃げるのは最後の手段ってことですね!」
仕事の話になるとまともなこと言うじゃないか。エマはほんの少しルークを見直した。
「うん。私もたててみます、戦略ってやつ」
自分がこの世界で生き延びれて、なおかつフィオナも報われる道を探してみるのだ。このままシナリオ通りにアリスが妃になるのを指をくわえて見ているなんてやっぱりできない。
「そもそも、不利な状況ってのもただの思い込みかもしれない。冷静に、客観的に、状況を分析するのが大切だ」
ルークは別人のように饒舌だった。クイイレは女性向け恋愛ゲームだから彼が戦争で活躍するシーンなんて全然出てこないけど、軍人という仕事に誇りを持っているのだろう。
まぁ、たしかに。ラフェルに付き従ってお茶をしているより戦場を駆けているほうがずっと似合いそうだもんね。
いまのアドバイスもなかなか的を射ているじゃないか。公式設定が絶対というのは、菜穂の世界でのセオリーであってこの世界のことはまだまだ未知数だ。
「エマはいい軍略家になれると思うぞ」
「はい?」
いや、私は別に軍略家になりたいわけじゃない。むしろ、平和大国日本で生まれ育ったから戦争なんて大嫌いだ。でも、おそらくルークは褒めているつもりなんだろう。なので、否定はしないでおく。
「髪が短いからな」
「はぁ?」
「髪を伸ばしておくなんて合理性のかけらもない人間に、いい軍略はたてられないってことだ」
ルークは上流階級の女性全員を敵に回す発言を残して、去っていく。私は呆然と彼の背中を見送った。
う~ん。コミュ障なうえに、思考回路も常人とはかけ離れてるなぁ。あんなのと親友って、やっぱりキース様は天才ね。
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