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Chapter 3
④
しおりを挟む「ところで……麻琴さんの勤務状況なんだけどね」
麻琴が返したタブレットで、彼女のデータを見ながら松波が言う。
「忙しいのはわかるんだけれども、勤務時間をもう少し短縮しないといけないね」
それは、麻琴も重々わかっていた。
「今回、僕がここの産業医として迎えられたのもね、残業があたりまえっていう『体質』をなんとかしてほしい、っていうことなんだよね。会社にとっては残業手当を圧縮したいっていうのもあるだろうけれど、こんな勤務体制が常習化してちゃ、そのうち潰れる人材が続出しかねないからね」
確かに毎年、やりがいはある仕事なのにどうしても体力がついてゆけない、と辞職していく人たちが少なからずいた。
「まぁ、こういうのは上の役職の人たちから改めてもらわないと始まらないんだけど、社長からはこのことに関する『提言書』も任されているんだ。そのためには、まずこの会社の実状を知らないと作成できないからさ。……麻琴さん、協力してくれないかな?」
麻琴もこのたび「上の役職」の下っ端になった。部下になった人たちの勤務環境を整えるのも「上司」としての仕事だ。
「わかりました。わたしでできることであれば、なんでも協力させてもらいます」
麻琴はしっかりと肯いた。
「そう、ありがとう。うれしいよ!」
松波は目が眩むほどのキラキラした「太陽の笑顔」で答えた。
「じゃあ早速、麻琴さんには率先して残業を減らしてもらうからね。それで、僕がここで勤務する日は定時後に必ず、二人で美味しいごはんを食べて、美味い酒を呑みに行く、ってことでいいよね?」
——はぁ⁉︎
「そのためにも、今日から効率よく仕事してもらわなくちゃな。さぁ、デスクに戻って、定時までに終わらせてくれよ?」
——ちょ、ちょっと、待って⁉︎
呆気に取られる麻琴を尻目に、松波は彼女をチェアから手を引いて立ち上がらせ、医務室の出入り口まで促していく。
そして、ドアを開けると……
「……あれ、麻琴?」
医務室の前の通路を、ユニマ◯トのコーヒーを手にした守永が歩いていた。
自販機のあるリフレッシュスペースからの帰りのようだ。その通り道に医務室があった。
そういえば、麻琴自身もユニマ◯トを買いに行くために席を外していたことを思い出した。
「どうした、麻琴。具合でも悪いのか?」
不思議そうな顔で、守永が麻琴に尋ねる。つい先刻まで元気そうにしていたのだから、そう思ったとしても無理はない。
「……『麻琴』だと?」
背後から、唸るような低い声が聞こえてきた。
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